第60話 失った居場所

 人数は……えっと30人くらいか。なかなかの大所帯だな。


 おそらくその先頭を歩いているのが、パーティーのリーダーだろう。


 見るからに高級そうな装備で身を固めているのがわかる。そして、その青年は異様なくらい満面の笑顔を俺に向けてくる。


 これほどの作り笑いは見たことがない。

 何者なんだ……俺は黒剣グリードを更に強く握って身構える。


『落ち着け、フェイト』

「ああ、だけどあいつはやばいって感じるんだ」


 そいつは俺の心中などお構いなしに、やってきた。今だに能面のような笑いを顔につけて俺に話しかけてくる。


「やあ、僕はノーザン・アレスタル。君、とんでもなく強いね。遠目から見ていたんだけど、それでも圧倒的だったよ。名前を教えてもらってもいいかな?」


 ノーザンは右手を出して握手を求めてくる。だけど、俺はそれに応じなかった。


「俺は、ムクロ。ただの武人だ。それ以上でもそれ以下でもない。もういいかな、これを換金するためにバビロンに戻りたいんだ」


 そう言って立ち去ろうとするが、ノーザンが率いるパーティーが俺を取り囲んでくる。これでは帰れない。


 俺は髑髏マスクのズレを直しながら、背負い直していた麻袋を置く。


 何やら、険悪ムードが漂い始めている。このパーティーの皆がノーザンに心酔しているか、忠誠を誓っているようで、まだ話が終わっていない俺を帰すつもりはないようだ。


 挙句の果てには、各々が武器を手に取ろうとまでしている。

 チッ、こいつら大人しそうに見えて、かなり短気みたいだ。ノーザンの意に沿わないものなど死んでしまえとでも思ってそうな目を向けてくる。


 なんなんだ……ただのパーティーがここまでするのか? いや、それはない。

 なら、どうして……。


 俺は違和感を覚えながら、ノーザンが腰に下げている武器を見た。

 これは聖剣!? なるほど、そういうことか。だからといって、態度を改めるつもりはない。


「聖騎士だったのか……」

「そうお察しの通り、僕は聖騎士だよ。今日は久しぶりのお休みでね。こうやって部下を連れて遊びに来たわけさ」


 呆れた。魔物狩りを遊びと言い放ったぞ。ノーザンはサラサラの金髪を手でかき上げながら、ニッコリと微笑む。もし、俺が女性ならうっとりすることだろう。だが、俺は男だ。


 げっそりだ。


 それにしても、聖騎士か。なら、俺が2個小隊のオークらを横取りしたと怒っているのかもしれない。だから、こんな部下を使って俺を取り囲み続けているわけみたいだ。


「もしかして、これを置いていけと?」


 俺はオークの耳が詰まった麻袋2つを指差す。

 しかし、ノーザンは首を振る。


 チッ、それだけでは気がすまないってことかよ。


「言っておくけど、これ以上俺から時間を奪うなら、考えがあるぞ」


 ここは力が支配する世界。王都でできないような多少の無茶はきく。

 俺は黒剣グリードを引き抜いて、ノーザンに向けるが、


「まあ、待ちなよ。初めに言っただろ。僕は君の強さにいたく感銘を受けたってさ」

「だから……」

「どうだろう。僕の配下にならないかい? 好きなものを望むままに与えよう」


 これだから、聖騎士は……。結局、バビロンまで来ても、王都と何も変わらない。

 金や権力で何もかもできると思っているらしい。おめでたい話だ。


 それが本当なら、俺はここに来てはいない。


「断る。そういうことは他を当たってくれ。俺は誰にも仕えないし、誰とも組まない。これだけあればいい」


 俺は手に持つ黒剣をノーザンに見せつける。グリードが《読心》スキルを通して、「そうだろう、そうだろう」と調子に乗っているが、今は放っておく。


 俺が仕えていたのはロキシーだけ、そしてもう誰の聖騎士の下でも仕える気などない。王都を旅立ったあの日に決めたんだ。


 ノーザンはそんな俺を見ながら、食い下がる。


「先程の戦いでその黒剣の性能を見させてもらったよ。いやはや、驚いたよ。それは形を変えるんだね。いわゆるマルチウェポンってやつだね。古文書で見たことがあるよ。まさか、現存していたとは驚きだ。良かったら、見せてもらってもいいかい?」

