第83話 朽ちた教会
俺はマインと同じように首を傾げていた。
なぜなら、教会の前に長蛇の列ができていたからだ。お祈りかなと思ったけど、スラム街に信仰の厚い人間が少ないことは、俺が一番良くわかっている。
なぜなら、ここにいる人達はスキルという絶対的な恩恵を受けれなかった。だから、このような底辺の生活を強いられている。神様に見放された者――持たざる者には信仰自体が酷なことなのだ。
ある者は神様があなた達をお試しになっているなんて綺麗事を言ってのけるけど……当の本人は、高等なスキル持ちのお偉いさんだったりする。まあ、持たざる者を都合よく言うことを聞かせるための方便なのだろう。
俺は幼い時に信仰の厚かった父親を亡くしてから、神様に祈ることを捨てた。今も、それは正しかったと信じている。いや、確信していると言っていい。
それにしても、本当に賑わっているな。人集りの中へ入ろうとすると、
「ヒィッ!!」
俺に気がついた男の一人が引きつった悲鳴を上げた。そして逃げるように道を譲る。
それをきっかけに次々と俺を見た人々が、まるで化物に怯える顔して道の脇に移動する。それだけではとどまらず、ひれ伏す者までいる始末だ。
マインはそれを見回した後、俺の顔を見て鼻で笑う。
「フェイト、何かあの人達に酷いことでもしたの?」
「してないよっ!」
俺の髑髏マスクが怖いからなのか、それとも聖騎士だからか? 俺の着ている服は他の聖騎士たちとは全く違う。服の刺繍から家紋を見れば、分かるだろうけど、距離が離れている人たちまでそれが見えるとは思えない。
おそらく、完全に隠しきれていないステータス……Eの領域を敏感に感じ取っているのかもしれない。この人たちはいつも力に対して、ビクビクしながら生きているから仕方のないことだとわかる。
そんなことを予想しているとマインに言われてしまう。
「まだまだ修行不足」
「返す言葉もないです」
マインの様子からは、屋敷に帰ったら修行と銘打った半殺しが待っていそうな気がする。最近の彼女はまるで手加減が無いから困る。俺がいくらスキルで、自動回復と自動回復ブーストを持っているからってやり過ぎなんだよ。
おかげでここまでダメージを受けたら死ぬっていうデッドラインがわかるようになってしまったくらいだ。
彼女は同じEの領域同士で、手合わせができていいらしいけどさ。マインの方が格上だから、ボッコボコにされて、なんだか骨を砕かれてスキルで回復を繰り返していたら、骨格が変わってきた感じすらする。
まあ、耐久力は、ガリアにいた頃よりも格段に上がっているだろう。
マインは周囲からの奇っ怪な視線など気にせずに、教会へ進んでいく。そして、入口付近に張られた簡素なテントであるものを見つける。そこまで行かなくても、匂いでわかっていたけど、思った通りだった。
教会はスラム街の人達に、食事を配っていたのだ。
メニューは一つだけ、大鍋に野菜を入れて煮込んだスープだ。クンクン……匂いから肉は入っていないようだ。それでも、季節は冬であり、今日は一段と寒い。
例え簡素なスープだとしても、体を温めてくれるなら、これ以上ないくらいありがたい。その証拠として、これほどの行列ができているのだ。
それにしても、今にも崩れそうなボロボロの教会のどこにこれほどの資金があるのだろうか……謎だ。
マインはその炊き出しを見ながら言う。
「食べてみたい」
「駄目だよ。あれは俺たちのために用意された食事じゃないんだから。ほら、行くよ」
マインの背中を押して、教会の中へと入る。
おおおおっ!?
初めて入った教会は、外から見るよりも作りがしっかりとしていた。特に祭壇に据えられた神の像は、この建物よりも遥かに立派なものだった。
俺はそれを見て、吐き捨てるように息を吹き、祈りを捧げているシスターに声をかける。
彼女は振り向いて、俺を見ると目を丸くしながら言う。
「これは……聖騎士様。なぜ、このような場所に?」
「俺はフェイト・バルバトス。あなた方にあることで協力をしていただきたく、ここへ来ました」
俺はバルバトス領の現状を話して、復興に必要な人員を教会を通して呼びかけて欲しいと伝えた。そして、その人員は持たざる者限定だと念を押した。
シスターは酷く困惑していたが、王様の許可を得ていること、受け入れた人たちに過酷な労働をさせないと付け加えると、安堵した表情に変わる。
聖騎士からの協力と言えども、彼女からしたら絶対的な存在に近い聖騎士だ、ほぼ強制と受け取られても仕方ない。
「無理強いはしません。もし、ここでの暮らしに困窮していて出て行こうにも行く宛がない者がいましたら、紹介してもらえると助かります」
「そうですか……あの幾つかお聞きしてよろしいでしょうか?」
俺が頷くと、申し訳なさそうに言う。
「食事はきちんと取れますか? 道中の警護は?」
これ以外にもいろいろと聞いてくるシスター。どうやら、話を聞くにスラム街の状況は俺がいたときよりも悪化していた。
それは、聖騎士の中で持たざる者たちを守っていたハート家が王都に不在となってしまったことが大きかったようだ。
ロキシーの父親はガリアで戦死して、彼女までガリアへ行くはめになってしまった。
そのことを良いことに、他の聖騎士たちが、鬱憤晴らしにスラム街にやってきては、いわれなき暴力を振るってくるという。
なるほど、王様へ進言した時に、あの場にいた聖騎士たちが露骨に嫌な顔したのはそのせいもあったのかもしれない。我らの玩具を勝手に横取りするなって感じか。
俺はシスターにバルバトス家に後日来てもらうように言い、詳細な話をしたいと申し出た。
第一陣はシスターにも視察を兼ねてついてきてもらったほうが良いだろう。口でいくら言っても、行動と結果で示さないと信用は得られない。
大体の話が終わって、マインがいないことに気が付く。どこだと探したら、長椅子の上で寝ていた。流石……一流の武人、いかなる場所でも瞬時に休息が取れる……いやいや、今は駄目だろう。
俺の後ろで睨みを効かせているのではなかったのか。相変わらず、マイペースなマインだ。
下手に起こすと、暴れるおそれがあるので、しばらくこのままにしておこう。
シスターをそんなマインの寝顔を見て、ニッコリと笑う。
「可愛い寝顔ですね」
「寝ている時は……そうですね。たまにこのままずっと寝ていてくれたら、どんなに楽かと思います」
「酷いこと言いますね」
「アハハハッ、冗談です」
俺は真顔で答えながら、神様の像を眺める。シスターも俺と同じように視線を向けた。
「気になりますか。ラプラス神が?」
「ええ……そういえば、そんな名でしたね。俺は信仰を捨てた身ですから。ですが、見ていると懐かしいです」
「そうですか。ですが彼の神はこの世界の創造主ですから、聖騎士様といえど、この場ではそのような発言は控えていただきますようお願い致します」
顔のない神は静かに佇んでいた。創造主たるラプラス神は、この世界の人々へスキルという特別な力(ギフト)を分け与えた。
だが、その中身は平等ではなく絶対的な格差が付いていた。選ばれた者、選ばれなかった者……この二つの存在のいる場所は死ぬまで覆すことなどできない。
そして、シスターもまた言うのだ。
神様は、私たちに大いなる試練を与えてくださっているのですと……。
なら、俺はどうなのだろうか? この暴食スキルもまた同じように神様からの試練だと言うのだろうか。
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