第59話 城塞なる魔盾

 二個中隊か……。これをすべて倒せば、当分は金銭で苦労せずに済みそうだ。

 問題は全て倒せるかだが、ヘイト現象を利用すれば、逃がすことなく一掃できるはず。

 手始めにあの400匹以上のオークの群れを中央突破してやる。


「グリード、いけるかっ!」

『ふっ、いつでも』


 俺は一直線にオークたちへとひたすら駆ける。こんな単調な動きに案の定、中隊のリーダーであるハイオークたちが部下のオークらに命令をする。

 途端に無数の紅蓮の炎と矢が空に上った後、俺に目掛けて飛んできた。


『来たぞ、フェイト』

「わかってるって」


 さて、やってみるか。


 俺は黒剣を前に突き出して、新たな力――第三位階を引き出す。


 形状が片手剣から、魔盾へと変貌を始める。俺の身長よりも大きな黒盾が姿を現す。と、同時にオークたちが放った遠距離攻撃が着弾した。


 黒盾から右手に伝わる衝撃。燃え上がる炎の中で矢がとめどなく当たってきている。

 しかし、俺には全く届かない。すべて黒盾が防いでくれているのだ。


 これは使えると思っていると、グリードが鼻高々に《読心》スキルを通して言ってくる。


『どうだっ! 俺様の第三位階は物理攻撃、魔法攻撃もシャットアウト。この城塞のような魔盾はっ! どうよ! 褒めてもいいんだぞ、敬っちゃっていいんだぞ、フェイト!』

「今は戦いの最中だ。静かにしろっ」


 くそっ、まだオークの2個中隊にたどり着いていないのに、グリードはもう勝ったつもりでいるようだ。戦うのは俺なのに、なんという偉そうな武器なんだ。


「そんなこと言っていると、鞘を新調してやらないぞ」

『おいおい、それはないだろ。つれないことを言うなよ。フェイトだけ、きれいな服を着て、俺様だけ汚い鞘だと不釣り合いだろうがっ。普通は逆だろうがっ! 俺様が綺麗な鞘で、お前がそのボロボロの服のままだ』

「なんでそうなるんだよっ! おかしいだろっ!」


 相変わらずのグリード節である。使用者である俺が何故に我慢しないといけないんだ。


 オークによる猛攻を黒盾で防ぎながら、俺とグリードはヤンヤ言いながら先へと進む。

 もうすぐオークの群れだ。中へ飛び込むタイミングで黒剣に変えようかと思っていると、


『待て、フェイト。そのままで突っ切れ!』

「えっ、本気か!?」


 まさか、鞘を買い換えないと言ったことを根に持っているか。おかしなことを言い出すものだから勘ぐっていると、グリードに鼻で笑われてしまう。


『なんのためにこれほど大きな盾なのか、教えてやる。さあ、止まらず駆け抜けろっ!』

「もうっ、知らないぞ」


 いつもどこからその自信が湧いてくるのだろうか。まあ、グリードがこう言う時は大概うまくいく。


 ここはものは試しだ、やってみるか。


 俺は黒剣へ変えることをやめて、黒盾のままでオークの群れに突っ込んだ。

 黒盾を持った手に重い感触が次から次へと伝わってくる。そのたびにオークが「ブヒィィィ」と鳴き声を上げて、天へと昇っていくではないか。


 そして、頭の中に聞こえてくる無機質な声がステータスの上昇を知らせる。


「これは……すごい」

『そうだろう、そうだろう。ハハハッハハハッ、これはシールドバッシュだ。それなりの筋力が必要だが今のお前なら問題ない。そして、オーク程度の魔物ならあんな風に吹き飛ばすことができる。さあ、どんどんいけ』

