第63話 無垢な魂

「俺の名はジェイド・ストラトス。えっと……いわいる駆け出しの武具職人なんです。実は独立して3ヶ月ほどで」

 なるほど、なんとなくジェイドが言いたいことがわかってきたぞ。

「つまり、こういうことですか。まだ名が売れていない自分の武具を俺に装備して宣伝してほしいと」

「ああ、察しがよく助かるよ。君はかなり強い武人だとその服の痛み具合からわかる。どうだろうか? 安くする代わりに、装備品にこれを付けてほしいんだ」


 ジェイドが奥の引き出しから取り出したのは、ストラトス武具店を示す紋章だった。これを縫い付ければ、俺が着ている装備がどこの店の品か、一目瞭然というわけだ。


「でも、俺でいいんですか? もし俺があなたが思っているような武人ではなかったら。今後、とんでもないことをしでかしてしまった時、あなたの店にそれなりの悪評が轟くかもしれませんよ」


 例えば、聖騎士たちと対立したり、天竜と戦うために王都軍をも巻き込んだり、考えれば考えるほど、いくらでも良くないことが湧いてくる。


 難色を示す俺に、ジェイドは呆れながら言ってのける。


「ハハハッハ、君は心配症なんですね。武人なんてそんなものですよ。そんなものでいいんですよ。後先考えず、今ある一瞬、一瞬を生きていく。どうしようなく、傲慢で乱暴な奴ら。それが武人って人たちですよ。そんないつ死んでしまうかしれない人たちと商売する僕らも、またどこか似たようなものなんですよ」

「似たようなもの?」


 そう聞くと、彼は鼻を指で掻きながら少し照れながら、


「ええ、僕だってもっと有名になりたいんです。まずはバビロンで一番。そして、王国で一番に。そのためなら、ただ良い武具を作っているだけでは無理です。自分がこれだと思える武人を見つけて、共に高みを目指す……これが僕の求める道なんです」

「……わかりました。そこまで言われて、断る理由もないです。これから、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。それと敬語はいいよ。パートナーなんだし」

「ですね。なら、俺も不要で」


 俺が差し出した右手をジェイドが握り返してくる。ここに専属契約が成立した。

 今後、俺はジェイドが提供する武具を使用することになる。といっても武器はグリード以外あり得ない。だから、防具のみだ。


 まずは展示された黒い軽装を俺のサイズに合わせて調整してもらう。しばらく、待っているとジェイドは出来上がった軽装を手にして、奥の部屋から現れた。


「ちょっとだけ、細工をさせてもらったよ。どうかな?」

「これは……良い感じだ」


 黒い軽装の裏地を捲ると、赤い生地が縫い付けられていた。


「服がひるがえったときにだけ、この赤い部分が見えるんだ。隠されたアクセントさ。早速、着てもらえるかな」

「ええ、ではっ」


 すごい……俺の体のサイズをこの短時間で熟知してしまったのか。


 心地よいフィット感。それでいて、とても動きやすい。この人は……本物だ。俺と出会わなくとも、そう遠くない未来に凄腕な職人として世界に名を轟かせていくはず。


 王都で買った品との歴然の差におののいていると、


「着てみた感じはどう?」

「予想以上。この軽装を着ることで更に力が湧いてくる感じがするほどさ」

「そこまで褒められると困ってしまうね。どうだい、ついでにブーツとかも買い替えていくかい?」

「ぜひっ」


 ブーツに加えて、ベルトや指ぬきブローブまで揃えていくと、結局当初の設定金額である金貨80枚になってしまった。


 ボロボロの服から新品の装備へすべて着替え終わった俺は、店内の設けられた姿見鏡で全身を確認してみる。

 自分で言うのも何だけど、良い感じだ。一見黒いが、時折見え隠れする裏地の赤が良いアクセントになっている。


 次にロキシーと出会っても、問題ないだろう。ニヤつく俺に、グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。


『馬子にも衣装だな』

「お前……またそれを言うのかっ!」


 王都で服を新調した時に、同じことを言いやがって……ちょっとは褒めてくれてもいいだろう。


 そんなやり取りをジェイドが不思議そうに見ていた。しまった、いつもの癖でひと目があるのにグリードと会話してしてしまった。これでは、黒剣に一方的に話しかける変なやつに見えてしまう。


