第58話 武人ムクロ、再び

 酒場から出た俺は髑髏マスクをかけ直して、一息つく。


 後ろには酒場の開店が待ちきれない人々で相変わらず溢れかえっている。この分だと、あの酒場はエリスがいる限り、この先ずっと大繁盛することだろう。


 人を惹き付ける力を持つ色欲スキルか……。きっとそれだけではない。


 暴食スキルの腹が減るという表の力と、そして魂を喰らい強くなれる裏の力。それと同じように色欲スキルも裏の力があるはずだ。


 それに彼女は大罪武器を持っていなかった。

 まあ、酒場で仕事をしているので、武器を所持するわけにはいくまい。


 絶対とは言い切れないけど、俺が黒剣グリードを、マインが黒斧スロースを持っているように、エリスも何かしらの大罪武器を持っているはずだ。


「なあ、グリード」

『なんだ?』

「エリスはどの大罪武器を持っているんだ?」

『さあな。あいつが言っていたように俺様も面識がほとんどない。過去に見かけたときも、武器は持っていなかった』

「じゃあ、持っていないのかな」

『ハハハッ、それはない』


 グリードも知らないのか。まあ、仕方ないか。どちらにしても、エリスは傍観者を決め込むと言っていた。それを信用するなら、彼女の隠された力について躍起になってまで調べる必要はない。


 さて、昼までに時間はまだたくさんある。ならば、武人らしく魔物狩りをして稼ごう。

 やり方は王都の時と同じだ。魔物を倒して証拠を引き換え施設に提示すればいいのだ。オークなら、ゴブリンの時と同じように両耳を見せればいい。


 ガーゴイルなら額の角。魔物それぞれに指定部位が決まっており、それ以外のものを切り取って引き換え施設に見せても、報酬はもらえない。


 そこら辺のリストは、今泊まっている宿屋にも置いてあったので、昨日のうちに確認済みだ。

 狙うならやはりガリアでもっともメジャーな魔物オークだろう。


 既にオークとは戦っているので、あいつらの統制の取れた攻撃にも一人で対応できる。数も一個中隊――二百匹ほどなので、全て倒せばまとまった大金が手に入る。


 そのお金で今来ているボロ服を新調して、ついでに黒剣グリードの鞘も新しく作ってもらおう。


 商業区の散策はここまでだ。俺は近くの店で大きめの麻袋を2つ購入して、防衛都市バビロンの外へ出ることにした。


「今日もがんばりますか」

『その意気だ。じゃんじゃんバリバリ稼いで、俺様の鞘、高級仕様を購入しろ!』

「そんな贅沢ができるかっ!」

『何を言っている! 日頃、俺様がどれだけ苦労をしているか、わかっていないようだな』

「たとえば、なんだよ」

『黒弓から放った魔矢の自動追尾、さらには魔法を重ねて放つ制御調整だ』


 うん。たしかにその際はとてもお世話になっている。全く否定できない。

 グリードは口が悪いけど、仕事はしっかりとこなすのだ。


「仕方ないな。だから、しっかりサポートしてくれよ」

『任せておけ、俺様になっ! ガハハッハッ』


 ものすごい自信だ。相変わらずだな。


 でも少しは見習おうべきか。バビロンでは表立って武人として活動していくのだ。

 偉そうにする必要はないけど、堂々としていくべきだ。


 おそらくというか、絶対に一人で魔物を倒しまくっていたら、悪目立ちすること間違い無しだからな。それを気に入らないという輩は雨後の筍のように湧いて出てくるだろう。


 そんなときにおどおどしていたら、要らぬ厄介事に巻き込まれてしまう。


 気を取り直して、外門へ向けて歩いて行く。


 大通りはやはり人の往来が激しい。これから狩りに挑もうとしている武人、物資運搬中の商人たちなどで賑わっている。


 おや!? 外門前で武人たちの人集りができている。ああ、あれはおそらく王都でもあった臨時のパーティー募集ってやつだろう。


 俺には関係のない話だ。


 通り過ぎようとすると、声がかかる。

 振り向けば、俺よりも一回りほど年を取った男だった。ガッシリとした鎧を着込んでいた。


「そこの髑髏マスクの武人さん。うちのパーティーに入らないかい? 見たところ剣士のようだね。ちょうど前衛ができる奴が怪我をしてしまって困っているんだ」

「悪いけど、俺はソロ派なんだ。誰とも組むつもりはない」


 それ聞いた男はギョッとして俺から距離を取る。馬鹿にされるかと思ったら違う反応だ。

 男は恐れながら、俺に言う。


「それはすみませんでした。ソロということは……もしかして、あなたは元聖騎士様ですか?」


 ああ、なるほどそういうことか。このバビロンには王都の出世争いに負けた聖騎士や、問題を起こして追放された聖騎士が、お金目当てまたは復権のために集まってきているのだ。


