第61話 グリードスタイル
俺が血塗られた大きな麻袋を2つ、背負いながら大門をくぐっていると、周りにいる行商人や武人やらがぎょっとした顔でこちらを見つめてきた。
そして、口々に囁く。
「嘘だろ……」
「おいおい、もしかしてあの袋の口から出ているのはオークの耳か……ってことはあれ全部が……」
「なら、オーク二個中隊を一人で殺っちまったのかよ。何者だ、あいつ!?」
囁くといっても、すれ違いざまなので丸聞こえだ。この分だと、バビロン内に俺の存在が知れ渡るのもそう時間はかからないだろう。
もう、武人ムクロとして表立って活動していくので、王都ではコソコソとやって行く必要はない。バビロンにいる武人の役目は王都に侵入してくる魔物の一掃だ。
ガンガン倒してくれる武人は、ここでは重宝されるはず。
グリードを見習うわけではないけど、堂々と構えておかないとな。
袋から血を滴らせながら俺は人混みをかき分けるように進んでいく。引き換え施設は今歩いている大通りの突き当り、軍事区の大門の東側に併設されている。
寝泊まりしていている宿屋の女将によれば、そこがこの都市で一番の賑わいがあるという。王都の軍人を除けば、武人が最も多い場所だ。
魔物についての情報、討伐報酬など彼らにとっては一番重要なのだから当たり前な話だ。
あとはそこに行った時に、定番の偉そうな武人たちが俺のお世話をしようと要らぬをお節介をしてこないことを願うばかりだ。
さて、今回はこのような目立つ格好で引き換え施設に入った時、そこにいる武人たちがどのような反応をするか気になるところだ。まあ、気にしたところでどうすることもできないけどさ。
そんな悩める俺にグリードが《読心》スキルを通して言ってくる。
『フェイト、そのようなことでどうする。武人ってのは、そんな失礼なやつに気を使う必要ないんだよ。頭から真っ二つに切り捨ててやれ。俺様が手伝ってやる!』
「また物騒なことを言う。言っておくけど、そんなことしたらバビロン中の武人を敵に回しかねないぞ」
『ふんっ、そこは望むところだって言えっ』
「言えるかっ!」
はあ……グリードは俺にどのような武人になって欲しいんだよ。それでは、俺がとんでもない荒くれ者になってしまうではないか……下手をすれば狂人だ。
『要は、もう少し堂々としろってことだ。いつも俺様が言っているだろう』
「わかっているけどさ。ほらっ、俺って暴食スキルに目覚めるまで、ずっと人間として扱われてこなかったから、それが身に染み付いてしまって、どうしても抜けきれないんだよ」
『情けないぞ。それでも俺様の使い手かっ! いいだろう、俺様が指南してやる。言うとおりにやってみろ』
「あんまり過激なのはなしだぞ」
『わかっておる。任せておけ、ガハハッハハハッハである』
はあ〜、すごく心配になってきた。
でもものは試しだ。グリードのご機嫌取りを兼ねてやってみよう。それに強さが物を言う武人の世界だ。バビロンにやってきて、出だしで他の武人たちに舐められてはいろいろとやりづらい。
俺はグリードから勇ましい武人とはについて簡単なレクチャーを受けた後、軍事区の大門に脇に併設されている引き換え施設の中へ入っていく。
これはすごい。なんて広さだ。天井までは吹き抜けで小洒落たステンドグラスが色鮮やかに飾られている。あまりの美しさに、なにやら宗教めいた神秘性すら感じさせる。
見惚れてしまっていると、左右から体格の良い武人たちが俺を取り囲んできた。
「おい、ここで突っ立っていると邪魔だ。退けろ」
「なんだ……お前、見ない顔だな。それにその髑髏マスク、趣味が悪すぎる。どこのパーティーの者だ?」
「その手に持っている麻袋はどうした? どうせ、使えないからパシリでやらされてんだろう、髑髏くん。もしかしてそのマスクの下はとんでもないブ男だったりしてな。だから隠してんだろう? 取って見せてみろよ」
はい、速攻で絡まれました。
わかっているとも、俺って自分で言うのも何だけどさ……体格が良くないから、弱そうに見えるのだ。
こうされてしまうと、グリードが言っていることも理にかなっている気がしてきた。
では、やってみるか。俺はグリードに教えてもらったことを思い出しながら始める。
「黙れ、お前らのような雑魚には用はない。痛い目にあいたくなかったら、さっさと消えろ」
「はあ!? てめぇ、今なんて言った?」
ニヤついていた武人たちが顔を真赤にして、睨みつけてくる。
さすがにここで、武器を手に取ろうとまではしないようだ。流血事件まで起こしたら、引き換え施設から出禁をくらいかねないからだろう。
つまり、素手くらいの殴り合いならいいってことか。現に、武人の一人が俺に殴りかかっているし。
俺はそれを右手で受けて止めて、言う。
「やめるなら、今のうちだぞ」
「はっ、やれるものならやってみろ。俺には仲間がいるんだぞ」
仲間ね……こいつを合わせて8人か。そこまでいうなら、やってやる。
俺は返事とばかりに、いきがっている男の拳を握り潰す。
「ギャアアアアアァァァァアアアァァァ……」