 せっかく専属契約をはたして、これからだというのになんて失態だ。俺が額から汗を流していると、


「フェイトは、武器を大事にしているんだね。僕も作った武器や防具に話しかけるんだよ。まあ、君みたいに一方的なものだけどね。そのおかげで同業者からは変態扱いだよ」


 なんと、俺以上の変わり者だった。そして、俺もその枠に入れられてしまったようだ。


 俺の場合はガチでグリードと会話をしているんだけど、わかってもらうには俺のスキルを公開しないといけないので、やめておいたほうが良いだろう。


 自分と同族を認識してしまったジェイドはノリノリで武具について一通り教えてくれる。その後、俺が携えている黒剣グリードを見据えた。


「それにしても、その黒剣の鞘はかなり傷んでいるね。どうだろうか、それも僕に作らせてくれないかな」


 どうするかな。こればかりはグリードの好みを優先させないと後で、小姑のようにネチネチ言われてしまうおそれがある。


 こっそり、グリードに聞いてみると、試しに作らせてみればいいという返事。グリードもなんだかんだ言って、ジェイドの腕の良さを認めたみたいだ。


「なら、お願いしようかな」

「本当かい!? では、黒剣を見せてもらえるかい」

「ああ、いいよ」


 鞘から引き抜いて黒剣グリードを見せる。すると、ジェイドは口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。


「おいっ、大丈夫か?」


 体を揺すり続けていき、なんとかジェイドは正気を取り戻した。そして、また黒剣を食い入るように見て、思わず息を漏らす。


「なんて……完成された武器なんだ。こんな片手剣は見たことがない……素晴らしい」


 それを聞いたグリードは有頂天だ。日頃から調子に乗っている奴が、さらに調子に乗るなって、俺からしたら鬱陶しいだけ。


『聞いたか、フェイト! 分かるやつにはわかってしまうようだな。俺様の隠しても隠しきれない剣身から溢れ出る神々しさが! フハハハッッ、もっと褒めるが良い』


 よしっ、気分が良くしている今のうちに、鞘の色を決めてしまおう。金ピカなんてゴメンだから、ここは俺の装備に合わせて、黒にしておく。


 しかし、黒一色にしてしまうと、正気に戻ったグリードがゴネる未来が見える。最近のグリードは鞘へのこだわりが半端ないからな。


 ここは、ほんの少しグリードの意見を反映しておいたほうがいい。


「鞘は黒をメインにして、装飾を付けてもらえるかな」

「黒だね。で、装飾はどんな感じで?」

「金色をあしらってほしいんだ。少しだけ」

「なるほど……わかったよ。この黒剣が映えるような鞘にしてみせるよ。だけど、これほどの業物だ。それに見合う鞘となれば、金額はかなりの物になるよ。いいかい?」


 俺の装備の時は、かなりの金額とは言わなかったジェイド。それが、鞘の製作ではそう言ってのけたのだ。俺は生唾を飲みながら、恐る恐る聞いてみる。


「一体……いくらかかるんだ?」

「安く見積もっても、金貨500枚かな」


 俺はその場で咳き込んだ。高いって……。なんで俺の装備より、グリードの鞘が6倍以上するんだよ! なんか釈然としない。

 内心で渋る俺にグリードが言う。


『買いだな。金貨500枚とは安いぞ。ジェイドとやらは俺様のことをわかっているようだから、良い仕事をするだろう。全金ピカ仕様は諦めてやるから、この条件をのむのだ』


 もう、グリードはノリノリだった。ここでやめてへそを曲げられても面倒だ。

 残りの金貨は23枚。宿屋の宿泊費などを考えると金貨3枚は残しておきたいところだ。


 はぁ……、溜息を一つだけ吐いて、


「分割払いでお願いできるかな。今は手持ちで払えるのは金貨20枚しかないから……」

「もちろんだよ。残りの金貨480枚はツケておくから。あと製作には一週間ほどくれるかな」


 交渉が成立したので、ジェイドは黒剣の寸法を隅々まで計測していく。途中、感嘆の声を漏らしながらも、手早い作業だった。


「これで、必要な情報は取れたよ。一週間後にまた来てくれ! 今僕ができる最高のものを作って待っているよ」

「ああ、楽しみにしている。それまでには、しっかりと稼いでおくよ」


 俺はジェイドのお店から出ると、髑髏マスクのズレを直しながら、空を見上げる。もう日暮れになってしまっている。思いのほか、時間を取られてしまったようだ。


 さて、どうするかな。また財布が寂しくなってしまった。このまま、宿屋に帰って良いものだろうか。


 宿屋は一泊銀貨50枚なので問題はない。あとは夕食とかで追加料金の発生する料理を食べなければいい。女将は勧めるのが上手だから気をつけないとな。昨日みたいに酒をたらふく飲まされてしまうおそれがある。


