第56話 荒くれ者の溜まり場

 翌朝、鳥のさえずりと共に目を覚ました俺は、欠伸を1つ。昨日は宿屋の女将に歓迎を兼ねて夕食に招待されてしまい、思いのほか酒を飲んでしまった。


 その酒代は別料金なので、俺の財布は火の車だ。今日からでも、魔物狩りに精を出さないと宿屋に泊まれなくなってしまう。


 夕食の時に女将の身の上話を聞かされてしまった。なんでも、夫には先立たれてしまって、女手1つで3人の子どもたちを育ててきたという。長男は独立して、この防衛都市バビロンで傭兵をしている。


 あと、娘が2人。年齢は14才と8才だ。彼女たちも同じテーブルで食事をとっていた。だけど、2人ともおとなしい性格らしく、話しかけられることはなかったし、俺の方から話しかけても盛り上がるようなことはなかった。


 あの席では俺と女将だけが話しているようなものだった。


 また欠伸をしながら服を着替えていると、部屋をノックする音が聞こえてくる。控えめな感じなので、女将ではないだろう。おそらく、娘の内のどちらかだ。


 髑髏マスクを付けて返事をすると、そっとドアが開かれる。


「おはようございます、フェイトさん」

「おはよう」

「朝食の準備ができています。食堂の方へ」

「うん、わかったよ」


 宿屋の長女はそれだけ言って、逃げるようにドアを閉める。なんだか……顔を赤くしていたけど、どうしてだろうか。


 あっ!? しまった。寝ぼけながら、服を着替えていたので、まだ上半身が裸のままだった。


 年頃の女性に、こんな格好を見せるのはデリカシーに欠けていた。あとで、謝っておこう。


 それにしても、服がボロボロになってしまっているな。王都からここまで、かなりの魔物との戦いを繰り広げてきたからしかたないか。


 極めつけは、機天使(キメラ)ハニエル戦だ。青く燃え上がる炎によって、服のあちらこちらに焦げ穴ができてしまっている。


「これはもう買い換えるしかないな」


 壁に立てかけていた黒剣グリードを手にとりながら言うと、不敵な笑い声が聞こえてくる。

 

『俺様の使い手として、みっともない。さっさと稼いでくれよ。ついでに俺様を納める鞘も新調してくれ』

「そっちが本音だろ」

『そういうことだ』


 相変わらずのグリードだ。まあ、一理ある。


 黒剣を納めている鞘も、戦いの中で傷だらけになってしまっている。まだ使えないことはないが、この際買い替えてもいいだろう。心機一転、共に新たな姿で挑んでいくべきか。


 何もともあれ、今の俺にはそれを買えるだけのお金がない。物価だって王都の5倍以上あるのだ。


 ふ〜……宿屋代、服代、鞘代か……これはいよいよ魔物狩りを頑張っていかないとまずそうだ。


「その前に腹ごしらえだ。いくぞ、グリード」

『ああ』


 黒剣を携えて、部屋を出る。すると、廊下に宿屋の次女が不思議そうな目をして俺を見ていた。


「お兄ちゃん……剣とおしゃべりしている…………」


 そして、俺から少しずつ距離を取る。どうやら、剣と会話する危ないやつとでも思われてしまったようだ。


 これは誤解を解かなければ! 少女に近づいてみるも、距離を保つように後ろに下がるのでどうしようもない。最後は泣きそうな顔をした彼女は、


「ママァァアァァァァァ!」


 宿屋の女将に助けを求めるように、走り去っていく。

 これから当分の間、お世話になろうと思っていたのに……もしかして初日から嫌われてしまったかも……。


 そんな俺をグリードが《読心》スキルを通して高らかに笑う。


『ハハハッハハハッ、嫌われてしまったな。なあフェイト』

「誰のせいかわかっているのかっ!」

『俺様のせいではないのは、たしかだ』

「お前のせいだよっ! まったく……」


 いかんいかん。こんなことをしていたら、また変な目で見られてしまう。

 周りの様子を伺うと、廊下の向こうで宿屋の長女が俺を遠い目をして見つめているではないかっ!


 あの目は絶対に誤解している。このままでは、俺は上半身の裸を見せつけて、さらに黒剣とぶつぶつ喋る――危ないやつ認定されかねない。それだけは絶対に避けなければ!


