第74話 選択の時
だけど、ロキシーは俺の名を呼んだっきり、何も喋らない。
いや、何も喋れないという方が正しいか……。
暴食スキルを引き出して、飢餓状態となった今、この赤い両目に見つめられたら、ステータス上で俺よりも大きく劣る彼女は、身動きが取れなくなってしまう。このまともじゃない力が、俺の異常性を証明してしまっている。
彼女は目だけで何かを言おうとしているが、時間は待ってくれない。背の向こうで鳴き叫ぶ天竜がいつ立て直してくるか、わかったものではない。
いままで欺いてきた……罵りは後で聞かせてもらう。先に俺から言うべきことだけは伝えておきたい。
「すぐにここから軍と共に退去してください。あれはもうじき動き出します。その時間は、俺が稼ぎます」
手短に言って、最後に、
「……ずっと嘘をついてきて……ごめんなさい、ロキシー様。いままで、ありがとうございました」
一方的に俺だけ言いたいことを口にするのは、卑怯な気がして胸が痛んだ。
そして、天竜の方へ向き直そうとした時、ロキシーが大きく目を見開いて、涙を流していた。その涙の意味はわからないし、もうわかる必要もないだろう。
俺の赤眼による拘束が溶けたロキシーは、何も言うことはなかった。だけど、その場から離れる時、小さな声で俺の名を呼んだような気がした。
一気に駆け出した俺に見えるのは、傷から回復しつつある天竜、そしてその頭の上に乗って腕組みをしているノーザンだ。まさに天上の者として、地上の者を見下すように笑っている。
それにしても天竜はなんて生命力だ。あんなに、致命的とも思える大怪我をしていたのに……。
完全に回復する前に手を打たないと、俺は黒剣から黒弓へ変えて、厄介なノーザンを牽制する。
魔矢を連続掃射して、あらゆる角度からノーザンを狙ってやる。奴はそれを黒銃剣の弾丸によって落としてみせるが、途中からそれをやめて切り落としていく。
なんだろうか……あれは? 全部を弾丸で落とせばいいものをなぜあんなことをして見せたのだ?
グリードも違和感を感じたようで《読心》スキルを通していってくる。
『どうやら連続で銃弾を放てる回数制限があるみたいだな。思い返してみれば、たしかにあいつは一度攻撃した後、インターバルを置いていた』
「みたいだな。だけど、グリード! なんでお前がそれを知らないんだよっ。同じ大罪武器なんだろ?」
『エンヴィーは後継だ。初期の俺には知れないことが多い。わかるのは原案くらいか』
「なんだよ。頼りにならないな……グリードは」
『うるせっ! それにあいつは秘密主義で性格もひねくれているどうしようもない奴だ。俺様を見習うべきだな』
……グリードも負けず劣らず、相当な性格だと思うけど……あえてここで言うべきことでないだろう。今は戦いの最中だ。下手にへそを曲げられても困る。
なら、ここは持ち上げておこう。
「俺はグリードで良かったよ!」
『そうか!? そうだな! ハッハッハハハ』
チョロいな。気分を良くしたチョロ武器を手に握りしめて、王都軍がいる方向を確認する。どうやら、軍は後退を始めている。俺の言葉を信じてくれたみたいだ。
よかった……なら、ここが踏ん張りどころだ。
『フェイト、あれを使ってみろ! 今のお前なら、できるはずだ。細かい制御は俺様に任せろ』
「ああ、いくぞ!」
天竜の真下まで潜り込む。ここなら有効範囲内だ。
黒弓から、黒剣へ素早く戻す。そして、聖剣技スキル――変異派生アーツ《グランドクロス・リターナブル》の発動を試みる。
いけぇぇぇ。全力で魔力を込めて、黒剣を染め上げる。次第に聖なる光を発し始める異端な剣は、アーツの完成を教えてくれた。
手首を返して、鍵を開けるように発動させる。
天竜の頭上に四つの巨大な光の十字架が顕現する。それが、一瞬で降下して天竜を取り囲んだ。そして、互いに光を循環せさせるように輝き始める。
天竜はさらに悲鳴を上げるが、藻掻くことさえ許さない。これが、変異派生アーツであるグランドクロス・リターナブルの効果――無限牢獄だ。
かなり接近しないと使えないし、成功率も高くはない。だが、一度決まってしまえば、獲物を逃すことない。飢餓状態になった今だからこそ、引き上げられた成功率でもある。
この中で無限ダメージを与えつつ、天竜を弱体化してやる。
……が、そう簡単にはいかないか。
上から銃弾が降り注いできたのだ。予期はしていたので、黒剣で斬り落とす。
追撃とばかりに、黒銃剣が俺の脳天めがけて振り下ろされる。