「それも断る。これはおいそれと渡せるものではない」


 またしても、グリードが《読心》スキルから、「そうだ、そうだ。もう、この偽優男をたたっ斬れ。俺様が許すぞ」なんて物騒なことまで言う始末だ。


 ノーザンと睨み合っていると、彼は溜息を付いて、手を横に振った。

 途端に俺の周りにいた部下がすっと引き下がり始める。


「わかったよ。なら、また次の機会にでもしようか」

「……次もない。しつこい男は嫌われるぞ」

「そうでもないさ。僕は今まで欲しいものは全て手に入れてきたんだ。これから先もそれは変わらない」


 相変わらず、清々しい笑顔で俺に道を開けるノーザン。俺は通り過ぎて行く時に、彼の部下たちを見ていく。誰も彼も、強そうだ。おそらく、ノーザン自身が目で見て、使える人材を集めていったのだろう。


 そして、部下たちは仕えることに喜びを覚えているようにも見えた。


 まったく……バビロンに来て早々面倒な奴に目をつけられてしまった。俺は聖騎士とは切っても切れない間柄なのかもしれない。


 やっと、ノーザンのパーティーから離れられる。そう思った時、後ろからまた声をかけられる。俺は振り向くことはなかったが、


「僕はバビロンの軍事区で、昨日来られたロキシー・ハート様の下で働いているんだ。良かったら、遊びに来てくれ。待っているよ」


 くそっ、あいつがロキシーの下にいるのか。一緒にいるのを想像するだけで、なんだか……腹が立つ。


 それに、ノーザンからは得体の知れない悪意を感じるんだ。ただの武人である俺はもうロキシーには簡単に近づけない。考え過ぎじゃないことを祈るばかりだ。


 エリスの忠告の件もある。ロキシーを取り巻く不穏な空気は増すばかりじゃないか。


 考えいても先には進めない。俺は麻袋を背負い直して、王国とガリアの国境線を越えて戻る。新鮮な空気が肺に入ってきた。先程から心の中で渦巻いていた苛立ちは少しずつ消失していく。


 だけど、すべてとはいかなかった。今までこんなことはなかったのに、ずっとくすぶり続けるんだ。なんだろうか、この焦りにも似たような気持ちは……。


「なあ、グリード」

『どうした? いつもの元気がないぞ』

「それが…………いや、なんでもない」

『なんだ、勿体ぶりおって、いいから俺様に言ってみろ』

「いいんだ」


 グリードに相談しようとして、なんか違うような気がしたんだ。それにバカにされそうだし、やめておこう。それがいい。気を取り直して、


「さあ、バビロンへ帰ろうか。邪魔が入ってしまったけど、これを換金して装備を新調だ」

『うむ、待っていたぞ。俺様の鞘は黄金製にしろ』

「できるかよっ。重すぎるだろ!」

『ハハハッハハハッ、筋トレだ。どうよっ!』


 筋トレ以前に、趣味が悪すぎる。どこの成金野郎だよ。グリードって派手な装備が好きだからな。俺も同じにしてもらっては困る。


 きっと、グリードに言われるまま、装備を整えたらすべてが金ピカになってしまう。……想像しただけで絶対に嫌だ。


 そんな姿で酒場や宿屋に行ってみろ、絡まれまくって笑い者にされるぞ。


「どうよっじゃない。普通がいいんだよ、普通で! 普通が一番!」

『つまらんやつだな。また〜、黒い服を買う気か。地味だな』

「いいだろ。黒は汚れが目立たないから実用的なんだぞ」

『はいはい』

「ふ〜ん、そんなこと言っていると、グリードの鞘も黒だな」

『そいつはないぜ。お前の趣味を押し付けるな』

「はっ! お前がそれを言うかっ!」


 ほんとうにもう……さんざん言いたい放題に言っておいて、自分だけ棚の上に置くとは何事だよ。


 グリードとああだこうだ、言い合っていると防衛都市バビロンが見えてきた。分厚いアダマンタイト製の外壁に守られた頑丈な都市。その北側にある大門を通って中へ入っていく。


 さて、これを換金して服や鞘を買い換えるぞ。この髑髏マスクに似合う装備にするんだ。もちろん、黒色だ。

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