第82話 新たな門出

 次の日、俺は早速行動を始めた。

 というのも、王様から我が領地に持たざる者たちを受け入れる許可をもらったからだ。


 屋敷は昨日、昼食を終えてからアーロンと二人で掃除をしたので結構きれいになったと思う。だけど、長年放置されていたために、屋根が傷んでおり雨漏りをしてしまう。ここは俺たちには直せないので、大工を呼んでなんとかするしかないだろう。


 なので、大工を手配しにいったアーロンとは別行動だ。


 残った二人――俺とマインでことに当たる。まあ、俺だけでも良かったんだけど、なぜかマインが付いてきたという感じだ。あの威圧的な黒斧を屋敷に置いてきているから、とんでもない騒動は起こさないだろう。


 そんなことを考えていると、俺の横を歩いているマインが睨んできた。


「私が暴れるとか、考えていたでしょ?」

「えっ……」


 見抜かれている!? なんだかんだいって、マインとは行動をともにした時間も長い。


 表情でバレでしまうんだろう。

 こうなっては取り繕っても、意味が無いか。


「うん、そう思ってた」

「ん!?」

「ほら、一緒に旅していた時にいろいろあったからさ。マインがたちの悪い聖騎士を彼方に吹き飛ばしたり、喧嘩を仕掛けてきた武人たちの骨をポキポキと折ったりさ。そんなのを見せられてきたらね」


 そう言うと、マインは盛大にため息をつく。


「あれはかなり手加減していた」

「マジか……あれで手加減なんだ」


 俺的にはやり過ぎに見えたけど、マインとしては相手に気遣いがあったようだ。

 どこらへんが……なんて聞きたかったけど、彼女は憤怒の大罪スキル保持者だ。もし、怒りに身を任せてしまえば、血の雨が降っていたかもしれない。


 だから、あれでもマインなりに気を使っていると言われてしまえば、俺としては納得できてしまう気持ちもある。それは暴食スキルを制御できずにいる俺もまた感情のさじ加減に苦労する時が多々あるからだ。


 今、暴食スキルが落ち着いているのは、ルナが内側から俺を守ってくれているからで、決して俺の力ではない。


 そういえば、ガリアでの一戦を経て、ルナが夢の中でよく現れるようになった。実はそこでマインの話もよくするんだ。そして、俺は知ってしまった。


 ルナはマインの…………。


「ねぇ? フェイト、聞いている?」

「ああ、聞いているよ。なんだっけ?」

「ムッ、よく聞く!」


 飛び上がったマインは俺の耳を掴んで、自分の口元まで持ってくる。ちぎれるんじゃないかと言うほど、めちゃめちゃ痛い。


「これから、どこへいくの?」

「答えるから、答えるから離してよ」


 開放された俺はまず自分の耳があるかを確かめる。大丈夫、あるみたいだ。

 マインと一緒にいる時は、考え事はやめたほうがいいな。話を聞き逃すと、耳を持っていかれそうだ。前に旅をした時は、ここまでしてこなかったのに……。


 俺は今歩いている住居区の先を指差しながら、マインの質問へ答える。


「ここから少し歩いたところが、スラム街になっているんだ。そこにある教会が目的地だよ」

「ふ〜ん、お祈りにいくの? フェイトらしくないけど……」

「失礼な、俺だってお祈りくらい」


 と言いかけて、故郷から王都に来てから神様への信仰らしいことをしていなかったことに気付かされた。父親が生きていた頃は、いつもお祈りが日課だったのに、一人になってから全くしなくなった。


 今思えば、あれほど信仰に篤かった父親があっけなく病気で死んだことが大きかったように思える。あのとき、俺は心の何処かで信仰を失ってしまったのだ。


「そんなことよりも、教会にはスラムに住む多くの人たちが出入りするから、そこを通してバル領への移民を募ろうって算段さ。俺が直接言うと強制になりかねないからね。それなら信頼の厚い教会を通した方がいいってこと」

「フェイトのくせに、ちゃんとしている」


 舌打ちをしながら、悔しそうなマイン。なぜか、しっかりしているのがお気に召さないようだ。頼って欲しいんだろうか。

 なら、試してみよう。


「だけど、マインが一緒に来てくれて助かったよ。ほら、こういったことは初めてだから、心細かったんだ」


 果たしてどうだろうか……。しばらくして無表情だった顔に薄っすらと笑みがこぼれた。


「しかたないな、フェイトは。ムフフフフッ」


 上機嫌だ! やはり頼られたかったのか!! そして笑い声が若干怖いですけど!!

 そして彼女はよからぬことを言い放つ。


「わかった。教会が言うことを聞かないなら、破壊する」


 前言撤回! 頼ってはいけない人だった。一瞬でも頼ろうとした俺が馬鹿だった。

 言うことを聞かぬなら、ぶちのめしてしまえ、なんとやらだ。うん、俺のよく知っているマインだ。


「やっぱり、自分で何とかするよ。よく考えてみたら、わざわざマインの力を借りるほどじゃなかった」

「そう……」


 あからさまに残念そうだった。上げて落とすなんてことをしてしまったので、なにかいい方法がないか、思案した俺は言う。


「交渉している時、後ろで睨みをきかせておいてもらうのはどうだろうか。ほら、無言の威圧みたいに」

「なるほど、それはいいかも」


 ホッと胸をなでおろす。これなら物理的な被害は起きないだろう。

 そして、教会へ向けて歩いていると、ふと見知った場所で足が止まってしまう。


 ここは……懐かしい。

 そう思っていると、俺の後ろを歩いていたマインが背中にぶつかってくる。


「どうしたの? ん? ……あの今にも崩れそうな家に何かあるの?」


 首を傾げながら、俺に聞いてくるマイン。


 確かに彼女が言うとおり、あの家はボロボロだ。しかし、俺には五年という時を重ねてきた場所だ。見たところ無人のようだ。なら、ブレリック家を恐れて、逃げるようにハート家の使用人になったので、あの家は今もあの当時のままかもしれない。


「ちょっと、いいかな」


 マインの返事を待たずに、足を踏み出してみると、後は自然に動き出してしまう。

 吸い寄せられるようにドアに手を当てる。やはり鍵は空いたままだった。


 中は荒らされた様子もない。それは当たり前だ。金目のものなど何一つ無いからだ。


 あるのは、藁で作られたベッド、古びた机に上に置かれたろうそくの残骸くらいか。俺が出ていってから、時が止まったように見えた。


 そして、俺が戻ってきたからといって、また動き始めることもない。ここは、そんな場所になってしまった。


 感傷などなく、見ていると俺の背中にマインが声をかける。


「フェイト、行こう」

「ああ、そうだね」


 ドアの向こう側、外へにいるマインの下へ行こうとしていると、今までだんまりを決め込んでいたグリードが《読心》スキルを通して言ってくる。


『ここへ戻りたいと思うか?』

「まさか、死んでも嫌だね。せっかくこれから始まるのにさ」

『そうこなくてはな。では、早くマインのところへ行かないと怒って、家ごと壊されるぞ』

「うん、行こう」


 思い出もここで終わりだ。古びた家を出た俺はマインと共にスラム街の端に建てられた教会へ向けて、再度歩き出す。

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