第71話 Eの領域

 俺が撃ち込んだ魔矢は、黒衣の男が迎撃した魔弾によってあっけなく撃ち落とされてしまう。

 無駄か……。だからといって、やめるつもりはない。

 あいつが持つ黒銃剣の性能を調べるためにも、無駄な攻撃を続けていく。


「チッ、邪魔だな」


 地面からは、今尚も次から次へとオメガスライムが増殖している。既にその数は100匹は優に超えているかもしれない。


 オメガスライムを相手にするよりは、その根源たる黒衣の男を止めないといけないのだが……。


 さすがに足場もないくらいに増えてくると、無視はできなくなってしまうほどだ。


「本当に、邪魔だな」


 俺と黒衣の男を繋ぐ視界すら、オメガスライムによって阻まれていく。俺をぐるりと取り囲む透明な巨体たち。透けたあの先に、おぼろげに見えるあいつは姿を現してから一歩も動いていない。


 恐ろしいくらいの余裕だ。


 今の俺には手も足も出ないなんて思っているのだろう。

 まだ始まったばかりなのに、ここまできて止めると思っているなら、それは大間違いだ。


 ちょっと甘く見すぎじゃないか。なんて思っていると、俺を取り囲んでいたオメガスライムたちが一斉に襲いかかってきた。逃げ場なしか……。


 俺を包み込んで、自身からにじみ出ている強酸と腐食魔法で跡形もなく朽ち溶かす気だ。

 グリードも少し焦ったように《読心》スキルを通して、声を荒らげる。


『フェイト! どうした迎撃しろっ、フェイト!』


 視界は青くぼやけたものへと変わる。だけど、俺はそれを押しのけながら先に進む。

 黒衣の男へ向けて、歩き続けてオメガスライムたちの壁を通り抜ける。


「ふー、息ができないのは辛いところだね」

『お前……もう使いこなしたのか』

「暴食らしいだろ」


 俺が歩く地面は、黒く変質して腐敗していく。そして、俺を襲ってきたオメガスライムたちも同じように濁って崩れ落ちていた。


 ――腐食魔法。


 先程、手に入れたこの魔法を使って、オメガスライムの強酸と腐食魔法を上回る魔力を持って、ねじ伏せてやったのだ。


「もうオメガスライムは俺の敵じゃない」


 無機質な声が、オメガスライムを倒したことを教えてくれる。問題はここからだ。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+133600000、腕力+87600000、魔力+119830000、精神+112480000、敏捷+53470000が加算されます》


 加算される一部のステータスが一億越え、しかも良質な魂である冠魔物を10匹を同時喰い。


 オメガスライムを一匹喰らった時の10倍ほどだと思っていたけど。

 ハハッハッハハハ……これはやばい……。ロキシーの領地で倒した冠魔物であるコボルト・アサルトを喰らった時を思い起こさせる。


 いや、それ以上か……。

 右目の視界が赤く染まったからだ。


 暴食スキルが暴走しかけているのだろう。頬を伝って地面にポタポタと落ちていく血を眺めながら、歯を食いしばる。


「まだまだ、喰い足りないな」

『無理は禁物だぞ』

「そうは言ってられないさ。まずはあいつの声を聞かないとな」


 なおも、その場から動かずに視線を送ってくる黒衣の男。オメガスライムを容易く倒してみせたら、少しは態度が変わるかと思ったが、まだ余裕かよ。


 グリードが俺に注意を促す。


『あれは、お前がこれ以上ないくらい喰えなくなるまでを待っているのだろう。そのためのオメガスライムだ』

「そうなる前に、俺のステータスはとんでもないことになっているさ」

『いや、それはお前次第だ』

「グリード?」


 聞き返そうとしたが、またしてもオメガスライムたちの攻撃によって、阻まれてしまう。


 くっそ、いつよりもなく歯切れの悪いグリードに違和感を覚えながらも、オメガスライムたちを喰らっていく。


 無機質な声を聞くたびに、強くなっていく実感と暴食スキルの歓喜による苦痛が大波のように襲ってくる。


 しかし、ある時を境に何かがおかしいと感じだしてきた。オメガスライムを喰らっても喰らっても、苦痛だけが俺の体を駆け抜けていくからだ。


 何故だ。無機質な声がオメガスライムのステータスが加算されていると言っているのに、それを実感できないんだ。


 そんなはずはない。俺は今ある最大の魔力を込めながら黒弓を引いて、黒衣の男へと魔矢を放つ。今までとは比べ物にならないはずの威力を持った魔矢のはずだった。


 しかし、それを黒衣の男は迎撃することなく、受けてみせたのだ。


「これは……」


 奴は全くダメージ受けることなく、ずれた髑髏マスクをかけなおす。初めの俺からの魔矢の攻撃は、本当は取るに足らないものだったとでも、わざと迎撃してみせたのだと言いたいようにも見える。


 グリードが俺に鑑定スキルで自身のステータスを確認するように促してくる。確かにそのほうが俺が置かれている現状が目に見えてわかる。


・フェイト・グラファイト Lv1

 体力:999999999

 筋力:999999999

 魔力:999999999

 精神:999999999

 敏捷:999999999


 スキル:暴食、鑑定、読心、隠蔽、暗視、格闘、狙撃、剛力、聖剣技、片手剣技、両手剣技、弓技、槍技、炎弾魔法、砂塵魔法、幻覚魔法、腐食魔法、筋力強化(小)、筋力強化(中)、筋力強化(大)、体力強化(小)、体力強化(中)、体力強化(大)、魔力強化(小)、魔力強化(中)、魔力強化(大)、精神強化(小)、精神強化(中)、精神強化(大)、敏捷強化(小)、敏捷強化(中)、自動回復、炎耐性


 9桁で頭打ちになっている。これ以上はいくら喰らっても、ステータスを上げられないってことなのか?


 俺の疑問を答えるように、グリードは続ける。


『ここまでが、人としての限界だ。ここから先は人外の領域だ。それを俗にEの領域という』

「Eの領域……それって」 


 マインが言っていたことを思い出す。天竜もその領域にいて、俺がそこへいくためには10年はかかるだろうと。


 そして、他にも言っていたっけ……。


 今の俺にはその壁を突破できる何かが足りないのだ。それは天竜を目にして、動けなくなってしまうことにつながっているのかもしれない。


『フェイト、ここからが肝心だ。よく聞け、Eの領域に達した者とそれ以下の者には絶対的な隔たりがある』

「それは……」

『決して、Eの領域の者への攻撃は通ることない。物理攻撃、魔法攻撃、特殊効果、その全てが無効化される』

「じゃあ、さっきのあいつに放った魔矢が効かなかったのは……」


 襲い来るオメガスライムを黒弓から黒剣に変えて、切り裂きながらグリードの答えを待つ。


『間違いなく、あれはEの領域だ』


 見据えた先にいる黒衣の男は、にやりと笑い。髑髏マスクの真っ黒だった両目の奥が、真っ赤に染まりだす。


 それは嫌というほどによく知っている色だった。


 忌避するくらい……血のように鮮やかな深紅。見つめられただけで心臓が鷲づかみにされるのではないかと錯覚してしまうほどだ。


『フェイト、言っておくぞ。いくら俺様の切れ味が良いといっても、所詮は武器だ。使用者に依存する。先程も言ったが、ここから先はお前次第だ』


 それに答えるように黒剣を握り返す。マインの言う10年なんて待ってられない。


 今ここでEの領域に駆け上がってやる。

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