第55話 ここから始まる

 防衛都市バビロンは、3つの区画に分けられている。


 円形状の形した都市の北半分を占める軍事区。

 ここにロキシーが率いる軍隊が駐留する。また、ここには稼ぎが良いからといって雇われている傭兵たちもいるそうだ。


 傭兵とは、武人たちの中でも戦闘に長けた者を指す。殆どは元聖騎士か、聖騎士の家系に生まれたが聖スキルを得て生まれることができなかった者たちだ。


 ゆえに、王都の聖騎士という地位になんらかの恨みを抱いているものも少なくない。そのような者たちをなぜ雇い入れるのか。それは、ガリアからやってくる魔物討伐に猫の手も借りたい状況だからだ。


 戦えるなら、多少難があっても大目に見る。それが防衛都市バビロン流だ。


 たとえ、いわくつきの武人だろうが強ければ、ここでは許される。魔物さえ倒してくれれば、素行が悪くても文句は言わない。報酬はしっかりと払う。


 まあ、ロキシーなら大丈夫だろうが……彼女の真っ直ぐさゆえに心配になってしまう。

 俺の方は問題なしだ。強ければ良いなんて、俺にもってこいの場所だ。


 神に見放された異端の力――暴食スキルを用いて、敵の魂を喰らってもここでは黙認されるだろう。防衛都市バビロンにとって有益であり続ける限り、俺という存在は許される。


 だからこそ、ここでさらに上を目指す。来るべきその日のためにやれることは終えておくべきだ。


 まあ、俺のことは置いておいても、防衛都市バビロンはかなりの大きさだ。王都と同じくらいだろうか。


 沢山の軍隊や傭兵、さらには流れ者の武人たちが集まる場所。戦いの前線だけあって、王都とは全く違う圧迫感を感じる。なんというか、荒くれ者たちが一堂に会するかな。


 正門を通って、今歩いている大通りの左右に広がるのが一般区だ。その先に軍事区がある。

 一般区には東に商業区、西に住居区となっている。宿を取るなら、住居区へというわけだ。


 ざっくりとまとめると、


・軍事区(南):王都から来た聖騎士、軍人たちが駐留する。また、現地で雇われた傭兵も。

・一般区(北):一攫千金を夢見る商人、武人などが集まる。

  →商業区(東):武具屋、飲食店、酒場など王都に負けないくらいの店が乱立する。

  →住居区(西):ほとんどが高級な宿屋となっている。他の地域と比べて武人たちの稼ぎが良いためだ。


 という区割りになっている。軍事区はおいそれと一般人が中に入れない。ほら、向こう側で怖い顔したおじさんたちが門の前で睨みをきかせている。どうやら、ロキシーはあの先に行ってしまったようだ。


 さて、俺は住居区へ足を進めて、泊まる場所を確保しようか。


 どの宿も、豪華絢爛な作りをしているな。試しにそのうちの1軒に入ってみよう。

 中に入ると、ビシッと黒い服を着込んだ清潔感のある男が笑顔で近寄ってきた。この宿の従業員のようだ。


「いらっしゃいませ、お泊りですか?」

「ええ」


 髑髏マスクを被った状態なのに見ても笑顔を全く崩さない。なるほど、防衛都市ではこのくらい日常茶飯事なのか。


「このマスクを見ても、なんともないようですね」

「そうですね、それって認識阻害マスクですよね。素性を隠したい人なんて、ここではたくさんいますから、大したことないですよ」


 思った通りの答えが返ってきた。昔、王都で聖騎士をしていた者たちがいるくらいだ。大体そういう奴らは王都で大問題を起こして追放された者もいる。


 俺くらいで驚いていたら仕事にならないらしい。


「ここでの一泊はいくらになるんですか?」

「はい、お風呂と3食込で一泊金貨5枚になっております」

「えっ!?」


 あまりの高さに驚いて、顎が外れそうになってしまう。金貨5枚ってぼったくりもいいところだ。


 ここと同程度なら、王都では金貨1枚で十分に泊まれるだろう。つまり、防衛都市の物価は王都の5倍なのだ。


 今だに動揺している俺に従業員は言う。


「お客様はどうやらバビロンに初めて来られた武人様のようですね。ほとんどの人はそう驚かれますね。どうでしょう、この宿よりも、もっと西に進んだところに比較的安く泊まれる宿が密集しているところがあります。そちらに行かれてはどうでしょうか?」

