第65話 黒剣と聖剣
酒場から出たら、ロキシーは少し離れた人集りの中央にポツンと佇んでいる。
兵士たちがこの手合わせを邪魔しないように、通行人や野次馬を誘導している。手の込んだことだ。
この手際の良さだと初めからこれが狙いだったとしか思えない。そこまでして戦いたいとは、王都で一緒にいた頃の彼女しか知らない俺にとっては意外だった。
かなりの人の前で戦うのか……。そういえば、初めてだな。元々、ひと目を盗んで戦ってきたのだ。さらに相手がロキシーともなれば、今まで俺にちょっかいをかけてきた武人たちとはわけが違う。
手加減なんて許されないだろう。
しかしながら、もう逃げ去ることはできそうにない。
改めて意を決した俺は深呼吸を一つ。
そして、髑髏マスクが戦いで外れないようにしっかりとかけなおして、足に力を入れてジャンプする。群衆を飛び越えて、ポッカリと空いたロキシーがいる場所へ着地をする。
ロキシーと向き合いながら言う。
「大掛かりだな」
「そうですか? ただ、ここまでしないとあなたは手合わせしてくれないように思えましたので」
「……なるほど」
よくお分かりで……。だがしかし、このバビロンを統治する立場にあるものとして如何なものか。
「これほどの人集りの中で、もし負けたりでもしたら、どうするおつもりで?」
「心配は無用です。私はその程度のことは気にしません。それに負けるつもりもありません」
真っ直ぐな瞳を俺に向けてくるロキシーは、鞘から聖剣を引き抜く。
そんな風に見つめられたら、後ろめたい気持ちが湧き上がってきてしまう。俺はそれを振り払うように 、腰に下げていた黒剣グリードを鞘から抜くことなく手に取る。
それを見たロキシーが眉をひそめながら言う。
「鞘付きで私と剣を交えるつもりですか? 悪い冗談ですね」
「いや、本気さ。このままで戦わせてもらう。それに俺の剣は少しばかり斬れすぎるんだ」
俺は鞘付きの黒剣を構える。この鞘は装備の専属契約をしたジェイド・ストラトスに作ってもらったものだ。黒ベースで中央に金色のラインが入っている。
金色を組み込んだのはグリードのセンスに合わせたからではない。ジェイドのちょっとした遊び心によって追加された。その内容を聞いた時、俺とグリードは彼の才能に感心したものだ。
俺に続き、聖剣を構えたロキシーは困惑しながら、
「鞘が壊れても知りませんよ」
普通はそう思うだろう。だけど、こういった使い方を想定した鞘だ。
例え、聖剣とぶつかっても耐える強度は持ち合わせている。
「さあ、始めようか」
「いいでしょう。私は手を抜くつもりはありません。では」
「ああ……」
互いの距離を詰めるように駆ける。はたして、ロキシーの実力はいかに。ステータス・保持スキルは鑑定スキルを使えば、わかってしまう。だけど、そんな野暮なことはしたくない。
彼女がこれほど真剣に手合わせしようとしているのにできるはずがない。剣には剣のみで、ロキシーに応えたい。
グリードがそれを鼻で笑いながら、《読心》スキルを通して言ってくる。
『騎士でもないお前が、騎士道精神か? 笑える』
「うるせっ」
俺はグリードを無視して、間近に迫るロキシーと剣を交える。
金属音が甲高く鳴り響く。そして、俺の足が地面に食い込む。
予想以上に重い! しかもロキシーの剣撃は続いており、さらに重みを増して、とうとう俺を中心に石畳がクレーター状に陥没した。
「くっ……やり過ぎだ」
「言ったはずです。手を抜くつもりはないと」
たまらず、俺は黒剣で聖剣を押しのける。
ロキシーは宙を舞いながら、俺から距離をとって着地する。一撃に込められた力は、かなりのものだった。
これはスキルから得られる類のものではない。
日々の鍛錬による技術だ。
自身のステータスを限界まで発揮できるように絶え間ない努力をしているのだろう。王都の屋敷ではそのようなことをしていなかったので、軍事区に赴いてしていたのかもしれない。
さて、今の俺はロキシーよりもステータスだけ見れば上回っていると思う。しかし、そのすべてをコントロールするとなれば、話は違ってくる。
普通なら、魔物を倒して己を磨きながら経験値(スフィア)を得ながら、レベルアップしてステータスを強化していく。
故に、ほとんどの武人が自身のステータスを全くコントロールできないという状況に陥ることはない。最低限はコントロールができて、それ以上を……上限ギリギリを引出すために鍛錬しているのだ。
俺の場合は全く違う。魔物を倒せば倒すほど、魔物をステータスがそのまま俺のものになってしまうのだ。急激なステータス成長に対して、それを扱う経験と技量が圧倒的に不足しているのだ。