「誤解なんだ。この剣は心を持っていて……」

「心を持った剣なんて聞いたことないですっ」


 くっ……たしかにそうだ。俺だって読心スキルを通してグリードと会話するまで、そんな剣があるなんて信じられなかった。


 いきなり、こんなことを言って、はいそうですかなんて理解できないだろう。


 しかたない。黒剣に向かって独り言をいう人……ってのは受け入れよう。しかし、もう一つは弁解させてほしい。


「そうだよね。これとは別に、さっきはごめんね」

「なっなにをですか?」

「今度からちゃんと服を着た上で、返事をするよ」

「あっ……それは……」


 なぜか言葉をつまらせる彼女に俺が首を傾げていると、女将がやってきた。朝食時間になっても俺がやってこないから呼びに来たようだ。


「あら!? どうしたんだい? もう他のお客さんは朝食を食べてしまったよ」


 俺は女将に事情を話す。娘がドアを開けて朝食を知らせてくれた時に俺が上半身裸でいたことだ。そのことで彼女を困らせてしまったことを母親である女将に謝る。


 すると、女将はしたり顔しながら、娘を見る。


「どうしたんだろうね。いつもなら、ドアを開けずに伝えるはずなのに? これは一体どういうことなんだろうね」

「ママ……それは…………」


 何故か言葉に詰まる娘は、顔を赤くして食堂の方へ走っていってしまう。

 これで良かったのだろうか。頬を掻く俺に、女将は言う。


「すみませんね」

「はあ……」

「そっか、そっか。あの子も、もうそんな年頃か」


 女将は1人でうんうんと頷き、俺の背中を押して食堂へ連れて行く。

 その道中、耳元にそっと囁いてみせる。


「あのね。昨日、お酒を沢山飲んで歩けなくなった君を娘が部屋まで送ったのよ。その時にね、マスクの下にある君の素顔を見てしまったみたい」

「ええええっ!?」


 嘘だろ……防衛都市バビロンに来てたったの一日で素顔を知られてしまうなんて……。


 ああああああああぁぁぁぁっ。


 昨日の俺を殴ってやりたい。そんな俺に女将は続けて囁く。


「大丈夫、これからもうちのお得意様でいてくれる限り秘密は厳守するわ」

「……助かります」


 もうここ以外の宿屋にいけなくなってしまった。


 うん、本当に思う。酒は飲んでも飲まれるな。下手に気が大きくなってろくなことはない。


 肩を落とす俺に女将はニコニコしながら言う。


「過ぎてしまってことを後悔してもしかたない。さあ、まずは朝食を食べましょう」

「まあ……そうですね。いただきます」

「それでは行きましょう」

「ちょっとそんなに押さないでくださいよ」

「いいからいいから」


 なんだかんだで良い宿屋だ。ここには温かさがある。きっとそれは俺が忘れてしまった家族に似ている気がした。


 ★ ☆ ★ ☆


 宿屋の長女に多めに朝食を盛ってもらいお腹いっぱいになった俺は、情報収集のために住居区から商業区へ行くことにした。商業区でいろいろ買い替えたいところだが、お金がないので今は我慢だ。


 商業区も住居区と似たような作りをしている。表の大通りに面した一等地には、綺羅びやかな大きな店が建ち並ぶ。その奥へと行くごとに、店のランクが落ちていく感じだ。


 一等地のお店なんて、今のボロボロの服ではつまみ出されそうなので、少し奥に入った服屋を覗いてみる。


「うああぁぁ……高すぎる」

『この貧乏人がっ!』

「うるせっ」


 金貨一枚もする服に思わず声を漏らしていると、グリードが《読心》スキルを介して呆れながら言ってくる。


 そんなことをせずにさっさと魔物狩りをしてお金を稼げと言いたげだ。ちょっと商業区を散策したら、オーク狩りに行ってやるさ。


 さらに奥へ歩いていく。すると、次第に人集りが見えてきた。何なんだろうか?

 もしかしたら、珍しい品を売っているのかもしれない。


 その集まりに吸い寄せられるように足をすすめると、そこは酒場だった。お世辞にも、綺麗な店とはいえない。


 古びた赤レンガが歴史を物語っているが、決して趣のある風情とは言い難い。外観から見れば、今にも潰れそうといったほうがしっくりくる。


 目の前の酒場にこれほどの人集りがあるなんて、正直信じられなかった。それに、今は朝なのだ。


 こんな時間から、酒を呑むほどこの都市に居る人たちは暇なのだろうか。違うと思う。皆が一攫千金を夢見て集まっているのだ。武人なら魔物狩りの準備をしているだろう。商人なら開店の準備だ。


 う〜ん、それを差し置いても、ここへ来る魅力があるというのか……。

 俺が様子をうかがっていると、酒場のドアが開かれる。同時に、人々から歓喜の声が次々と上がり出す。


 どうやら、皆の目当ては彼女のようだ。目を見張るほどの美人だ。


 僅かに幼さを残した顔立ち。そして透き通るような髪は、まるで水が流れているように艷やかだ。


 なんだ……これは目を離さずにいられなくなる。気持ちを置き去りにして、無理やりでも見るべきだと駆り立てられる……この感覚。とても異質に思える。


 彼女に惹きつけられる人々から、俺は後ずさりする。本能が警鐘を鳴らしているのだ。


 近づくなと……。


 そんな俺にグリードが《読心》スキルを通して言ってくる。


『やっとお前にもわかるようになってきたようだな』

「それって……まさか」

『ああ、そのまさかだ。奴はお前の同類、大罪スキル保持者だ』


 息を呑む俺は、再び水色の髪を持つ女性を見つめる。彼女が俺と同類なのか。

 その視線に気がついた。いや、もとから俺に気がついていたんだろう。


 人集りから出てきた彼女は俺を見つめ返してニッコリと笑う。そして、魂を鷲掴みにするような魅惑的な声で言う。


「待っていたよ。ボクはエリス。王都からずっと君を見ていた。ここに来ることもわかっていた。だから、一足先にバビロンへ来て、君がやってくるのを待っていたんだ」


 エリスはそういうと店の中へ入るように促してくる。さて、どうするか。


 まあ、いいさ。その誘いに乗ってやる。もしかしたら、大罪スキル保持者ってのは引かれ合う関係なのかもしれない。

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