第62話 混ざらない色
まさかの登場に俺の心はかなり動揺していた。
でも大丈夫なはず。髑髏マスクの認識阻害によって、ロキシーは俺がフェイトだと気づけない。おそらく、怪しいマスクを付けた変なやつ程度に思うだろう。
俺を見据えるロキシーに向かって、口を開きかけて慌てて返事を途中でやめる。
危なかった……使用人だった時のノリで喋りそうになってしまったからだ。
今はもう彼女の使用人でもないし、それにへりくだって喋ると雰囲気から怪しまれてしまうかもしれない。ここは、ざっくばらんにそこら辺にいる武人のように話しかけるほうがいいだろう。
「俺に何か?」
とりあえず、そう言ってロキシーの出方を待つ。マスクの下は冷や汗でダラダラだ。
彼女はそんな俺の足元を指差しながら言う。
「まずはそこから退いてください。あなたに踏まれ続けている彼らが可哀想です」
「おっと失礼」
俺はどうやらさっき倒した武人たちを帰りも踏みつけていたようだ。正直、行きはわざとだったが、帰りは踏むつもりはなかった。
だけど、俺はロキシーの登場に焦ってしまって、彼らをまた踏んで、さらに踏み続けてしまったみたいだ。
さすがに悪かったと思って、武人たちに目を向けたらすっかりと気を失っていた。
無駄かもしれないけど、ロキシーにこの状況を弁解しておこう。
「これは正当防衛みたいなものさ。こいつらから襲ってきたので反撃した感じかな」
「なるほど……そうですか」
ロキシーは顎に手を当てて、頷きながら倒れている8人の様子を窺う。
彼らのうち四人は、手に武器を持ったまま倒れているので、襲ってきたのはわかってもらえると思う。
8人の武人たちを見て回った後、彼女は施設の職員を呼んで話を聞き出した。なるほど、当人の証言、現場検証だけではなく、第三者の目撃情報も考慮するわけか。
これなら、俺が彼らに因縁をつけられて襲われたことが証明されるだろう。
しばらくの時間、施設の隅で待っていると、ロキシーは「状況はすべてわかりました」と言って職員を開放した。
そして、俺の方へ歩いてやってくる。先程と違って、少しだけ穏やかな顔をしている。
俺の直ぐ側までやってきた彼女に違和感を覚えた。
あれ!? ロキシーってこんなに小さかったか?
王都にいた頃は彼女と目線が合わずに少しだけ見上げていた。だけど、今は見下ろす感じだ。
もしかして、ロキシーが縮んだ!? いやいや、それはない。
そういえば、最近着ている服が合わなくなってきていた。……俺の身長が伸びていたんだ。
ここへ来るまで戦いばかりで、そんなことに気を配る余裕すらなかった。もしかして、食事が改善されて栄養を取れるようになったのが大きいのかもしれない。
ブレリック家の下で城の門番をしていた頃は、少なすぎる給料でどうにか生きるだけのギリギリの食事だった。
それが、ロキシーの使用人になって美味しい食事をとれるようになっていき、そして武人になった今、栄養価の高い食事を貪り喰えるようになった。
マインと一緒にいた時なんか、彼女に釣られて食事をするたびに財散していた。もちろん、全部俺の奢りだった。
ふむふむ……そのことで、ずっと抑えられていた成長期が遅れてやってきたのかもしれない。まあ、まだ俺は16歳だし、伸びしろがあってもおかしくない。
そっか……俺はロキシーより大きくなってしまったのか……なんてしみじみ思っていると、
「ちょっと聞いていますか?」
どうやら、ロキシーに声をかけられていたのようだ。俺は慌てつつも冷静を装って返事をする。
「ああ、もちろん聞いているさ。っで、なにか?」
「全然、聞いてないじゃないですかっ!? まったく……そのようなことでは、あなたも牢屋に入れないといけませんね」
うううっ、牢屋だけは勘弁してほしい。
軽く脅しつつも、ロキシーは微笑んで許してくれる。
「もう一度、聞きますよ。あなたの名前は?」
「……ムクロ」
「そうですか……変わった名前ですね」
ロキシーには本名でないことはバレているかもしれない。だけど、武人は仕事内容に合わせて名を使い分けたりするので、深くは追求されなかった。
ホッとしていると、今回の騒動について彼女から説明を始める。
「まあ、今回は大目に見ます。職員の話を聞くに、あの者たちは日頃から自分たちよりも弱そうな武人を見つけては脅していて金品を強奪していたみたいです。バビロンを統治する聖騎士が不在であることをいいことに、ずっと他にも悪さを働いていたとも聞きました。あなたがやったことはやり過ぎな面はありますが、管理できていなかった王国側にも非があります」
「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ、俺はこれで」
