第72話 二つの覚悟

 いくぞ! 持てるステータスをフルに発揮して、一気に黒衣の男へ詰め寄っていく。

 途中、幾重にもオメガスライムが道を阻む。しかし、俺にはもうあの男しか目に見えない。


 どうせ、この異常なオメガスライムの増殖を止めるためには、根源たるあの男を仕留めるしかない。


 どうしても邪魔になるオメガスライムだけ、切り捨てて先に進む。ステータスに反映できないのに、無機質な声は魔物を倒すたび、律儀に上昇内容を教えてくれる。


 俺が近づいていくってのに、あいつはまだ微動だにしないか……。なら、まずはこれでどうだ。


 勢いそのままに、振り上げた黒剣を渾身の力を込めて、振り下ろす。


 大気が大きく振動していく。


 黒衣の男は苦もなく俺の斬撃を受けて止めていた。全くの無傷。

 男は髑髏マスクの下で薄っすらと笑い。


「まだ……わからないのか。この圧倒的な力の差を……無駄なことを」

「無駄じゃないさ。こうやって、やっとお前の声が聞けたんだ」


 俺の物言いが気に入らなかったようで、吐き捨てるように舌打ちをして黒衣の男は、重なった黒剣を押し返してくる。


 それは予想を超える力だった。


 一瞬で100m……200mほど後方へ吹き飛ばすほどに。


 止まるために黒剣を地面に突き刺さして、抵抗をかける。それでも、勢いはなかなか衰えない。……なんて力だ。


 憎らしげに前方を見ると、黒衣の男は黒銃剣を俺へと向けていた。


 チッ。すぐさま、黒剣から黒盾に変えると同時に、発砲音がこだます。

 防げているが、恐るべき反動。それが幾重にも襲ってくる。


 一発、二発、三発と受け止めるごとに、踏ん張りもできず……さらに後方へと吹き飛ばされていく。そのまま後ろにあった巨大な岩棚へと深く打ち付けられた。


「ガハッ……」


 俺を中心に岩肌には大きく亀裂が走り、崩れ落ちていく。

 貼り付けにされた俺が重力に引かれて、地面に落ちてきた時には、胃から上がってきた血が口から吐き出されていた。


 口から垂れた血を拭う暇すら与えてくれるつもりは、ないようだ。もう、目の前に黒衣の男は詰め寄って来ていた。なんて、速さだ。


 すべてにおいて、次元が違う……違いすぎる。


 ここまでなら、試す価値はある。たとえ更なる代償――制約を払ったとしても……。

 今の俺ができるすべてを捧げよう。それで10年という経験と引き換えにしてやる。


 黒衣の男は黒銃剣を振り上げて、俺を見下ろす。その手にはとても強い力が込められているように見えた。


 そして、苛烈極まりない斬撃が俺の脳天めがけて振り下ろされた。


 甲高い、金属同士がせめぎ合う音がガリア大陸中へと吸い込まれていく。余波によって、後ろにある巨大な岩棚はどうしようもないくらいに亀裂が走り、崩壊が始まる。


 頭の上に大岩が次から次へと、雨のように降り注いでいるが、今の俺には……もう気にする必要がない。


 だって、俺もまた……。


 異変に気が付いた黒衣の男は、せめぎ合う自分の黒銃剣と俺の黒剣を見ながら、こちらに目線を移動させてきた。


「その両目は……まさか……ここまで」

「大罪スキルをすべて解放したのさ。お前のようにな」


 次第に今までになかった力が体中に駆け巡っていく。拮抗していたせめぎ合いを少しずつ少しずつ押し返せるほどに。


 これが……Eの領域。世界が違って見える。呼吸の空気の味すらも、体の感覚すらも、情報密度が違うのだ。超感覚……これがもっともしっくりとくる表現だ。


 俺の変貌に黒衣の男の声色がすこしだけ違って聞こえる。


「そこへ至れるのは、まだだったはずだ……」

「ああ、すぐには至れないのなら、至れるようにするまでさ」


 そうさ、半端な覚悟ではこの暴食スキルは言うことは聞いてくれない。だから、自分ができる最大の覚悟を捧げたんだ。


