第81話 のんびり休息

 お城から、聖騎士区へ入った俺とアーロンは、バルバトス家の屋敷へ向かい……そしてその前に立っていた。

 いつ見ても、お世辞にも綺麗とは言えない。大きさだけは立派なものなんだけど……。


 建物の壁には蔓科の植物が好き放題に伸びているし、昔は素晴らしかったと思われる庭は、ジャングルになっている。あそこには何かしらの生態系が形成されていてもおかしくはないだろう。


 ハート家で庭師見習いをしていた俺としては、あんな庭を放ってはおけないところだ。今日のところは屋敷の中を掃除しないといけないので、あの草木がボーボーの庭を手入れするのは我慢するしかない。


 錆びた屋敷への門を開けようとして、チラリと横目でお隣さんを見る。バルバトス家の屋敷と同じくらいだが、隅々までに手入れが行き届いていて素晴らしい。


 まあ、以前は俺もあそこの手入れをしていたんだから、よくわかっている。そう……お隣さんはなんと、ハート家だった。


 知った時は俺は酷く動揺したものだ。まさか、バルバトス家の屋敷の隣が、ハート家……ロキシーの屋敷だなんて、誰が予想できようか。

 庭師見習いをしていた当時、隣の屋敷を見ては汚い庭だなと思っていたくらいだ。


 あの時は屋敷の使用人として、あれこれと覚えることが多すぎて大変だったので、そこまで知ろうとしてはいなかった。


 くっそ、知っていれば、心の準備ができていたのにっ!


 ガリアでロキシーへ向けて、あんな手紙を残しておいて、どんな顔をしてお隣さんになればいいんだよっ!

 もう、これは……この髑髏マスクは取れないな。ってか……取りたくない。


 俺が悶々としながら、錆びた門を開けたり閉めたりしていたら、後ろにいたアーロンに叱られてしまった。


「入るのか、入らんのか、どっちなのだ?」

「入りますよ! 入りますから!!」


 でもな……思わず、開けたり閉めたりしてしまっていると、アーロンが俺の肩に手を置いてきた。


「どうした、悩み事か? いつも屋敷の前に来ては、同じことをやっておるぞ」

「ハハッハ、まさか……」


 そう言ってみたが、アーロンは何かを得心した顔をして言う。


「なるほど、わかったぞ。フェイトがちらちらと見ておった先は……ハート家だな。あそこはロキシー・ハートという若い娘が家督を継いだからのう」


 そして、にやりと笑ってみせる。えっ……まさか、バレちゃったのか。しまった、ちらちら見すぎたかっ!?

 流石、剣聖だ。何たる洞察力。などと感服していると、


「ハウゼンを復興している時に、ガリアに向かうロキシーと出会ってな。色々と手伝ってもらったのだ。そのお礼に、剣術の手解きをした仲でな。なかなか筋が良かったぞ。フェイトも五大名家の一角である若き聖騎士が気になっておるのだな。今度、一緒に挨拶がてら手合わせに参ろう! お主も戦いたくてウズウズしておるのだろ?」


 おっと、俺の勘違いだったようだ。アーロンは、いつもの戦闘大好き! 語るなら、口ではなく拳派だ。

 挨拶がてらバトルしようぜって発想は、俺にはない。


 そういえば、ガリアでロキシーに手合わせを強制的にさせられたな。そう思うと、聖騎士自体が好戦的なのかもしれない。あまり考えたくない話である。


 俺はホッとしながら、門を開けて中へと入る。屋敷への道は、草木1本生えていない。なぜなら、アーロンが草刈りは面倒だと聖剣技――アーツ《グランドクロス》で根こそぎ吹き飛ばしたからだ。


 俺の仕事(庭の整備)がまた一つ増えた瞬間だった。なぜあの時にアーロンを止められなかったのか悔やまれて仕方ない。


 戦場跡と化している荒れ地を進み、屋敷のドアを開ける。


 すると、黒斧が飛んできた。


「あぶねっー!?」


 俺とアーロンはギリギリのところでしゃがんでそれを躱す。黒斧は地面に落ちると同時に深くえぐる。おおおおっ、庭が……庭が……なんてこった! 皆、庭を大事にしてくれよ!


 黒斧の持ち主が不機嫌そうなオーラを放ちながら顔を出す。


「遅い」


 白い髪に、瞳は忌避するくらい赤い。屋敷に居候している憤怒の少女――マインだ。


 彼女とはそれなりの付き合いがあるので、あの無表情な顔を見ても、怒りのレベルがなんとなく分かってしまう。おそらく、怒りレベル2といったところか。


 そして、理由は大体予想できる。俺が聞くまでもなく、マインの方から言っている。


「お腹が空いた」


 うん、そうだろうな。俺とアーロンが朝から屋敷を出ていて、帰ってきたのは昼を大きく過ぎている。マインはその間、ずっと腹を空かせて待っていたということになる。


「こんなことなら、付いていけばよかった。城で食料を調達できたのに」


 調達!? 我が物顔でお城を闊歩して、食料を強奪していくのに間違いだろう。そして、邪魔するやつは黒斧でぶっ飛ばすんだ。絶対にそうだ!


