第73話 天を統べる轟竜

 どう考えても、眼の前にいるノーザンの相手だけをしている時間はない。

 それを見透かしたように、奴は薄ら笑いを浮かべる。


「30秒だよ。君は……間に合うかな」

「くそったれ!」


 完全に姿を表した天竜が、大きな口を開けて、ロキシーがいる軍隊へ向けて、狙いを定め始めている。

 もうなりふり構ってられない。西へ、全力で駆け出す。


 そんな俺をノーザンが見過ごすわけがないだろう。案の定、俺の背中へ向けて、無数の弾丸を放つ、発砲音。


 その前に前進しながら、振り返る黒剣で切り落とすが……。これじゃあ、グリードの形状を黒弓に変えて、あの天竜へ牽制する暇さえない。

 それがノーザンの狙いなのだろう。でも今はなんとしても西へ向かうしかない。


 進行方向から、背中の後ろから嫌な魔力の流れを感じる。

 増え過ぎなんだよっ!


 ここから先は通行止めとばかりに青く透明な巨体――オメガスライムが壁を成していた。変な笑いが出てしまう。ノーザンにとってこれは、ただのゲームのようなものなのだ。あの野郎……。


『フェイト! さらに攻撃が来るぞっ!』


 オメガスライムを切り伏せて、道を作っている最中にも、ノーザンからの遠距離攻撃が周期的にやってくるのだ。グリードに注意を払ってもらいながら、なんとか防ぎ切る。


 後もう少し。王都軍とデスマーチがぶつかる戦場に飛び込むことに成功する。兵士たちが、オークやガーゴイル、まだ見たこともない魔物たちと懸命に交戦している。


 だけど、士気が高いとはいえない。それは南から現れた天竜を前にして恐怖がじわりじわりと心を犯していっているからだろう。


 それでも、逃げ出さないなんて……戦い続けているのはまだこの軍を指揮する者が残っているからか。届かぬ天空を抑えられた時に、終りがみえているからか。

 俺にはわからない。


 今はあの天竜の咆哮に集中だ。さらに近づいてきた天竜はあまりの巨体さに広域で日陰ができて、部分的な夜がやってきたと錯覚するほどだ。


 しかし、可能な限り暴食スキルを引き出した状態なら、面と向かって対峙しても以前のようなことはない。

 体が硬直することなく、いつもの思い通りに動かせる。おそらく、同じEの領域に至ったからだと思う。


 後は天竜の攻撃を防ぎきれるかだ。口元で限界まで溜め込まれた天竜が放たれようとしていた。


 巨大な口から放射された高エネルギー波は、ガリアの傷んだ大地を無に返しながら、舐めるように軍隊と魔物がぶつかり合う中心へ、移動していく。


 交戦の最南にいる魔物が一瞬で蒸発してしまうほど。オーク、ガーゴイル……冠魔物でさえも抗うことすら許されずに屠られていく。

 その高貴なる咆哮は、まさに神の御使い。人々がそう崇めたくなるのもわかった気がする。


 だけど、それを否定させてもらう。


「グリードっ!」


 機天使を喰らったことで得ることができた第三位階――黒盾を今こそ。

 形状を変えて、迫り来る咆哮と衝突する。信じられないほどの重圧が黒盾を持つ両腕から伝って、両足までのしかかる。


 ほんの少しだけ後ろへ押されてしまうが、なんとか持ちこたえれそうだ。黒盾に衝突した咆哮は、虹色の光になって、段々と拡散されている。


 俺の後ろにいた兵士たちが初めはなにが起こっているか、わかっていなかったが、少しずつ少しずつ状況を理解してくれていった。次第に、俺に檄を飛ばしてくれるものまで現れる始末だ。


 そんなことよりも、さっさと逃げてくれ。


 僅かにホッとしかけたとき、激痛が襲ってくる。一発弾丸が、俺の右腿を撃ち抜いたからだ。


「くそっ、あの野郎」


 天竜攻撃を防ぐので、動けない俺をいいことに、ここぞとばかりに狙ってきているのだ。頭や心臓を狙うのでなく、太腿狙う辺り、本当にいい性格をしている。


 踏ん張りが効かなくなったため、ほぼ拮抗していた力関係が崩れ始める。ズルズルと押されだしたのだ。力を入れようと思っても穴が空いた右足では、血が溢れるだけで思うように言うことを聞いてくれない。