それをコントロールできるようになる抜け道はあるが、如何せん……扱いにくい。自ら暴食スキルを半飢餓状態に至らせば、身体能力が飛躍的に向上して今のステータスを完全にコントロールできる。
だけど代償として、暴走する危険性も孕んでいるし……相手を必ず殺さないといけない制約まである。だから、こういった強者との殺し合いではない戦い――腕試しは苦手なのだと痛感させられてしまう。
相手がロキシーとなれば、尚更だ。
と、呑気に思考を巡らせていると、しびれを切らしたロキシーが攻撃を仕掛けてきた。
「戦いの最中だというのに、何をしているのですか」
「考え事を少々」
「呆れますね。でしたら、こうすれば少しはやる気になってもらえますか?」
「なっ!?」
それは反則……いや、そういうわけではないけど、やめてほしい。
ロキシーは俺の髑髏マスクを集中的に攻撃してきたのだ。
「その化けの皮を剥がしてあげます」
「ちょっ!?」
しかも、先程よりもロキシーのスピードが一段と速い。油断していたわけではないけど、一瞬で後ろを取られてしまう。振り返って応戦していたら、髑髏マスクが真っ二つだ。
上体を反らして、ロキシーの剣を躱してバク転、バク宙でなんとか距離を取る。
ふぅ〜……。一息つくのも束の間。パキッという嫌な音が耳元に届く。
髑髏マスクにヒビが入ってしまったのだ。
慌てて、《鑑定》スキルを発動して状態を調べる。
髑髏マスク 耐久:10/20 装備した対象の認識を阻害して、他者からは別人に見える。
うああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ。耐久が半分になってるっ!
ちょっと剣が掠っただけなのに!?
年代物の骨董品だけあって、もしかしてこの髑髏マスクは壊れやすいのかな。いや、ロキシーの剣撃はそれほど鋭いのだ。次に掠れでもしたら、破壊されてしまう。
そう思ったら、一気に背中に嫌な汗を流れ始めた。
「どうしたのですか。動きが途端に鈍くなりましたね。それほど、素顔を晒すのが嫌なのですか?」
「そっそそ、そんなことは……ない」
「酷く動揺していますよ。何故でしょう……不思議ですね? いよいよ、あなたの本当の顔を見てみたくなりました」
いたずらっ子のような顔を見せて、ニッコリと笑うロキシー。俺は知っている。この顔をした時は、本気だ。
内心で慌てつつ、俺は髑髏マスクを庇いながら、ロキシーに言う。
「まっ待った。今は手合わせでしょう……」
「そうですね。なら、あなたもそろそろ本気で来てください。で、ないとそのマスクはここに置いて行ってもらいます」
まあ、そうだよな。俺は少しばかり浮かれていたのかもしれない。
こうやってロキシーとまた一緒にいられる時間を懐かしんでいた節は捨てきれない。だから、そういった油断が髑髏マスクにヒビを入れられてしまうという、甘さを呼んでしまったのだ。
果たして、俺はマインやアーロンのようにすべての戦いにおいて甘さを捨てきれるだろうか。
……さあな。やっぱり、俺はどう転んでも俺だから、俺らしく彼女に向き合おう。
「そうお望みならば、しかたない」
俺は鞘付きの黒剣に、魔力を込める。黒き鞘は、聖なる光を放ち始める。
それを見たロキシーは驚きながら言う。
「あなた……その力は!?」
「ええ、ご察し通りの聖剣技スキル……」
そして、このスキルのアーツ《グランドクロス》を発動させずに留めておくというアーロン直伝の技術。
新たにジェイド・ストラトスに作ってもらった鞘は、今まで宝の持ち腐れとなっていた聖剣技を扱うことができる機能を持った特殊拡張武器だったのだ。
まさか……このような多くの人々の前でお披露目するとは思ってもみなかったけど。でも、いい機会だ。
聖剣技スキルが扱えるとロキシーが知れば、まかり間違っても俺のことをフェイト・グラファイトだとは思わないだろう。彼女にとってのフェイト・グラファイトは持たざる者――守られるべき存在だからだ。
「アーツをそこまで扱える技術。あなたは名のある聖騎士……いいえ、元聖騎士なのですか?」
「いや、俺は聖騎士なんかじゃない。あの時からいつだって、ただの武人さ」
一段と魔力を込めて、輝きを増す黒剣グリードを手に、今度は俺からロキシーへ仕掛ける。この手合わせには、陳腐な掛け引きなど必要ない。
単純明快、ひたすらに己の信ずる力を示すのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます