第68話 変遷する力

 しばらくして、南から進軍してくる魔物の大群が、それを待ち構えるロキシーの王都軍と正面から衝突した。


 主な魔物は緑色の肌をしたオークだ。見たところ、固有名詞を持っていそうな魔物は数匹ほど。軍の中には聖騎士がロキシー以外にも、沢山いるので遅れは取らないだろう。


 暴食スキルからくる疼きも大したこともない。故にあそこで行われている戦いに今のところ脅威は感じられない。


 ホッと一息付いて、このまま高台からロキシーたちの戦いを高みの見物といきたいところだけど、グリードが東側から近づいてくる気配を察知する。


『王都軍とデスマーチの戦いの場に向かって、何かが急速に接近してくるぞ』

「!? 何もいないけど……」


 グリードが言う方角を見ても、何もない荒野が広がっているだけだ。そう、見た目上だ。


「強いのか?」

『ああ、そうだな』

「なら、こっちだって出し惜しみしている場合じゃないな」


 今の俺には見えないのなら、見えるようにすればいいだけだ。

 そいつが強いというなら、尚更だ。


 障壁の機天使との戦いで使ったあれで、いくしかない。


『無茶をするなといっても、お前は聞かないんだろうな』

「今更さ。じゃあ、始めるぞ」


 深呼吸をして心を落ち着けて、覚悟を決める。

 たとえ敵が見えなくても、それを必ず喰らってやる……殺してやるという覚悟を持って、暴食スキルを無理やり呼び起こす。


 途端に右目が熱く燃え上がるような感覚をおぼえる。それは暴食スキルを上手く引き出せて、半飢餓状態に至ったという合図でもある。


『前よりも、上手く扱えるようになっているようだな』

「グリードの教えてくれた鍛錬のおかげだな」

『ふんっ、俺様としても、この程度で終わってもらっては困るからな』


 大丈夫さ、この状態になっても、心は未だに落ち着いている。前みたいに超短期決戦でないと持たいないというわけではない。


 俺は魔力の流れが見える目で、東の方角を眺める。


「これは……」


 巨大な何かが大地の中……地中深くを泳いでいる。まるで水の中を泳いでいるかのように悠々とだ。


 鑑定スキルと言いたいところだが、遠すぎて使えない。

 ほかに、近づいてくるものはいないか、念のため見回す。今のところ、いないみたいだな。


 視線を大地を泳ぐ敵に向けなおす。このままいけば、ロキシーの王都軍の真下に潜り込むことだろう。目の前の戦いに集中している彼女らにそれを察知することができるか。


 難しいように思える。できたとしても、あれだけの軍勢に周知させて対応するには時間はなさそうだ。その前に、足元から致命的な攻撃を受けてしまう。


 あの巨大さなら、王都軍に相当な被害が出ることだろう。


「その前に止めるぞ」

『これほど表立って、戦うのは初めてだ。戦いに飲まれるなよ』


 確かにこの異常な熱気とプレッシャーは、いつもの戦いとは違ったものを感じる。

 グリードがいうように、流されてしまったらマズそうだ。せっかく安定している暴食スキルが乱れかねない。


「あれを使う」

『ほう……試してみるか。よかろう』


 地中を泳ぐ敵に向かって、黒弓の奥義――全ステータスの10%を使った攻撃をしたいところだが、できれば温存しておきたい。

 そのために、新たに編み出した変異派生アーツを使う。条件は半飢餓状態であること。


 これは、ハウゼンで死霊たちと戦った折に、俺と共闘したアーロンの身に起こったことからヒントを得たものだ。あの時、アーロンは暴食スキルの影響を受けて、レベルの上限が開放される限界突破という現象が現れた。


 俺はこれを自分自身が所持しているスキルに応用できないかと考えたのだ。暴食スキルの影響を例えば、弓術スキルに適応させる。そして、そのスキルのアーツを変異派生させて、魔弓であるグリードに強制カテゴライズさせる。


 こんな風に……。チャージショット……変異派生アーツ『チャージショット・スパイラル』。


 チャージショットは弓の射程距離を倍加させるアーツ。そして、今使おうとしているチャージショット・スパイラルは、魔力を溜めれば溜めるほど射程距離が伸び、更に貫通力が飛躍的に上がる。


『普段は使えないスキルを、無理やり俺様の形状へ適応させて、かつ威力も上げるか……面白いことを考える』

「俺だっていつまでも、グリードの燃費の悪い奥義ばかりに頼ってられないからさ」

『言うようになったじゃないか』


 だから、見せてやるよ。口だけじゃないことをさ。


 片目が赤く染まった今なら、地中深く潜った敵ですら、手に取るように把握できる。

 俺は狙いをすませて、魔力を込め始める。黒き魔矢には放電にも似た黒い稲光が弾け出す。


 まだ足りない。もっと魔力を流すと、黒弓までそれは伝わっていく。バチバチという音をたてだして、黒弓を持つ左手には電流が流れたような痺れすら感じる。そろそろ……頃合いだな。


 今だ、標的は見失うことなく、俺の視線の先を雄大に泳いでいる。


 俺の魔力をたっぷりと吸った魔矢を放つ!


 飛び出した魔矢は迷うことなく、空気の壁を幾重にも砕き、切り裂いては東へ東へと黒き線を描く。そして大地を貫き、衰えることなく、地中深くへと消えていった。


 しばらくして、大地が大きく震え出す。収まったかと思ったら、魔矢が潜り込んだ地面が盛り上がりだして、火山の噴火のように大爆発した。


 そこには、土や岩を撒き散らしながら、青く透明で巨大な鯨が現れたのだ。


「見たかよ。俺の一本釣りを!」

『ハハッハハハッハッ、今日は大量だな!』

「そうさ、あんなデッカイ獲物は釣ったことがないって」


 まだ殺ったわけではない。地中深くへ逃げられる前に、一気に詰め寄ってやる。


 俺はアダマンタイトで作られた分厚い外壁から飛び降りる。すぐに外壁をめいいっぱい踏み蹴って、東へ大きく跳躍する。


 落下をしながら、思わず笑ってしまう。それを聞いたグリードが《読心》スキルを通して聞いてくる。


『どうした? 急に笑いだして』

「いや……こんな高台から飛び降りるなんて、昔の俺からは考えられないなって思ってさ」

『そろそろ、しっかりと自覚してもらわなければ、俺様としても困るぞ。これからのお前にとって、もっとも重要なことだ』

「わかっているって」


 着地と同時に、筋力と敏捷をフルに発揮して、地面をえぐるように駆け出す。

 透明で青い鯨は今も空中へ飛び上がっている。

 一歩で500mくらいなので、数十歩であいつの場所へと行けそうだ。黒弓を握りしめて、先を急ぐ。


 よしっ、ここなら範囲内だ。俺は空を見上げながら、《鑑定》スキルを発動させる。


「お前の正体を教えてもらうぞ」


 俺は現れた表示内容に驚きを隠せなかった。こんなのアリかよ……。

 そんな俺にグリードは言う。


『まあ、ガリアではよくあることだ』

「マジか……」


 固有名称を持つ冠魔物であることはわかる。だけど、よりによってあれとはな。

 ガリアは餌がたくさんあるから、こんなに大きく育っちゃったのかな。

 俺の知っているそれはもっとかわいい魔物だった。


 予想外な敵のステータス内容を再度確認する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る