「それはありがたいです。でも、なぜそこまでしてくれるんですか?」

「なに、簡単なことですよ。今は金額的な問題でうちに泊まれなくても、ガリアから来る魔物討伐でしっかりと稼げば、いずれはここでといった感じです。下心ありのお節介ですよ。その時はぜひお泊りください」

「なるほど……」


 なかなかのやり手だ。


 泊まらない客だからといって門前払いせずに、今後に繋げようとしているのか。たくましいな……ここの人は王都と違った気風を持っているようだ。


「ご教授、ありがとうございます。いずれまた」

「ええ、お待ちしております」


 深々と頭を下げる従業員に、俺はお礼を言って教えてもらった場所を目指す。

 歩いていくと、町並みがだんだんと変わり始めていく。真新しい赤レンガでつくられた高級宿から、古ぼけた白レンガに景色は移り変わる。


 おそらく建てられた当時は真っ白だったのだろう。それが風化によって、少しずつ黒ずんでいったみたいだ。


 建て替えようにも、ガリア国境付近まで物資を運び入れるのには大変なお金がかかる。つねに改修できる資金がない宿は、外観を維持できないのだろう。


 奥へ進めば進むほど宿のランクが下がるわけか。それが見た目で判断できる。


 俺の手持ちの資金はマインのお陰でかなり散財してしまった。今あるのは金貨4枚と銀貨30枚か……かなりなくなったな。


 一時は金貨50枚以上はあったはずだ。浪費にもほどある。思えば、まさに金貨に羽が生えて勝手に飛んでいった感じだ。おそろしい……今後、気をつけなければっ!


 そんなことを考えているうちに、ひび割れたレンガでできた宿が立ち並ぶ場所にやってきた。


 さて、どの宿が良いのかな。どれも同じに見える。


「もしかして、君! 宿をお探しかい?」


 突然の元気な女性の声に振り向く。俺よりも一回りくらい歳を取っていそうな女性だった。

 男のように豪快に笑いながら、俺に近づいてくる。


「そうですが……」

「やっぱりそうかい。なら、どうだい。私の宿に止まりなよ。安くしておくよ」

「いくらですか?」

「銀貨50枚!」


 う〜ん、物価が5倍と思えば、悪くない。資金は魔物討伐をどんどんこなせば、すぐに解決するし、マインという俺からお金を奪っていく存在もいない。


 それにこの女将の竹を割ったような性格は好感を持てる。


「わかりました。お願いします」

「ほう、私の宿を見ないで、即決とはいいのかい?」

「問題ないです。その代わり、すぐに食事にしてください」


 俺は彼女が両手に抱えている食材を見ながら言う。どれも新鮮な品だ。

 これも決め手の1つだった。食材の目利きができるなら、料理が下手なわけがない。


「よしっ、わかったよ。じゃあ、付いてきな」

「半分持ちますよ」

「いいのかい、悪いね。だけど、値引きはしないよ」

「わかってますって、俺はただ早く食事にありつきたいだけですよ」

「ハハッハハッ、なら今日は腕によりをかけて作らないとね」


 これは実に楽しみだ。腹の虫も待ち遠しくて、鳴りそうになってしまう。

 というか、鳴ってしまった。


 ぐぅぅぅぅうぅぅ……。


「あらら、腹の虫が」

「なんだい、そんなにお腹が空いていたのかい。なら、このパンでも食べるかい?」

「いいんですか」

「別料金でお金は後で貰うけどね」


 ちゃっかりしているな。断る理由もなく、いただいくことにする。


 温かい……焼き立てのパンだ。口に運ぶと甘い麦の味が広がっていく。なんだか、いままでの疲れが静かに抜けていくようだ。


「美味しいですね。こんなパン初めて食べました」

「気に入ってもらえて嬉しいよ。このパンは妹夫婦が作っているんだよ。うちに泊まっている間は食べれるよ。他にもいろいろさ」

「これは魅力的ですね」

「うちは高級宿のようにできないからね。内側で勝負するのさ。さあ、着いたよ。ここが私の宿さ!」


 おおっ、予想していた外観だった。ひび割れたレンガ、ふるボケた看板。長年の風化によって、劣化してしまった様相はお世辞にも泊まりたい思わせるものではなかった。


 だけど、それは外側だけの話だ。


 俺はワクワクしながら、宿の中に足を踏み入れる。だって、パン1つでこんな気持ちになれるのだ。

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