 《自動回復》スキルが発動して、修復が始まっているけどこの分だと時間が足りない。


 それにこのままでは、次弾の攻撃に対応できない。そんな俺に近づいてくる者たちがいた。

 俺の後ろにいた兵士たちだ。各々が盾を持ち、東側面からくる凶弾から俺を守ろうとしてくれたのだ。


 ありがたいけど、それは……無謀だ。相手はEの領域だ。あなた達では次元が違い過ぎる。


「そんなことよりも逃げてくれっ!」


 俺の言葉を聞こうとしてない兵士たちが取り囲むように陣を組んでいく。別に誰かから命令されたわけでもないのに自主的に行動してくれるのが、嬉しくもあり、とてもつらかった。


 だって、ノーザンは甘い人間じゃない。寧ろ、面白がってこの状況を楽しむほどだ。


 弾丸が左隅の兵士を盾ごと撃ち抜いた。通常のステータスではあまり余る攻撃に爆砕して、血肉が俺の髑髏マスクを汚す。


 それでも、彼らは一向にその場からどけようとしないのだ。

 また一人、また一人と崩れ落ちていく。俺の足元まで血が流れ込み、血溜まりを作り出す。


 早く、早く、早くしてくれ。そして、天竜から攻撃が静まり始める。


 だが、それは第二波に力を込めるために準備だった。それも第一波よりも更に一回り大きい高エネルギーを放とうとしていたのだ。


 まずい。

 そう思っていると、よく知った女性の声が聞こえてきた。


「これは一体……」


 天竜の攻撃によって俺は、後ろへ後ろへと追いやられていたのもあっただろうが。きっと、この異変を彼女なりになんとかしようと駆けつけてくれたのだろう。

 ロキシーはそういう人だ。


 だけど、今は最高に間が悪すぎる。


 動けねぇ。天竜の第二波が放たれたからだ。あまりの威力に、着ている服の両袖が吹き飛び、髑髏マスクすらもひび割れて消し飛んでしまう。


 ダメだ! ノーザンの銃口は確実にロキシーに向いているはずだ。


「それだけは、ダメだあぁぁぁぁっ」

『これは…………フェイト、お前……』


 グリードが驚いた声を上げたのも束の間、脱力感共に、黒盾が形を変え始めたのだ。


 これは、黒弓や黒鎌の時と似たような変化だ。それと同時に、この異型の大盾の扱い方がグリードに教えてもらわなくても、理解できてしまう。


「いけぇぇえ゛ええぇぇっ!」


 俺のステータスを奪って暴化した黒盾は、青い閃光を周囲一面を波動のように放つ。


 途端に天竜の口元が爆裂した。あれほど、圧倒的な咆哮は静まり返り、聞こえるのは天竜の苦悶する鳴き声だけだ。そして、ノーザンから攻撃も収まっていた。


 グリードが《読心》スキルを通して、苦笑いしながら言ってくる。


『まさか、俺様を通さずに無理矢理、第三位階の奥義に達するとはな。フッハハハッ、こればかりは恐れ入ったぞ。それほどまでに……』

「うるせって……まだ終わってない」


 ダメージが入った天竜がもがいている内に、早急に避難を始めるべきだ。

 しかし……俺には髑髏マスクを失った今、後ろを振り向くことができずにいた。認識阻害できなくなったので、俺が誰なのか彼女に知られてしまうからだ。


 早くしないといけないのに、動けずにいる俺に、ロキシーの方から思いのほか小さな声で呼ばれてしまう。


「…………フェイト。フェイなの?」


 その声、その言葉に心臓が鷲掴みされるような感覚に襲われた。

 ああ、来るべき時が来たのだ。それにここまできたら、もう終わったことなのだ。


 俺は大きく息を吐く。そして、振り向く。


 そこには変わらず真っ直ぐな瞳を持つ彼女がいた。

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