「今度利用する時は、おとなしくしてくださいね。あと、そのボロボロの服はできることなら買い替えてください。その……目のやり場に困りますので……」
そう言ってロキシーは頬を染めながら、俺から逃げるように離れていく。
もしかして、俺は変態扱いされてしまったのか……。フェイトであることはバレはしなかったけど、武人ムクロに対するロキシーの評価を出だしで大きくマイナスに振ってしまったかもしれない。
いいさ、どうせ偽名だし……ううううっ……。
俺から離れていったロキシーは連れてきていた兵士たちを呼び寄せて、今だに気絶している8人の武人たちをどこかへ運んでいった。たぶん、牢屋だろう。冷たい床の上で大いに反省してほしい。
さて、俺も引き換え施設を出よう。
歩き始めていると、グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。
『いや〜、俺様は速攻でバレると思ったぞ。だってさ……ププププププッ! フェイト、お前……演技が下手くそ過ぎる! 硬い、硬すぎるぞ。アダマンタイトかと思ったくらいだ。フェイト・グラファイトをやめて、フェイト・アダマンタイトに改名したほうがいいのではないか?』
「うるせっ」
『しかも、焦りすぎだ。見ているこっちまでヒヤヒヤしたぞ。俺様まで焦らすな』
クッソ。グリードのやつ……俺が突然のロキシー登場に焦っているのをニタニタしながら、楽しんでいたんだな。なんてやつだ……ちくしょー。
「もうっ、そんなこと言っていると、新しい鞘を買ってやらないぞ」
『何を言っている! それとこれとは別だ! 言っておくが、お前がロキシーの前でしどろもどろになっているのを楽しむのが、俺様のさっきできた一番の趣味だ! 実に愉快。なあ、フェイト?』
「本人に同意を求めるな! そして変な趣味に目覚めんなっ」
こうなったら、次にロキシーに会ったときは、もっとうまくやってやる。俺はおちょくってくるグリードを無視しながら、先を急ぐ。
早く服を買い替えたいからだ。
『あっ、フェイト。もしかしてロキシーに言われたことを気にしているのか?』
「…………」
『図星か』
百歩譲って、図星だった。
俺は商業区へと入り、手頃な装備が手に入りそうな武具屋を見つけた。そしてガラスケースに展示された黒地の軽装に目を奪われる。見るからに動きやすそうだ。
だからといって、防御も怠ってない。急所となる部分にプレートらしき縫い付けがされているからだ。裁縫も丁寧で、提示されている金額以上の手間がかかっているようにも思えた。
試しに《鑑定》してみるか。耐久が400もあるのか。通常の軽装が100くらいなので、これは相当な業物になる。
どうするかな……値段は金貨80枚なのだ。手持ちが金貨103枚なので買うとなるとかなり使ってしまうことになってしまう。だけど、悪くない。
意を決して店に入ろうとする俺に、グリードは言う。
『また結局黒か。もっと派手にいけ。それに俺様の鞘は買えるのか?』
「足りなかったら、昼からまた狩りにいくさ」
ガリアは魔物で溢れかえっている。金稼ぎには事欠かない。
ステータスを高めたい俺にとっても、都合がいい。
そう言うと、グリードは珍しく納得したようで、すこし静かになった。今のうちにさっさと買ってしまおう。
落ち着いた佇まいの店に入っていく。ドアに取り付けられていたベルが心地よい音を鳴らし出す。
すると、店の奥から俺よりも2,3歳ほど年上の青年が顔を出した。
「いらっしゃい、何をお探し……」
彼は俺の姿を見るなり、目を皿のようにしてボロボロの服を見始める。
なんなんだ……こいつ!?
通常ではありえない接客に若干引いてしまう。そんな俺を気にすることもなく、青年は俺のボロボロの服にご執心のようだった。顔が近い、近すぎる!
そして彼は強張った表情して、俺に聞いてくる。
「お客さん……一体、何と戦ったらそのような状態になるんですか? まるで自ら火の海の中に突っ込んでいったような感じなんですけど……こんなの初めてだ」
「!?」
この男……着ている装備を通して、俺が戦ってきた敵や情景を見ているのか……。
すごい才能だ。だけど、あまり知られては困る。そう思って、店を出ようとするが、
「ちょっと待った」
一足先に店のドアの前に回り込まれてしまう。
そして、続けざまに手を合わせてお願いされる。
「どうだろうか、うちの店の装備を着て貰えないだろうか? 半値で提供する……」
「半値だって!?」
「そうだ。半値でいい」
俺が、なぜそのようなことを言うのか聞く素振りを見せると、彼はホッとした顔をして理由を話し始めた。
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