第67話 デスマーチ
ノーザンは俺を一瞥すると、少しだけ驚いた顔をしてロキシーのもとへ歩いて行く。
「ロキシー様、ガリアより大規模なスタンピードが発生して、国境線を越えようと迫っております」
部下であるノーザンの報告に、さっきまでの戦いが嘘のようにロキシーは落ち着きはらった顔で、
「デスマーチですか……数は?」
「およそ1万5000ほどかと。デスマーチの中でも少ない数です」
「……わかりました。国境線までの到達予想時間は?」
「このままのスピードで進軍してくれば、4時間後です」
「それより前に、ガリア内で向かい討ちます。準備の進み具合は……」
ロキシーは俺に一礼をして、ノーザンと話しながら、その場を足早に立ち去っていく。
彼女がこれから軍を率いてデスマーチを止めるために動く。それが、ロキシーがバビロンへ来た役目だからだ。
傭兵として軍に参加することを拒否している俺は、そこに加われない。
といっても気になってしまう。横目でロキシーたちを見ていると、
「チッ、あの野郎……」
ノーザンと目が合ってしまい、その時に彼は俺を向けてニヤリと笑ってみせたのだ。
それが何を意味するかはわからない。君は来ないのかい……なのか、 意外に臆病者だね……なのか、ただの武人風情にはそこがお似合いさ……かもしれないし、全く違うかもしれない。
とにかく不敵で嫌な笑みだった。
ロキシー、ノーザン、兵士たちが立ち去り、俺一人だけ残されてしまう。手合わせを見守っていた群衆も、いまだ鳴り響くサイレンによって潮が引くようにいなくなっていた。
そんな中、黒剣グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。
『フェイト、お前はどうする気だ?』
「決まっているだろ。それに腹が空いてきたところさ」
『行くのか……』
もう答えるまでもなく歩き出していると、エリスがただ一人でポツンと佇んでいた。
何かを訴えかけるような瞳だけを俺に向けている。いつもは一方的に絡んでくる彼女だが、あんな表情をしたときだけは、不思議と内気な一面を見せるのだ。
急いでいるんだけどな……。
「どうしたんだよ……柄にもなくそんな顔してさ」
近づくとエリスは背を向けて、俺から少しだけ距離をとる。
そして、小さな声で忠告してくれる。
「行かない方がいい」
「エリスにそう言われたら、是が非でも行かないとな。……心配してくれて、ありがとうな」
「…………聞き分けが悪いんだから」
彼女は俺に顔を向けることなく、酒場の中に入っていってしまう。エリスは中立であると言った。だからこそ、俺に危険を教えてくれても、そこになにが待ち構えているかまでは言えないようだ。
それでも、俺にとってはこれ以上ない情報だ。彼女を信じてありがたく、心に留めておこう。
あのデスマーチは、ただのデスマーチではない。
さあ、今度こそ行こう。歩きながら、黒剣グリードに問いかける。
「聞いてもいいか?」
『なんだ? このような時に』
「グリードは大罪スキル保持者、大罪武器の気配を察知できるんだよな」
『ああ、できると言ってもバビロン内くらいだがな。どうした、急に。今までそんなことを聞かなかったお前が』
そうさ。今まであえて聞いてこなかった。
もし、出会ったことのない大罪スキル保持者が他にもいて、俺に敵対してくる可能性を考えないようにしてきた。
それはマインのような規格外の強さを持った猛者との対決に、今の自分ではまだ足りないという自信の無さがあったからだ。でも、もうそんな悠長なことを言ってられない。
ロキシーの死を引き金として、抑圧された民の憎悪(ヘイト)を昇華させ、冠魔物と同じように強力なスキルを持つ新たな人間を生み出す。
これを推進している者が、エリスの言葉を信じるなら他にもいるのだ。それはおそらく大罪スキル保持者か、それに類する何かだ。
そいつは、バビロンにいる。
俺の確信に等しい予感に対して、グリードは言ってのける。
『このバビロンで感じるのは、お前とエリスだけだ。他にはなにもない』
「えっ、本当に!?」
『そうだ。だが、気配を断っている可能性はある。お前のように半人前でなければ、そのくらいはやってのけるだろう。あのエリスとて、それは同じだ。あれはあえて、お前に自分の存在を教えるためにやっているのさ』
そう甘くはないようだ。それでも時間は、着々と迫ってきている。これ以上、見えないことを思案してもきりがないか。
左手の拳を握りしめる俺に、グリードは《読心》スキルを通して言ってくる。
『まあ、少しだけだが安堵したぞ』
「なんだよ、急に」
