第80話 変われない場所

 俺の殺気を感じ取ったランチェスターは聖剣を捨て去り、縮こまる。あれほど、大見得を切っておいてなんていうざまだ。


「それでも、五大名家の一角ですか」

「待って! よくわかった、だから」

「駄目ですよ。騎士は騎士らしくしていただかないと、示しがつきません」


 目を失って、恐怖で怯え出すランチェスターを見ているだけでも、辟易してくる。持たざる者たちへは、目を覆いたくなるような仕打ちをしておいて、いざ自分がそうなったら、こうである。


 これ以上の醜態を眺める趣味もないので、俺は黒剣グリードをランチェスターへ向けて振り下ろす。


「嫌だ……やめろォォォォオォォォッ」


 ランチェスターの悲鳴と共に、命を絶つはずだった斬撃は、甲高い金属音を放ちながら止められてしまう。


 それは白き槍だった。ランチェスターの首元ギリギリで、割り込んで黒剣の進行を見事に防いでいる。本気で力を込めていたわけではないが、それでもこれをやすやす止めてみせるとは、この白騎士……かなりの使い手だ。


 更に、もう一人の白騎士が俺の首筋に槍を突き立てている。そして、その槍先は僅かに俺の皮膚を切り裂いている。


 静かに赤い絨毯に落ちる自分の血を眺めながら、俺は黒剣グリードを納めた。


 この白騎士たちは、俺を傷つけることが可能――つまり、同じEの領域にいると証明している。


 この一件を息の飲んで見守っていた他の聖騎士たちは、どよめき始める。


 内容は、俺に五大名家のランチェスターが何もできずに負けてしまったこと。そして、そんな俺が白騎士によって、いとも容易く止められてしまったことなどだ。


 動揺を振り払うように、白騎士の一人が槍の石突で床を叩く。その音に聖騎士たちは一瞬で静まり返ってしまう。聖騎士たちの青ざめた顔を見るに、白騎士たちの実力を見たのは初めてのように思えた。


 ランチェスターと言えば、王の側近たちに助けてもらえたと周りの声で察したらしく、怯えていたのが一変してしたり顔で、俺に向かって言ってくる。


「バカがっ、見ろ! 王は俺を助けたぞ。何処の馬の骨ともしれないお前のような下賤…………へっ!?」


 俺を威勢よく罵倒していたランチェスターだったが……。

 思わぬところから、戒めを受けてしまう。


 自分を助けてくれたと思っていた白騎士たちだった。二人は、ランチェスターの片腕を右と左と分け合って、突きを落としたのだ。


 そして、ランチェスターが悲鳴を上げる暇も与えずに、二人して心の臓を突き立てたのだ。


 宙に持ち上げられて、他の聖騎士たちのその死を見せつけるように掲げた後に、槍は引き抜かれた。ドシャッという音がして、赤い絨毯が更に赤く染まっていく。


 今までこのような状況に立ち会ったことが無いような驚きを見せる聖騎士たちに向けて、白騎士の一人が口を開く。それは、男の声とも女の声とも思えてしまうような中性的な声だった。


「席はこれで空きました。異存はないですね」


 おそらく、ここで異存があるなんて言って、前に出てくれば、また血の雨が降ることだろう。


 それほどまでに、白騎士の声色には背筋がゾッとするほどの冷たさが込められていたからだ。


 誰一人として、物申さなかった。それどころか、青ざめた顔をして、絨毯の上で横たわっているランチェスターを眺めていた。


 無言の答えを受け取った白騎士たちは、悠々と元の位置へ戻っていく。


 すると、その向こう側で玉座に座っている王が手を叩き出した。薄い布によって姿がはっきりと見えないが、この一件をお気に召したようだった。


 その様子を受け取った白騎士たちは、俺に声をかける。


「王様もあなたを歓迎されています。良き働きを期待していますよ」


 俺は跪いて、頭を下げる。そして、顔を上げると白騎士は話を続ける。


「おや? その顔は……何か、言いたいことでもあるのですか?」

「新参者で恐れ多いのですが、一つだけお願いがあります」

「言ってみなさい」


 静まり返った謁見の間。横にいるアーロンや他の聖騎士たちが俺に視線を送り、何を言うのか、聞き逃さないようにしているようだった。


 これから言うことは、アーロンにも相談していなかったことだ。きっと、前もって言えば、慎むようにと反対されただろう。


 それでも、ここまで来るまでに見た王都の変わらない現状……それを見てしまえば、言わずにはいられなかった。


「王都にいる持たざる者たちを、我が領地に受け入れさせてもらえないでしょうか?」


 言うやいなや、アーロンが目を見開いて、口を開けようとしたが、優しく笑って口を閉じた。お前がそうしたいのなら、そうすればいいということだろう。復興途中のハウゼンには人が必要だ。


