第54話 白き聖騎士との再会

 髑髏マスクを被った俺はマインと別れてから、来た道を北上して、防衛都市バビロンを目指す。


 日は暮れ始めている。完全に沈む前に都市の中に入りたいものだ。


 願いが通じたのか、運良く魔物のスタンピードに出くわすことなく、ガリアと王国との国境線まで戻ってこれた。

 向こう側は王国……大地は荒廃していない。地面には草花が所々に生えて、風に揺られている。


 そして、俺がまだいる場所はガリア。血生臭い空気と爛れたような大地が広がる。まさに死の国と言っていい場所。


 そのガリアから一歩外へ出ると、慣れ親しんだ王国の空気が口を伝って肺に入り込む。やっぱり、この新鮮な空気が落ち着く。


 ガリアに踏み込む前にも思ったけど、本当に国境線で別世界だ。これほど、空気すら違うなんて異常だ。


 マインと共に戦った機天使(キメラ)のようにもしかしたら、この大地もガリアの古代技術によって、何らかの影響を与えているのかもしれない。


 まあ、ガリアが滅んで4000年という長い年月が流れても、それを王国が突き止められないのなら、俺ごときにわかるわけがないか。


 そんなことよりも、防衛都市バビロンだ。お腹も空いてきたことだし、駆け足で急ごう。


 おおっ、見えてきたぞ、壁に囲まれた都市が。この壁はガリアからなだれ込む魔物を防ぐ堤防の役割をしているという。そのため、とても高くて天にも届かんばかりだ。まるで塔のように見える。


 それが都市の周囲を円形状に取り囲んでいるのだ。


 俺は壁の側まで来て、そっと触ってみる。何らかの金属……合金でできている。鉄ではないことは確かだ。

 さわり心地から魔物が体当りしてもびくともしない硬質な合金だ。


「なぁ、グリード。これは硬そうだな。さすがのお前でも断ち切れないじゃないか?」

『はっ!? アダマンタイトごとき、俺様の相手ではない。なんなら、斬ってみるか』

「いや、やめておくよ」


 へぇ〜。この外壁はグリードが言うには、アダマンタイトという合金のようだ。

 何千年にも渡って、ガリアからやってくる魔物を防いできたというから、その強度は他の金属や合金とは一線を画する。


 そして、このアダマンタイトの精製法は失われており、ガリアに廃棄されていた物を寄せ集めて作られたという。


「たまにはためになることを教えてくれるじゃないか」

『ふんっ、この防衛都市は俺様にとっても、思い出深い場所なのだ。遠い昔の話だがな』

「へぇ〜、それは気になるな。教えてくれよって言っても、駄目なんだろ?」

『わかっているじゃないか。それに聞いたところで面白くもない話だ』


 おそらくグリードはこの防衛都市が作られた初期に関わっているのだろう。

 しかし、グリードは武器だ。ということは、過去にグリードの使い手がいたことになる。その者とともに、防衛都市の建設に関わったのではないか?


 そう考えてしまうと、気になるな。グリードの使い手か……こんな強欲武器を扱えるのは俺みたいな大罪スキル保持者ではないと無理だ。だって、事あるごとに俺のステータスをほぼ根こそぎ奪っていくからだ。


 グリードは普通のスキル保持者では到底扱えない。それが聖騎士だったとしてもステータスが干乾びる。


 う〜ん。


 もしかしたら、過去に俺と同じ暴食スキル保持者がいたとも考えられる。


「なあ、グリード。昔、お前の使用者だった奴はいたのか?」

『どうした? 急に』

「それくらい、教えてくれてもいいだろう?」


 グリードは誤魔化すことはなかった。すこしだけ間をおいて、


『……いたな』

「その人って、最後はどうなんたんだ?」

『死んだよ。俺様を置いてあっけなくな。まあ、あれはあれであいつらしかったがな』


 そうだろうな。じゃないと、今の俺がグリードを手にしていない。


『もう出会うことはないと思っていたが、まさかまた出会ってしまうとな』

「暴食スキル保持者にか?」

『そういうことだ。さあ、こんなところで油を売っていないで、さっさと中へ入れ』


 昔を思い出して、照れくさくなったのか。それだけ言うと、グリードは何も言わなくなってしまう。


 さて、防衛都市バビロンへ入る正面門はどこかな。


 普通に考えれば、ガリアとは反対側である北にあるはずだ。じゃないと、魔物の大規模スタンピードであるデスパレードが濁流のごとく防衛都市を襲ってきた時に、強度が劣る門が崩壊してしてしまう恐れがある。