 よかった、マインを連れて行かなくて、本当に良かったよ。それにマインは誰かに頭を下げるなんてしないから、謁見の間に一緒に入ったら、不敬罪に問われて大変なことになっていただろうし。マインはアーロンとは違った意味で、バトルしようぜだからな。


 まあ、俺もお腹が空いていることだし、どうしようかな~。保存食は少しだけあるけど、王様との謁見も済んだことだし、屋敷の掃除の前に、パーッと外食もいいかもしれない。


 うん、そうしよう。なら、善は急げだ。


 そのことをマインとアーロンに伝えると、二つ返事でそうしようということになった。


 だけど、マインには一つ条件を付ける。黒斧をここへ置いていくことだ。これで、少しは大人しくなるはず。


 奇跡的にマインはしぶしぶ言うことを聞いてくれたので、俺は安堵しながら、馴染みのお店を目指すことにした。


☆ ★ ☆ ★


 やってきたのは、一流の店とは程遠い、どこにでもある酒場だ。中は、お昼時を過ぎているので、客はまばらだった。

 俺は、マインとアーロンを引き連れて、テーブル席を過ぎて、カウンター席に腰掛ける。


 ここは俺のいつも座っていた席だ。どうやら、手向けの花とかは飾っていないから、まだ俺の死亡判定はされていないようだ。


 俺につられてマインが横に座り、その隣にアーロンが腰を下ろす。


「フェイトよ、なぜテーブル席に座らんのか?」

「すみません。ここが落ち着くんです。テーブルがいいのなら、そちらに移りますけど」

「気になったら聞いただけだ。お主に任せる」


 アーロンはそう言って、店のメニューを見始める。マインといったら、最初から俺に任せっぱなしだ。メニューすらみていないし。


 そんな俺達の下へ、この酒場のマスターがやってくる。だが、彼は顔が少々強張っていた。


 ああ、そうか……ここに入ってきたときから、他の客の反応も似たようなものだった。


 理由は簡単で俺とアーロンだろう。聖騎士がこのような一般の酒場を利用することはないのだ。それが、カウンターに座っている、それだけでマスターを怯えさせてしまっているのだろう。


 だから、俺は髑髏マスクを外して、マスターに素顔を見せた。今はもう、この髑髏マスクは素性を隠すために付けてはいないのだから。


「お久しぶりです」

「おおっ、フェイトか!? ええええっ、どうしたんだ!?」


 マスターは持ってきていた水が入ったコップを落としながら、俺へと詰め寄ってくる。


 詳しいことは話せなかったが、かいつまんでバルバトス家の養子になったことを伝える。それを聞いたマスターは、仰天しながら、アーロンの顔を食い入るように見る。


 次の瞬間、その場に深々と跪いた。


「うあああああぁっ、聖騎士様であるとわかっていましたが、まさか……アーロン・バルバトス様でしたか」

「そのようにかしこまることはない。今はただの客として来たゆえ。他の者と同じように扱ってくれて構わん」

「ですが……」


 気まずそうにするマスターに苦笑いしながら、アーロンはメニューを見ながら注文していく。


 マスターはひたすら、たじたじになりながら注文を受けていった。大丈夫だろうか、頭から変な湯気が出ているように見える。いつも俺をからかっていたイタズラ好きの彼とは別人である。そして、ちょっと可哀相でもある。


 今だ緊張が解けないマスターに俺はマインの分まで注文をする。この店は魚が美味しいので、これで決まりだ。


 しばらくして、料理を持ってきてくれたマスターの手には、一本のワインが握られていた。


「君へのお祝いだ。なにがあったか詳しくはわからないが、儂から出世祝だ。約束しただろ、今度は上等なワインを出すと」

「そうでしたね」


 ガリアへ向けて王都を出る折に、マスターから安物のワインを貰った。その時に、戻って来れたなら良いワインを飲むと約束したのだ。まさか、覚えてもらえているなんて思ってもみなかった。


 香りの良いワインが波波と四つのグラスに注がれていく。マスターはまだ、アーロンに緊張しているようだが、今度は作り笑いではなく、本当の笑顔で祝ってくれる。


「フェイトの帰還に、そして、聖騎士としての今後の活躍に、乾杯!!」

「「「乾杯!!」」」


 まさか、食事に来てこのようなことになるとは思ってもみなかったが、全く悪い気などしなかった。


 それどころか、久しく忘れていた安らぎを思い出させてもらった。ここは、なにも変わっていない。それが心地よかった。

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