第70話 黒き凶弾
このままオメガスライムに追いついても、どう仕掛けるか。
そう考えているうちに、バビロンの外壁からここへ来るまでに通った北へ向かって深く刻まれた地面の裂け目を思い出した。
ロキシーが率いる王都軍へ最短距離で向かうなら、あそこを飛び越えた方が速い。地中から感じられるオメガスライムの魔力からも、そこを通ろうとしているようだ。
なら、奴が姿をさらけ出すタイミングで叩くのが上策か……それとも……。
煮え切らない俺にグリードが《読心》スキルを通して声をかけてくる。
『どうした?』
「いや、なんでもない」
例え、そうだったとしても、今は乗ってやるしかない。
そんな俺のことを見透かしたように、グリードが笑う。
『フェイト……お前の脈拍が上がってきているぞ』
「こんなにも走り続けているんだ。息だって上がってくるさ」
『フッ、それだけならいいがな』
相変わらず偉そうな黒剣だ。だけど、おかげで少しは気が紛れた。
もうすぐ先には、大地の裂け目が見えてきた。俺は地中を泳ぐオメガスライムを見据えながら、一足先に加速してダイブした。
落下とともに、鞘から黒剣を抜いて、形状を黒弓に変える。
「グリード! 20%だ!」
俺の了承によって、グリードが全ステータスを奪い始めていく。力が抜ける感覚と引き換えに、黒弓はみるみるうちに変化していく。禍々しく一回り大きくなった黒弓を構える。
そして、さらに保険をかける。
変異アーツ《チャージショット・スパイラル》を発動させてやる。グリードの奥義形体と組み合わせるのは初めての試みだが、きっと彼なら上手く制御してみせるだろう。日頃、偉そうに言っているので、その才覚とやらをここで発揮していただこう。
『フェイトっ!? お前っ……』
いきなりの追加で、グリードが珍しくちょっとだけ焦っているようにも思えるが、聞かなかったことにしておこう。
この貫通力のある変異アーツを使えば、オメガスライムが体から切り離した分体を盾のように使おうと、お構いなしに風穴を開けれる。
だからこそ、何をやってくるかわからないオメガスライムがしっかりと目視できるここで使う。より確実に倒すためだ。
魔力の流れが見通せる目には、オメガスライムが今にも崖を突き破って、顔を出しそうに映る。
タイミングを合わせて、オメガスライムの登場を待つ。
今だ!!
岩壁を溶かしながら現れた。大きな鯨の形をしたオメガスライム。
その中心にあるコアにめがけて、魔力を限界まで溜め込んだ黒き矢を放つ。
いつも以上の反動、空中で足場がないことも相まって、思いっきり後方に吹き飛ばされてしまうほどだ。
しかし、狙いは正確だ。このままいけば……だが。
「くっ、このタイミングでかっ」
何者かによって、頭上から黒い線を帯びる何かが俺とオメガスライムを引き離すように、撃ち込まれたのだ。
数にして三発。それはとんでもない速さだった。
半飢餓状態である今の動体視力をもってしても、見切ることすらできないほどだ。
分かるのは黒い筋が通り過ぎていったくらい。
そして、先ほどと違う少しだけ赤みを帯びた、それは俺がオメガスライムに放った攻撃と重なるように着弾する。
普通では俺の攻撃でオメガスライムごと大地に風穴を開けるはずだが、全く違う光景が目の前に広がっている。
俺の攻撃を受けたはずのオメガスライムはコアを失っているにも関わらず、ぽっかり空いた穴を抱いたままで生きて続けている。そんなことがあるのか……。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+13360000、腕力+8760000、魔力+11983000、精神+11248000、敏捷+5347000が加算されます》
《スキルに腐食魔法が追加されます》
やはり、無機質な声が頭の中で聞こえてきて、オメガスライムの魂を喰らったことを教えてくれている。それなのになぜ、これはまだ動いているんだ。
形を失い、不規則に蠢いているオメガスライム。
俺は俺で一千万超えのステータス――久しぶりの良質な魂を喰らったことによって、脳が痺れるような暴食スキルから歓喜が襲ってくる。
オメガスライムを喰らったことで、制約は解除されて半飢餓状態から元に戻っているが、この荒ぶりようでは、もうしばらく尾を引きそうだ。
まあ、そうゆっくりとはしていられそうもない。
『フェイト! 離れろ。危険だ』
「わかっている」
グリードに従って、俺は地割れから地上を目指す。
岩壁を蹴り上がっていく俺にグリードは言う。
『とうとう、ご登場のようだな。この感じは……俺様と同じ大罪武器だ』
「エリスが言っていた通り、危険なやつか?」
『ああ、こいつは一番異質で厄介だな』
もうすぐ地上だ。グリードが言う大罪武器を扱う奴は、俺に全く攻撃を仕掛けてこない。頭を抑えているという有利な状態なのにだ。
でもそう言ったら、オメガスライムに攻撃をしようとしている時も、俺を攻撃する絶好の機会だったはず。
あえてしないでいるのだったら……。
『地上に上がれば分かるだろう』
「そうだな」
飛び出した地上は相変わらず荒廃した風景が広がっている。
そこにポツンと佇む黒衣の男。フードを深々と被っている。極めつけは、俺とよく似た髑髏マスクを被っているのだ。不思議なことにそのマスクを見ていると、黒衣の男の容姿を上手く認識できない。
「これは俺のマスクと同じ効果を持ったものか。真似しやがって……」
その男が手に持っているのは黒剣。だが、グリードとはかなり形状が違う。
刃の部分以外に、何かの筒のようの物が組み込めれているのだ。
黒衣の男は今だ動かずに俺を見据えている。
グリードが《読心》スキルを通して、俺の疑問に答えてくれる。
『あの男が持っている武器は、エンヴィー。銃剣と呼ばれる特殊形状だ。あの筒状のところから、魔弾を撃ち出すことができる。そして、魔弾には追尾機能付きだ』
「それって……つまり」
『そうだ。あの大罪武器は、遠距離から近距離までこなせるオールレンジだ』
マジかよ。だから、あんなに余裕なのか。
鑑定スキルで、あいつの正体を見破ってやろうと思ったができなかった。黒衣の男が髑髏マスクの下で、薄らと笑ったように見えたからだ。
おそらくあいつは、鑑定スキルを無効化する方法を知っている。使えば、魔力を放たれてカウンターで、視界を失うことだろう。
しばらく睨み合いが続き、互いの出方を窺っていた。先に動いたのは黒衣の男だった。
なぜか、黒銃剣は鞘に納めると、俺に向けて大げさに片手を胸に当てて一礼をしてみせたのだ。
すると、足元の地面が大きく振動を始めた。
これは……まさか。
予想は的中。いや、それ以上のことが地中から顔を出してきた。
コアを取り戻したオメガスライムが1匹、2匹、3匹……更に増える。そして、コアには今までなかった紋章が刻まれていた。
グリードが舌打ちしながら言う。
『あの時にオメガスライムに撃ち込まれたのは、潜在能力を引き上げる魔弾だったようだな。分体を作り出す能力から、ステータスをそのままにコアすらも分裂する能力を得たようだ』
「それって、まずくないか……」
『ああ、潜在能力が引出されている間は、際限なく増殖するぞ。だが、これは……フェイトには相性が悪すぎる』
そんなことないさ。まだまだ喰い足りないって思っていたところだ。
意識を集中させて、もう一度だけ暴食スキルの力を引き出す。
黒弓グリードを構えて挨拶代わりに、高みの見物を決め込んでいる黒衣の男に向かって魔矢を放つ。
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