『フェイトは、あの女のことになると周りが見えなくなる危うさがあったからな。ほんのりと成長したか』
「いつまでも子供扱いするなよ。俺だって、見るべきは天竜だけじゃないってことくらい……わかっているさ」
もしかしたら、天竜よりも厄介かもしれないしな。そんな俺をグリードは笑い飛ばす。
『ハハッハハハッハッ、俺様からみれば、お前なんか生まれたての赤子同然だ』
はいはい、齢4000年超えのご老体だからな。途方もない長い年月で、きっとこんなひねくれた俺様野郎になったんだろうな。可哀想に……。
『おい、フェイト』
「なんだよ」
『無茶をするなよ』
「今更だな」
あの時、王都にあるハート家の屋敷……使用人だった頃、暴食スキルの代償を知ってしまったときからここまで、変わることのない繰り返しじゃないか。それに今は恐ろしいくらい暴食スキルが安定しているんだ。
「今回だって大丈夫さ。これからだってな」
『ああ、そうだな』
大通りに向けて歩いて行く俺に次々とすれ違う武人たち。誰もが仰々しい装備をして北側にある外への大門を目指して駆けていく。
どうやら、彼らはロキシーが率いる王都軍の狩り残したおこぼれを狙っているようだ。そう無い稼ぎ時のようだ。
俺は髑髏マスクを手を当てて、南側にある軍事区を見据える。そんな俺にグリードは《読心》を介して言う。
『どうした、フェイト。出口は逆方向だぞ』
「いいんだよ。こっちで」
あっちは軍の移動や武人たち、それにデスマーチによって大慌ての商人たちで大混雑だ。
もっと良くて、人がいない道がある。
デスマーチによって軍事区が手一杯な今なら、大手を振っていけることだろう。
「超ショートカットで行くぞ」
『なるほど』
俺が筋力を活かして、特大のジャンプして建物の屋根に着地したことで、グリードは理解したみたいだ。
『このまま建物伝いに南を目指して、更にアダマンタイトの外壁を越えて、ガリアへ行くわけか』
「そういうこと!」
だけど、すぐにはガリアへ向かわず、外壁の上で王都軍の進行を見守るつもりだ。
あくまでも主役は王都軍。デスマーチだけならロキシーの率いる王都軍なら問題なく一掃できるはず。先程手合わせしたからわかる。ロキシーは強い。
俺がやるべきは、そこでなに異変が起こる前に見極めて、行動することだ。
辿り着いた外壁の上は、思ったよりも風が強くて、気を抜けば吹き飛ばされそうだった。
南……ガリアからは黒い地面、黒い空が近づいてきている。
まだあんなに遠くなのに、目視であれほどはっきりと見えるとは……1万5000以上の魔物の大群か。
「圧巻だな」
『フェイトはデスマーチを初めて見るのだったな。なら、気に留めておけ。魔物を一気に大量に倒すな。急激なステータス上昇は、暴食スキルを無理やり呼び起こして狂喜させるぞ』
「ああ、気をつける。あれはもうゴメンだ」
嫌な思い出だ。
ロキシーの領地に行った時、冠魔物――慟哭を呼ぶ者という固有名詞を持つコボルト・アサルトと戦ったときの事だ。
なんとか倒せたのはいい。今まで経験したことのない良質な魂を喰らったことによって、大きくステータス上昇したが、その反動として暴食スキルが暴走仕掛けたのだ。
もがき苦しんで喉をかきむしり、理性を保つために頭を岩に打ち付けたりした。……うん、本当に嫌な思い出だ。
あれを戦いの最中にしてしまったら、あっという間に魔物に囲まれて戦えずにあの世行きだろう。
そうならないために暴食スキルをおさめる修行をしてきたけど、グリードの言うとおり一度に数千規模で魔物を喰らったらヤバそうだ。
まあ、あれは王都軍の役目だ。デスマーチに俺が正面から戦うことはないさ。
しばらくしてバビロンから王都軍が出てきた。もちろんその中にはロキシーもいる。白馬に跨り、軍の指揮をとっている。デスマーチがやってくる場所を予測して、国境線で迎え撃つ気だ。
魔術士や弓兵を配置して、遠距離から攻撃してデスマーチの魔物の数を削ぐようだ。その後で残った魔物を近接戦闘で確実に仕留めていくのか。
あの数だ。中には固有名詞を持った冠魔物がそれなりにいるはずだ。それを倒すのがロキシー……強力なスキルを持つ聖騎士の役目だ。
見守る俺にグリードが言う。
『もうすぐ始まるぞ』
「こっちもいつでも動けるようにいくぞ」
鞘から黒剣グリードを引き抜き、黒弓に変える。
俺だってこの1ヶ月、闇雲に魔物を倒して魂を喰らってきたわけではないさ。
もっとグリードの力を引き出せるように鍛錬してきたんだ。
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