 それに、今はハウゼンにいる人達は他で行き場を無くした者――つまり、持たざる者なのだ。


 有用なスキルを持たないといっても、何もできないわけではない。時間をかけて技術を己の力で習得すれば、生産系スキルを扱う者と近い仕事ができると俺は思っている。


 問題は今の体制で、持たざる者たちにそのような機会が与えられないことだ。


 これがどう芽吹くかはやってみないとわからないが、まずは人手が必要だ。

 だから、あえて人材の確保を王都から始める。これには、大きな意味があると思う。


 もし、この持たざる者たちの受け入れによって、バルバトス領が繁栄すれば、他の聖騎士たちの領地にいる持たざる者たちを呼び込める可能性を秘めているからだ。そうそう、トントン拍子に広がっていくことは難しいだろうが、試してみる価値はある。


 だからこそ、まずは始めの大きな壁を取り払う。王都にいる持たざる者たちは、王が直接管理する民でもある。その民を寄越せと言っているようなものだ。アーロンが目を丸くするのは当たり前だろう。


 俺が出したとんでもない要求に、白騎士たちですら驚いていたようだった。しかし、王は何も言うこともなく玉座に座っていた。


 無言の時がしばらく流れていく。俺は、もしかして駄目なのかな……なんて思いながら待ち続けた。


 そして、王は僅かに頷いてみせた。つまりは……これって!?

 王の行動を察して、白騎士たちが口を開く。


「王様の許可が降りました。王都にいる持たざる者たちをバルバトス領に受け入れることを許しましょう。復興するための人材として有用に使いなさい」

「ありがとうございます」


 俺が頭を下げながら横目で見る。するとアーロンも同じように頭を下げながら、俺にだけ見えるように軽くウインクしてくる。初めは驚いていたけど、なんだかんだでアーロンもそれが良いって思ってくれたようだ。


 ピリピリとした王への謁見が終わり、長い廊下を二人で歩いていると、アーロンが俺に話しかけてくる。


「肝が冷えたぞ。まさか、顔合わせでいきなり王様に向かって、あのようなことを言ってのけるとはな」

「人材の確保は優先事項だったわけですから。それに……いえ、これは俺の私情です」

「そうか……」


 アーロンはそう言って、何やら思い返すような素振りを見せて、


「のう、フェイト」

「なんですか?」

「リット・ランチェスターのことだ。止めが入らなければ、あれを斬っていたのか……」


 少し……悲しそうな顔をしながら言ってくる。

 俺はその答えは返さなかった。だけど、その代わりに、


「あいつが言ったように、俺は下賤なのでしょう。聖騎士となっても、それだけは失いたくはないと思っています」

「フェイト……」

「さあ、屋敷に帰りましょう。長年使っていなかったので、至る所がホコリまみれで掃除をしないと!」

「ハハッハ、そうだな。では急いで帰ろう、彼女を怒らせては怖いしな」


 あの雨漏りまでしてしまう屋敷。たぶん、マインがイライラしながら、俺たちの帰りを待っていることだろう。


 それにしても、先程の謁見の間にはよく知った顔の聖騎士がいなかった。ロキシーではない。彼女はまだガリアから王都へ向けて帰還している最中だろう。


 俺の元雇用主であるブレリック家だ。次男のハドは俺がこの手で殺した。残る長男ラーファルと末の妹ミリアの姿がなかったのだ。


 ハドから得た情報では、東方にある山岳都市に出かけていると言っていたけど、まだ帰ってきていないのかもしれない。


 ラーファルはとてもずる賢い男だ。

 屋敷へ向けて帰る道中、奴の動向が気になって仕方なかった。

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