耳障りな声を合図に、俺は手に持っていた麻袋2つを宙に投げる。
潰れた拳を抱えて床に崩れ落ちる男を足蹴りして、まずは退場してもらう。
残るは7人。左から同時に3人が俺に飛びかかっている。
一気に制圧するべきだろう。ならば、格闘スキルのアーツ《寸勁》を発動だ。
これは内部破壊できる強力なアーツ。くらえば、装備を通り越して体内の臓器や骨、血管にダメージを与えられる。素早く、敵を戦闘不能にするにはもってこいだ。
左手に力を込めて、背の低い男の脇腹に一発。続いて、ツルツル頭の男の右肩と左肩を連打。
さらに、顎髭を生やした男の股間を蹴り上げる。
複数の破裂音と共に、崩れ落ちる三人。皆が口から泡を吹いて気を失っている。
あとは四人だが……逃げるかと思いきや、とうとう腰に下げていた武器を取り出して襲ってくる。
ここまでするってことはこいつらは俺を殺す気のようだ。だからといって、俺も同じにする気はない。
単調な攻撃だった。剣聖アーロンから教わった足捌きを見れば、こいつらの攻撃が手に取るようにわかってしまう。
苦もなく、アーツ《寸勁》によって、四人を地面に叩き伏せる。今では仲良く八人が、床でお寝んねをしている。
まっ、こんなものか。
俺は空中に放り投げていた麻袋二つをキャッチする。
「終わったな」
もちろん、意識のない奴らから言葉は返ってこない。寸勁で内部破壊したといっても、急所は外してある。死にはしないけど、武人として今後活躍するのは厳しいかもしれない。
そして、俺は気絶した男たちを踏みつけて、魔物の報酬を引き換えのカウンターを目指す。言っておくけど、あえて踏んでいくスタイルはグリードの案だ。でも今となっては、こんな奴らを踏んで行ってもいい気がしてきている。
お前らのような奴らがいるから、一般人から見た武人の評価が落ちるんだよ。
静まり返るホールを歩いて行き、俺から逃げるように順番を空けてくれた武人たちに礼を言って、カウンターの前へ。
受付嬢の若干顔を引きつらせながら、笑顔で対応してくれる。なんか……気の毒なので可能な限り愛想よく話しかける。
「これを換金にきました。お願いします」
「はっ、はひぃっ……確認をしますのでお待ち下さい」
ドスッと置かれた重い麻袋2つ。彼女一人では運べないようで、奥から数人の職員たちがやってくる。
皆がこういった作業に手慣れているのだろう。数の確認はすぐに終わってしまう。
「えっ……全部でオークが400匹、ハイオークが2匹です。あのぅ……一応確認ですが、全部をお一人で倒したのですか?」
「ええ、もちろん。大した敵では無いですから」
俺は髑髏マスクを被り直しながら、答える。ここまできて嘘をつく必要はない。それに、マインと戦った機天使の苦労に比べたら、オークなんて可愛いものだ。
その返事に受付嬢は青い顔をする。はて? どうしたのだろう。
「申し訳ありませんでした。貴方はもしかして聖騎士様ですか?」
ああ、そういうことか。オークの大群を一人で倒せるなんて、世間一般では聖騎士くらいだ。大罪スキルが表立って知られていない以上、そういった結論に達してしまうだろう。
彼女が恐れているのは、俺が聖騎士だったら、何をされるかわからないからだろう。先程、俺に因縁をつけて襲ってきた武人たちを管理できなかったことを理由に、脅されるかもしれないと怯えているのだ。
ここらへんはバビロンも王都と変わらないというわけか。どこに行っても聖騎士絶対主義だな。
とりあえず、安心してもらおう。じゃないと、報酬を早く貰えない。
「いや、違います。俺はただの武人ムクロ。聖騎士じゃないよ」
「本当にですか?」
「こんなことに嘘をついても仕方ないし。それよりも報酬をください。この通り、服がボロボロで買い替えたいんだ」
「ああ、わかりました。すぐに用意します」
カウンターに置かれたのは、なんと金貨100枚。聞いてみれば、オーク1匹につき銀貨20枚。ハイオーク1匹につき金貨10枚だという。手持ちの金貨を合わせると103枚にもなってしまう。
何気に稼ぎまくれるじゃないか!? こんなことなら、お金大好きなマインだってしばらくバビロンに居て、お金を稼げば良かったのにさ。といっても、マインはなぜかバビロンへ行くことを嫌がっていたから、どうしようもないことだ。
ガリアで倒した魔物ですら、お金に変えたいという素振りすら見せなかったし。彼女にとって、ガリアは違った意味合いがあるのかも知れない。
俺は久しぶりの大金に、髑髏マスクの下はホクホク顔だ。いくら、バビロンの物価が高いといっても、これだけのお金があればまずまずな装備が買えるはずだ。
俺は受付嬢に礼を言って、意気揚々と引き換え施設を後にしようとしたその時、
「あなたですね。あれをやったのは」
凛とした聞き覚えのある声に呼び止められたのだ。その声の方へと振り向けば、白き聖騎士がいた。
そう、ロキシーだ。
できることなら、ボロボロのみっともない服ではなく、これから新調する服で会いたかった。
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