「よしっ、やってやる」


 これはいい。黒剣や黒鎌などを使うより、楽かもしれない。なんせ、掛け引きなど必要はなく、ただ標的に向かってぶつかっていけばいいからだ。


 俺はひたすらオークたちを跳ね飛ばしていく。


 そしてUターンして再度、オークの群れへ突入だ。


 またしても、無機質な声によるステータスの上昇のお知らせ。

 何ていうか、こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、この戦い方は面白い。


 俺がグリードと一緒になって、調子に乗り始めていると、オークたちに新たな動きがあった。

 リーダーであるハイオークが声を荒げて、陣形を変えたのだ。


 俺の突貫を防ぐため、盾を持ったオークを先頭にして、その後ろを沢山のオークで支えるものだった。


「あれはいけるかな?」

『気にするな。纏めて飛ばしてしまえ。フェイト、思いっきり踏み込んでいけっ!』

「ああ、わかった。オークの肉壁を天へと送ってやるよ」

『その意気だ』


 俺は止まることを忘れてしまった暴走馬の如く、オークの群れへと再突入を試みる。

 オークたちへ接触すると、今までにないとても重い手応えを感じる。


 だが、ここで歩みは止めない。


「うおおおおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉ」


 声を張り上げて、さらに加速していく。オークたちの肉壁に異変が起こり始める。

 グシャッ、グシャッという音が至る所で聞こえてきたのだ。


 おそらく、俺が黒盾で押す圧力とオークたちの踏みとどまろうとする圧力によって、力が偏った場所にいたオークが潰れだしたのだ。


 ブヒィィィという断末魔と思しき、声まで聞こえだす。そうしている間も、無機質な声が定期連絡のようにステータスの増加を教えてくれる。


 オークの陣形は次第に崩れていき、俺の力を抑えきれなくなっていく。


『フェイト、行け、行け、行っちまえ! 豚のミンチの出来上がりだ』

「表現がグロいんだよ! 少しは自重しろっ」

『何を言う。俺様に自重っていう言葉はない』


 まったく……グリードの口の悪さはどうにかできないものか。たしかにミンチになってしまっているけど、あえて言わなくてもいいだろう。


 ああぁぁ、あれを見ていると、大好きな肉がしばらく食えなくなってしまいそうだ。


 げっそり……。


 もう、さっさと終わらせよう。俺は筋力をフルに発揮して、オークの陣形を吹き飛ばす。

 文字通り、天に召されていくオークたち御一行。空にはオークで描いた大輪の花が咲き乱れる。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに総計で体力+940800、腕力+921600、魔力+729600、精神+768000、敏捷+729600が加算されます》


 2個中隊もあった群れも、壊滅状態。俺は少なくなったオークをちびちびと黒盾で跳ね飛ばす。黒鎌に切り替えて、大胆に刈り取っても良かったのだが、今回は黒盾の使用感を掴みたかったので控えた。


 だいぶ手に馴染んできたのを実感していると、青色の肌をしたハイオーク二匹が逃げようしているではないか。オークと何度か戦って思ったが、彼らには厳しい階級があるようだ。


 上位種であるハイオークのために、ただのオークはまさに身をもって彼らを守るのだ。これは理性からきているのか、本能として組み込まれているのかはわからない。


 だけど、どちらにしてもオークたちにとって指揮官であるハイオークは絶対なのである。人間で言う民が聖騎士に逆らえないようなものに似ている。


『どうする、フェイト。このまま追いかけて魔盾のシールドバッシュで倒すか?』

「いや、もういい。終わらせよう」


 もう魔盾は十分だ。俺は黒弓へと形を変化させる。


 そして弓を引いて、魔力によって黒き矢を作り出す。この魔矢は自動追尾機能があるので、放てば勝手に狙った対象に当たるのだ。俺のように弓を扱った経験がほとんどない者でも、これなら、労することなく扱える。


 といっても、そのまま射っては進路上にいるオークが身を挺して魔矢を止めるかもしれない。ならば、別ルートからいけばいい。


 俺は黒弓を天へと向けて、魔矢を2回放った。


 魔矢は黒い軌道を描きながら、オークたちの頭上を飛び越えていき、逃げようとしているハイオークたちの脳天に命中する。二匹のハイオークとも仲良く頭から魔矢を生やして、地面に倒れ込んだ。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに総計で体力+406800、腕力+435000、魔力+350600、精神+308600、敏捷+336800が加算されます》


 俺は身内に蠢く暴食スキルの状態を感じ取りながら、頷く。まだまだ、大丈夫……。今の俺なら、一度に数百万規模のステータスを喰らってもどうといったことはない。


 不思議と機天使(キメラ)ハニエル戦を折に、暴食スキルが眠っているように静かなのだ。一時的なものかもしれないけど、これは俺にとって朗報だった。もしかしたら、暴食スキルをコントロールする訓練の成果が出てきたのかもしれない。そう、願いたいものだ。


 俺はハイオークという指揮官を失ったオークたちを見回す。残った僅かなオークたちは、取り乱して俺に襲い掛かってきたり、逃げ回ったりしていた。


 規則だった行動をしなくなったオークなど、ゴブリンやコボルトと似たようなものだ。俺は離れた位置にいるオークは黒弓で倒して、近くにいるオークは黒剣で処理した。


「全部倒せたみたいだな」

『うむ。これでやっと新調できるわけだな。さっさとオークの耳を刈ってバビロンへ戻るぞ』

「わかってるって」


 持ってきていた大きな麻袋2つにオークの耳を切り取っては入れていく。数が多いのでこれはこれで結構な地味な作業だ。案外、戦っている方が楽かもしれない。


 俺はせっせとオークの耳――引き換え施設で魔物討伐の証となる部位を回収した。あらかた刈り取ったときには、陽はすっかり昇りきっていた。


『フェイト、ハイオークの耳を忘れているぞ』

「そうだった」


 紛れないように最後にしようと思っていて、忘れてしまっていた。変なところで気が利く性格をしているので何気に役に立つグリードである。


 よっしゃ、俺は血塗られた麻袋を2つ背負う。


「じゃあ、帰ろうか」

『そうだな……と思ったが。フェイト、お前にお客さんだ』


 グリードに促されて、顔をあげると、武人の大パーティーが俺の方へ歩いてきているところだった。


 あれは、たしか……少し離れた位置でオークの一個中隊と戦っていたパーティーだ。ここへ来るということは、彼らもオークたちの討伐を無事に成功させたのだろう。


 それにしても、なぜ俺のところへ来ようとしているのか。俺は背負った麻袋を地面に下ろして、黒剣をいつでも引き抜けるようにして、彼らを待ち構える。 

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