 高過ぎる外壁を伝いながら、進んでいくと、お目当ての門が見えてきた。予想通り、正門は北側に設けられていた。


 デカイな……。一度に大勢の軍隊が進撃できるように作られている。


 今は開かれている正面門。人々が忙しなく出入りしている。武人や商人、派手な衣装で着飾った女性を乗せた馬車が幾つもいる。あの馬車は軍のものだろう。王都軍の紋章が付けられているからわかる。


 後方の都市から、物資や人を運び入れているのか。その中には、ここでお金を荒稼ぎしようとしている者も沢山いるようだ。馬車に乗っている者の殆どが目をギラつかせている。


 俺も防衛都市で生活していくわけだから、そんな奴らの1人というわけか。お金はあればあるほど良いからな。困ることはない。


 それでは、正面門をくぐりますか……なんて思っていると、後ろの方で大量の馬の足音が聞こえてきた。


 100匹とかそういうレベルではない。


 なんだと振り向く……ああぁぁ。


 王都からやってきた軍隊だ。あの掲げられている白い薔薇を模した紋章は、まさしくハート家の家紋。

 俺と同じように、それに気がついた人々が道を開ける。新たな防衛都市の主の来城だ。


 髑髏マスクの奥から目を凝らして、彼女を探す。どこだ……どこにいるんだ!?

 戦闘の軍人たちが正門をくぐり始める。まだ、ロキシーは見つからない。早く見たいと思う心を押さえ込んで、腰に下げた黒剣グリードを握りしめる。


 そんな俺にグリードが《読心》スキルを通して、言ってくる。


『焦りすぎだ。落ち着けっ!』

「うるせっ」


 わかっているけどさ。落ち着きたくても、できやしない。

 そして、グリードは俺に教えてくれる。


『この気配……来たぞ。もっと後ろを見ろ』

「後ろ…………あっ!?」


 思いのほか間抜けな声が出てしまったような気がする。


 グリードに言われた通り、さらに後方に目を向けると、彼女は白馬に乗っていた。

 白い軽甲冑に身を包んだロキシーは金色の髪をなびかせながら、道の脇から新たな主を歓迎する人々へ手を振って答えている。


 いつにもまして凛々しい顔つきだ。王都でいた頃よりも、ずっと引き締まった感じがする。

 なんというか、彼女を取り巻く空気が違うのだ。


 もしかしたら、俺と同じように防衛都市バビロンへ来るまでに、何かがあったのかもしれない。それが、ロキシーをもっと聖騎士らしく変えたのか。


 そう思えてしまうほど、彼女の存在がより一層遠く……感じられる。

 見惚れている俺にグリードはニヤつきながら言ってくる。


『フェイト、手は振らないのか?』

「無茶を言うな」


 ロキシーは白馬を乗ったまま、俺の前を通り過ぎていく。その時、僅かに彼女の青い瞳が俺の方を見た。


 だが、すぐに前を向いて白馬を歩かせる。


 一瞬、気づかれたかと焦ったが、いらぬ心配だったようだ。髑髏マスクには、認識阻害の機能がついている。これを被っている限り、ロキシーは俺をフェイト・グラファイトだとは、絶対に認識できない。


 もしできたなら、それはもう……。


 ロキシーが正門の中へ入っていく。これが、俺とロキシーの距離だ。もう、王都にいた頃のように一緒に何かすることはない。個々として独立している。


 彼女の後ろにはまだまだ軍人たちの行列が続いていく。顔つき、体の鍛えようから、皆が実力のある武人だとわかってしまう。身のこなしも、文句なし。


 王都で敬愛されているハート家の当主だけあって、士気の高い武人が集まったようだ。


 ロキシーが率いる軍隊のすべてが、防衛都市バビロンに入るまでかなりの時間がかかってしまった。そのおかげで立ち見していた俺が空を見上げれば、すっかり星空になっていた。


 まっいいか。ロキシーの元気そうな顔を見れたことだし。


 さあ、今日からここが俺の住む都市だ。まずは住居だな。宿はどうするかな……そこそこ美味しい食事に、あまり高くない費用で泊まれるところを探してみるか。

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