 おそらく、そのうちの中の一人と勘ぐられたようだ。


 でも、俺はハドを倒して得た聖剣技スキルを持っているので、聖騎士みたいなものでもある。だからここは頷いておいても問題ないだろう。


「まあ、そんなところだ」

「ひっ、すみませんでした。その貴方様の身なりがあまりにも……ですので。それでは失礼します」


 そうだよな。こんな所々焼け焦げている服を着ていたら、少なくとも聖騎士には見えないだろう。聖騎士ってのは誇りが高いので、やめてからも以前と同じように仕立ての良い装備を着ているのだ。


 俺はもう一度、武人たちの集団に目を向けた。


 いるな。元聖騎士らしき人が3人ほどいるのがわかる。彼らから放たれるプレッシャーも他の武人とは一線を画する。そして目は野心の色で染まっている。


 間違いなく一旗揚げようとしているのが手に取るようにわかってしまうほどだ。

 グリードが《読心》スキルを通していってくる。


『天竜絡みで王都軍がごたついているうちに、成果をあげようとしているのだろう。お前の元ご主人様のロキシーも昨日ここについたばかりだ。すぐには動けんからな』

「なら、ロキシーがここに着くまでに支えていたのが、彼らのような元聖騎士なのか?」

『そういうわけだな。さらに王都軍がついてからも、魔物討伐に一役買うことで、一段と名を売ろうとしているんだろうさ』


 本当にバビロンはいろいろな思惑が渦巻いている。ロキシーの件といい……マインがガリアの奥へと調査に行ったのも気になる。


 悶々とした感情を抱えたまま、俺は外門を通った。

 さてと、俺は空っぽの麻袋を背負い直して、ガリアと王都の国境線を目指すために南下を始める。


 今のところ目視できる範囲では、国境線を越えてやってくる魔物たちはいないみたいだ。

 この調子なら、ガリア内に入って魔物の群れを探す必要が出てきた。


「俺ってこのガリアの血生臭さい空気が苦手なんだよな」

『そのうち慣れる』


 国境線を越えたガリア内は空気自体が違うのだ。この臭いをかぎながら、食べる飯はきっと美味しさが半減することだろう。


 試しに食べてみるか、バッグから干し肉を一切れ取り出してかじってみる。

 あれっ、臭いもあってなんだか生肉を食っているような感じに味覚が錯覚してしまっている。


 うえぇぇぇぇ……。


 俺は半分だけかじった干し肉をバッグへとしまう。しばしのお預けだな。


「昼飯前には王国側に戻って来たいな」

『それはフェイト次第だろうさ』


 全くもってその通りだ。


 マインとガリアを訪れた際には、戦うつもりがなくても幾つかのオークの群れに遭遇した。だから、今回もそんなに苦労せずに見つかるだろう。

 ガリアを奥へと歩いていると、案の定オークの群れ――一個中隊が目に入る。


「オークって本当にガリアのどこにでもいるよな」

『生命力、繁殖力、成長力の三拍子揃った魔物だからな。あまりの繁殖力に人間の女を襲って、子供を産ませるほどだ。それも一度に20匹だ。生まれる時は腹を食い破って出てくる。そして生まれたてのオークの子供は、母体となった人間を食らうことで通常よりも急成長できる』

「……そういう説明は求めていないんだよっ!」

『ふんっ、折角教えてやったのに』


 魔物が人を好んで食べる習性があるのは知っていたけど、子を孕ませるために使うとは知らなかった。その後で食べるんだから余計にたちが悪い。

 気分が萎えながら、オークたちの群れへ近づいていると、


「あっ、出遅れた」

『何をやっているんだ、フェイト! このノロマ』

「うるせっ」


 俺と同じくオークの一個中隊を発見した武人パーティーが一足先に、戦闘を開始したのだ。


 魔物狩りの暗黙ルールでは、初めに戦闘を開始した者に優先権がある。


 そのため、後から横取りするような行為はマナー違反とされているのだ。絶対に守らないといけないということはないけど、頻繁にやっているとバビロンの武人たちから、村八分にされかねないだろう。


 パーティーを組まない俺としては、さしたる問題はない。だけど、武人たちから後ろ指を指されるのは、避けたいところだ。


『フェイト、横取りだ。横取りしろっ! 俺様の高級仕様鞘のために』

「無茶を言うな」


 オークたちと戦っている武人パーティーは善戦していて、このまま時間をかければ無事に勝てそうな感じだ。このまま、ここで突っ立ていても、ただ時間だけが過ぎていく。


 他を探すか……なんて思っていると、西の方角からオークの二個中隊――およそ400匹が加勢しようと進軍してくるではないか。このままいけば、その先で戦っている武人パーティーに大きな被害が出てしまう。


「どうやら、俺たちにも出番がありそうだ」

『そのようだな』


 俺は黒剣グリードを鞘から抜いて、もう一つのオークの群れに向けて駆け出した。

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