それを受け止めながら、睨み合う。
「やってくれたね。グリードの第三位階の奥義で、僕の可愛いスライムたちは増えることもできずに瀕死だよ。そして、この見たこともないアーツときた。王都防衛の要である天竜が可哀想じゃないか。あれを解いてくれないか?」
「お前……。王都軍の人たちにあんなことをしておいて……天竜のほうが可哀想だなんて言うのか」
「あんなものいくらでも変わりが利くだろ。それに、あの聖騎士だって同じさ。いや、少しは役に立つだけ使える存在か。まあ、殺してみないとどれくらいの成果が得られるか、わからないけどね。もし、上手くいかなかったら次を用立てるだけさ」
さらに力を込めてくるノーザン。くっ……剣圧が重い。
やはり、第三位階の奥義によるステータス低下が大きく影響しているみたいだ。筋力なら上回っていたのに、今はノーザンの方に押されている。しかし原因はそれだけじゃないだろう。
それを見透かしたように、ノーザンが薄ら笑いを浮かべる。
「一つ、無理をしてEの領域に至った。そろそろ限界が近いんじゃないのかい? 二つ、あのアーツを維持するために君は常に力を消費し続けている。三つ、僕はまだ本気じゃない」
鍔迫り合いとなっていた互いの拮抗が崩れていく。すごい力だ。たまらず、受け流してノーザンの黒銃剣を地面に落とす。
割れた大地からは、衝撃で無数の岩が弾き飛んでくる。その網目を縫って、ノーザンの首筋に斬り込む。
「おっと、危ないな」
バックステップをして紙一重で躱すノーザン。それに対して、グリードが注意を促す。
『距離を詰めろ。決して離れるなよ』
「わかっているって」
言われるまでもない。姿勢を低くして、間髪をいれずに詰め寄り、黒剣を振るう。
それをまたしても、躱しながらノーザンは首を傾げてみせる。
「おかしいな。戦い方が変わったね。なぜだろう?」
俺の黒剣を今度は躱すことなく、受け止めて、顔を近づけて言ってのける。
「なるほど、わかったよ。あれが原因だね」
一瞬だけ天竜を見て、ノーザンは子供みたいに嬉しがる。
「どうかな。正解だろ。君のアーツは使用者がある程度離れてしまうと、維持できなくなるんじゃないかな?」
そうさ、正解さ。だから、お前を遠くへ行かす訳にはいかない。それにこのアーツを使用中は、武器の形状が片手剣に固定化されるのだ。遠くへ行かれると、黒弓が使えないから、手出しができなくなってしまう。
俺の表情からそれを読み取ったノーザンは勝ち誇ったような顔をして言う。
「どうやら、図星のようだね」
「……まだだ」
ノーザンが更に逃げようとするのを必死で詰め寄り、斬り込む。
しかし、この焦りをノーザンは待っていたようだ。
黒銃剣の振り上げた斬撃が、俺の左腕を斬り飛ばしたのだ。斬られた時は痛くはないが、次第に脳が痺れるほどの痛みへと変わっていった。あまりの激痛に膝をつく。
俺が下から見上げるとノーザンは勝敗が決まったとばかりに、天を仰いでいた。
「残念だよ。エリスは君に期待していたようだけど、ここまで僕の邪魔をしたんだ。その報いは受けてもらう」
そう言ってのけて、立ち上がろうとする俺の胸に黒銃剣を突き刺していく。
あれは、痛そうだな。左腕だけでなんとかなって助かった。
苦悶の声を上げたのは、ノーザンの方だったからだ。
俺は黒剣を背中から力を込めて突き刺していた。
「なにっ……これは……」
奴の胸からは黒剣が生えていることだろう。後ろからでは、そこら辺はよくわからない。
大量の吐血をしながら、ノーザンがこちらへ顔を向けようとするが、更に黒剣を深く差し込む。
「お前は最後の最後で油断しすぎたんだ」
そう言って、今だにノーザンの黒銃剣で心臓を突かれていた俺の幻覚に目を向ける。
もういいだろう。幻覚魔法を解除すると俺の虚像は霧散していった。通常ではノーザンに幻覚魔法は効かなかっただろう。
だけど、自身の勝利を確信したときならば、付け入る隙が生まれると思ったのだ。手札がもうこれしかない俺にとっては、博打だった。
その代償として、左腕を捧げることになってしまったのは仕方のないことだ。
「わざと僕に左腕を斬らせたのか……」
「ああ、そうさ。ここまでしなければ、今の俺だとお前に勝つことができなかった。その左腕はくれてやる。持って逝け」
俺は突き刺さった黒剣をそのまま横へ移動させて、ノーザンの胴体を両断した。
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