 まあ、その気になればナイトハンティングもやってやれないことはない。王都ではいつも深夜の狩りばかりしていたので、俺にとって夜のほうが逆に手慣れたものだからだ。


 《暗視》スキルによって、月の光のない夜でも昼間のように狩りができるし。


 とりあえず、宿屋に帰ることにした。商業区から大通りを横断して、住宅区へと移動する。時折、酔っぱらいの武人たちが肩で腕を組んで、楽しそうに歩いて行く。そういった武人は実りのある狩りができたのだろう。


 装備はほとんど整えた俺も明日からはあんな風になりたいものだ。


 俺が宿泊している古びたレンガ作りの宿屋に到着して、中に入る。


「おかえり! まあ、どうしたんだい! 見違えたよ」


 威勢の良い声で迎えてくれたのは、女将だった。男のように豪快に笑いながら、俺の服装を舐めるように上から下まで見てくる。


 そして、肩をポンポンと叩かれる。


「これはなかなかの装備だね。かなりかかったんじゃないのか?」

「お察しの通りです。バビロンの物価の高さには驚かされるばかりです」

「すぐになれるさ。君が本物の武人ならね」

「まだまだここへ来て駆け出しなので、あんまりプレッシャーをかけないでくださいよ」


 そう言うと、女将は笑いながら言ってくる。


「お腹が空いただろう。さあ、夕食にしようか。娘たちも君と一緒に食事するのを楽しみにしているからね」

「今日は、昨日みたいに飲みませんからね」

「そう、固いことを言いなさんな」


 俺は半ば強引に食堂に引き込まれる。そこには娘たち2人がすでに席に座っており、俺の到着を待ってくれていたようだ。


 そしてテーブルには沢山の酒が……。見たこともない高そうな酒がちらほら。

 俺の全財産である金貨3枚は風前の灯火だ。


「さあ、景気良くいきましょう」

「お手柔らかにお願いします」


 結果的に言えば……俺の金貨は消し飛んだ。よっしゃ! 明日もバリバリ魔物狩りだ。


 自室に戻った俺はベッドに横たわり、目を閉じる。飲み過ぎた……天井はぐるぐると回り始めて、意識は良い感じに暗転していった。


 ★ ☆ ★ ☆


 俺はよくわからない世界にただ一人だけ、立ち尽くしている。空を見上げても、真っ白。地面を見ても、もちろん真っ白。


 どこまで歩いていっても、同じ世界が続く。地平線の向こうまで途方もなく真っ白だった。


 きっとこの世界には白以外存在しないのだ。ほら、ここでは俺に影すらない。


 なんなんだ……ここは!? なんで、俺はこんな場所にいる!?


 辺りをしきりに見回していると、突然……目の前に真っ白な少女が姿を表した。


 その娘は忌避するくらい赤い瞳で俺を見つめて、ニッコリと笑う。


『やっと繋がった……』


 彼女の姿には見覚えがある。


 そう……そうだ。彼女はマインと一緒に戦った機天使ハニエルの核にされていた少女だ。


「君は……あの時の」

『……の…………先に…………………………で……………………………………』


 彼女は何かを俺に伝えようとしているが、どんどん酷くなるノイズによって何を言っているか、分からない。


 それでも、俺にとって重要なことを言っているんだと感じられた。


 必死になって、聞こうとするがやはりダメだ。そうしている内に世界は黒く染まり始める。


 彼女に近づこうとするが――。


 最後は光一つない世界になり、そして足場すら失った俺は奈落の底へと落ちていった。


「うああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ……」


 彼女は堕ちていく俺を悲しそうな顔で見つめるのみだった。

 そして、俺は堕ちていく底の方に目を向けると――。


 見えたのは、俺が今まで喰らった魔物や人間たちが折り重なり、苦しみもがく、真っ赤に燃えるような世界だった。これを的確に表す言葉は一つのみ、地獄だ。


 ☆ ★ ☆ ★


「ハァハァハァハァ…………」


 体中に汗をびっしょりとかきながら、俺は目を覚ました。気分は最悪だ。

 なんだったんだ。あれは……夢なのに異様なほどリアルで、今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。


 内容はあやふや過ぎて、まるで全貌をつかめないけど、あの暗闇に堕ちていく感覚は身の毛もよだつものがあった。


 きっと、あの夢は機天使ハニエルを倒すために、あの真っ白な少女を喰らった罪悪感から見てしまったんだろうな。


 そうだと思いながらも、彼女は一体……俺に何を言おうとしていたんだろうか。あの悲しそうな顔を思い出すと、気になってしまうんだ。 

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