第66話 思い出のペンダント

 俺はこの一撃でロキシーの聖剣を砕いてもいいくらいの力を込める。


 これ以上、長引かせると戦いの中でいらぬボロが出るのを恐れたのだ。彼女には悪いが、戦えない状態になってもらう。だがしかし、そんな俺の思惑を裏切るように、一撃を彼女の聖剣は受け止めてみせたのだ。


 互いの武器が交わり合うあまりの衝撃で、物見をしていた群衆たちが静まり返る。


 あれほど野次を飛ばしていた俺を愛してやまない武人たち、クソ野郎どもまで大人しくなっているではないか。そう、俺が放ったのはそれほど重い一撃だったのだ。


 ロキシーが俺の剣撃を受け止められたのは、見た目から容易にわかってしまう。俺と同じようにして聖剣技スキルのアーツ《グランドクロス》を聖剣に留めてみせたのだ。


 彼女もまた王都からバビロンへ至るまでに何らかの経験を経て、成長を果たしているようだった。


 強がるようにニッコリと笑うロキシー。


「残念でしたね」

「チッ、だけど……」


 仕掛けたのは俺だ。まだ終われない。


 今度はこちらから押し切らせてもらう。単なる力と力のぶつかり合いなら、筋力が上の俺の方に分がある。


 拮抗していた黒剣と聖剣が次第に崩れ始める。思ったよりも強い力にロキシーの顔から一筋の汗が流れ落ちた。そして、俺は彼女を聖剣ごと後方に押し飛ばした。


「キャッ……」


 俺の知っているロキシーらしくなく思いのほか可愛らしい声に、罪悪感が押し寄せてしまう。戦いを見守る群衆たちからも、大ブーイングだ。


 完全に俺が悪者である。まあ、髑髏マスクを付けた見た目からも良い印象はないだろう。


 さっさと決めてやる。


 俺は後方の建物へと飛んでいくロキシーに、地面を強く蹴って接近していく。


 彼女の体勢が崩れている今、手に持っている聖剣を弾き飛ばして、戦えないようにして終わりにする。


 その時、彼女の胸元から青い宝石のペンダントが顔を出した。

 これはっ!? …………途端に俺はそれ以上、動けなくなってしまった。


 ちゃんと持ち続けてくれていたんだ……。


 この青い宝石は俺が使用人だった頃、ロキシーと一緒に王都の街を極秘視察した折に成り行きでプレゼントしてしまったものだ。

 王都の屋敷から旅立つ彼女がペンダントに加工して、ずっと大事にすると言ってくれたことを今でも鮮明に覚えている。そして、この時でも彼女は……。


 意識が戦いに集中できていない俺を、グリードが《読心》スキルを通して、一喝してくるが時は既に遅し。


 空中で体勢を立て直したロキシーが、逆に俺が持つ黒剣を天高く弾き飛ばしたのだ。


「あっ!?」


 思いのほか間抜けな声を出してしまった。グリードは手から離れる寸前に『大バカヤロォォォッ』と叫んでいた。確かに手合わせといえど、戦いの最中に余所見をするのはやってはいけないことだ。


 いつの間にか群衆の中に加わって、俺とロキシーの手合わせを見守っていたエリスも腹を抱えて笑っていた。これは今度酒場に行ったら、この時の失態を身振り手振りで再現されそうだ。


 それに空中浮遊から帰ってきて、石畳の道に突き刺さったグリードからも小姑のようにお説教が待っていることだろう。すぐに拾うのを躊躇してしまう……。


 天を仰ぐ俺に、ロキシーが持つ聖剣の剣先が向けられる。勝敗は決した。

 俺は手を上げて、降参のポーズを取る。


 それなのに不服そうなロキシーは聖剣を納める。そして服の外に飛び出してしまった青いペンダントを大事そうにしまう。


 溜息を一つついて、今だ手を上げている俺に詰め寄ってくる。


「なぜあの時、手を緩めたのですか?」

「なんのことだか……俺には……」

「そうですか。勝てたのはいいですが、釈然としない戦いでした。仕切り直しで、もう一戦してみますか?」

「……勘弁してくれ」


 やっぱり彼女とは戦えない。たとえ手合わせでもだ。それが今回身にしみてよくわかった。


「もう十分だろ。俺はこれで失礼する」

「あっ、ちょっと待ちなさい」


 ロキシーへの称賛、俺へのブーイングが盛り上がる中、地面に突き刺さった黒剣グリードを回収する。すぐにグリードが《読心》スキルを介して、


『ショボッ』

「うっ、うるせっ」


 予想通りのお小言である。聞き流して、ここから退散をしよう。

 ロキシーとの手合わせは果たした。これで牢屋に入れられることはなくなったのだ。


 敗者はそうそう消えるに限る。残っていても観戦者たちに罵られるだけだ。


 しかし、ロキシーにまたしても呼び止められてしまう。しかも、俺の行く先を塞ぐようにだ。


「あなたに一つだけ聞きたいことがあります」

「まだ何か?」

「どこでその剣術を習ったのですか? あなたのそれはアーロン・バルバトス様によく似ています。足捌き、剣筋がまさに」


 どうしたんだろうか。いつにもまして、彼女は真剣な顔をしている。

 そんな俺を置いて、ロキシーは続ける。


「私はバビロンへ来る途中、荒廃したハウゼンを立て直そうとしているアーロン・バルバトス様にお会いしました。あの方は隠居されて、聖騎士であることをやめられていました。ですが、ある男との出会いで再度剣を持つことを選ばれたそうです」


 ロキシーはそう言って、俺を見つめてくる。


 それにしても、彼女もアーロンと出会っていたのか。しかも、俺とアーロンが死人の跋扈するハウゼンを解放した後だという。もし、あのままアーロンのもとで長居をしていたら、ロキシーと出会っていたことになる。


 まあ、目指す方角は一緒だったのだ。ロキシーがアーロンに出会うのも不思議なことではない。


 思いを巡らす俺の手を取ろうとする彼女。だけど、俺はそれを拒否した。だって、触れてしまえば《読心》スキルが発動してしまう。


「アーロン様はその男の名を教えてくれることはありませんでした。ですが、彼はガリアに向かって旅立ったと教えてくれました。そして、こうも言われました。その者は、身に余る力を持ち苦しんでいるとも。もしあなたが、その人なら……私に」

「さあな、たとえ俺がそうだとして、それは当人の問題だ。あなたが気にするべきことじゃないさ。このガリアではまず自分の身を守ることを考えるべきだ」


 ロキシーはいつだって、優しすぎるんだ。自分の身に危険が迫っているというのに……。


 だけど、俺は王都でその優しさに救われた。彼女に出会わなかったら、今頃暴走スキルにあっという間に飲み込まれて自我を失い、人を誰かれ構わずに襲う化物になってしまっていただろう。


「…………変わらないですね。あなたはいつだって真っ直ぐだ……」


 思わず呟いてしまった声は、バビロンの都市すべてに鳴り響くサイレンによって、かき消されてしまう。


 なんだ……これは。途端に俺たちを囲んでいた群衆が騒ぎ立てる。


 このサイレンはバビロンに来て、初めて聞くものだった。だが、周りの人達は俺と違うようにこの状況が何なのか、当たり前のように察しているようだ。


 そして、ロキシーもまた同じだった。彼女から伝わってくるのはピリピリとした重い空気だ。

 この感じはそうか……俺はバビロンの街から、南の方角を見つめる。ガリア大陸に黒い空が迫ってきていた。


 張り詰めだしたこの場に、数人の武人たちを連れて、男の聖騎士が群衆を無理やりどかしながらやってきた。サラサラの金髪をなびかせながら現れたのは、ノーザン・アレスタルだった。

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