 殺す覚悟。そして、死ぬ覚悟。この2つの覚悟をもって、暴食スキルをこの一時だけ、完全に制御する。


「礼を言うよ。お前がいなかったら、ここまでの覚悟はできなかった」

「くっ」


 Eの領域に至ったことで、反映されていなかったステータスが乗ってきた。どうやら、筋力は俺のほうが上のようだ。


「いくぞ! 準備はいいかっ!」


 左足を大きく踏み込む。それだけで地面は隆起して、足場が変貌するほどだ。

 力の限り、黒衣の男が持つ黒銃剣を押し切る。


 たまらず後方へ飛び退きながら、周りのオメガスライムを移動させて、盾のように使おうとするが。


 両眼赤眼になった俺に、それは無駄だ。


「邪魔をするなっ!」


 視界にいるすべてのオメガスライムに睨みを効かせただけで、ピクリとも動かなくなる。これは暴食スキルが効率よく格下を喰らうための力だ。


 動けなくなったオメガスライムによって作られた一本道を駆け抜ける。黒衣の男は遠距離攻撃として銃口を向けてくる。

 放たれた弾丸もまた、今なら見切れる。


 黒剣で切り弾き、切り落としながら、黒剣を構えて再度仕掛ける。

 黒衣の男もそれに応戦するように黒銃剣を中段に構える。互いにタイミングを見計らいながら、接近する。


 黒剣と黒銃剣がまたしても混じり合う……なんて思わせておいて俺は相手の斬撃を躱して、地面を深く切り上げた。


 何度も同じなんて芸がないだろ。黒衣の男の周りには、土埃が舞い上がって視界を奪う。

 その顔、髑髏マスクごと貫いてやる。これほどの強敵だ。急所である頭を問答無用で攻撃するのがベストだろう。


 黒剣の剣先を向けて、突貫する。土埃から出た剣先が、黒衣の男の顔面を捉えて突き進む。

 しかし、もう少しのところで黒銃剣が割って入ってきて軌道が逸れてしまう。


 髑髏マスクの左頬を突き破って行ったのだ。俺は突貫した勢いで、そのまま駆け抜けて、黒衣の男から距離を取る。


 そして、背を向けていた奴が振り返った時には、髑髏マスクの耐久が底をついて崩れ落ちていた。認識阻害の力によって、隠されていた男の素顔は、よく見覚えがあるものだった。


 ついこの程、会ったばかりだ。


 忘れもしない。あのサラサラとした金髪に、嘘くさい笑顔。


「あんただったんだな……ノーザン・アレスタル」


 別に意外じゃない。会ったときから嫌な感じがしたし。それにグリードのことをよく知っているような素振りだった。古文書で見たことがあるなんて言っていたが、あれも嘘くさかった。


 そんな俺にノーザンはフードを下ろして、にやりと笑う。


「半分は正解で、半分は不正解だよ」

「じゃあ、そのもう半分を教えてもらおうか」

「言っておくけど、僕はエリスのよう甘くはないから、こんなこともできる」


 ノーザンは俺に黒銃剣を向けたまま、懐から純白笛を取り出した。そして再び笑うと、その笛を口に運んで、吹いてみせた。


 音はそんなに大きくなくて、高音だった。


「一体何をした?」

「すぐに分かるさ。なんせ、あれは空を飛んで来るんだ。あっという間さ」


 空を? 飛んでくる? ……まさか。

 南の地平線から、信じられないほど巨大な白物が、おぼろげに顔を出してきた。暴食スキルの疼き方からも、それが何なのか否応なくわかってしまう。


「天竜……」

「そう、生きた天災さ。人によってはあまりの強さから、神の御使いなんて呼ばれている」


 ノーザンは天に向けて、黒銃剣を発泡する。


「さあ、始めよう。僕と天竜が全力を尽くして、彼女を殺す。君はそれを全力を以って、止めて見せてくれ」

「お前……」


 くそっ、悠長にノーザンと話している時間すらない。天竜は俺ではなく、ロキシーが率いる軍に向けて、飛んでいっているからだ。

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