第53話 ガリアの地にて

 黒盾グリードを試しに掲げてみる。少しだけずっしりとして重い。

 他の位階武器に比べると、一番の重量がある。


 片手だけで扱えないことはないが、両手を使ってしっかりと持ったほうが安定しそうだ。


『俺様の第三位階はどうだ?』

「いいじゃないか。今まで敵の攻撃……広範囲攻撃を受けた時、大抵躱しきれずにいたからさ。それでこの魔盾はどれくらいの防御ができるんだ?」

『大概の攻撃は防げる。込めた魔力量に応じて、防御範囲を拡張できるぞ』

「それなら、広範囲攻撃も防げるのか?」

『可能だ。お前の扱い次第だがな』


 俺の魔力ステータスによって防御範囲を広げられるのか。


 この黒盾があれば、俺が苦手としていた守りながら戦う……これができるようになるかもしれない。あとはグリードが言ったように、俺がうまく扱えるようになるかだ。


 おあつらえ向きにここはガリア。練習する相手には事欠かない。

 改めて黒盾を掲げていると、マインが面白そうな目をして近づいてきた。


「こんなガリアのど真ん中で、位階の解放をして……呆れた」

「しかたないじゃないか。グリードは時と場所を選んでくれないんだ。本当に強欲っていうか、わがままなやつなんだ」

「ああ、たしかに昔からそんなやつだった。すっかり忘れていた」


 腐れ縁があるマインとグリードは旧知の仲だ。だけど、互いのことをそんなに話そうとしない。


 仲が良いって感じはではなく。どちらかと言えば、戦友みたいなものか。

 お互いある程度は知っているが、深くは知らない。そして、互いに干渉もしない。戦いとなれば、協力する。


 俺はどうだろうか。同じ大罪スキル保持者として、マインとの関係はどうしたら良いんだろうか。


 まあ、そこら辺のところは今更悩んでもしかたない。とりあえず、俺にはマインに言っておきたいことがある。


「マイン……お願いがあるんだけど、いいかな?」

「う〜ん、事と場合による」

「ほら、グリードの位階解放によって、俺のステータスが弱体化しているからさ。ある程度戦えるまで、ステータスアップを手伝ってほしいんだ。お願い!」


 どうしようかなと考え出すマイン。頼む、了承してくれ。


 強い魔物が跋扈するガリアで今のステータスだと、さすがに死んじゃう。しかも、ここでは魔物が大群になって現れるから、なおさらきつい。


 マインが俺の顔を見ながら、薄っすらと笑う。なんだろうか……その笑みは怖すぎる。


「わかった。手伝ってあげる。ハニエルを倒すために頑張ったことだし。それにフェイトに簡単に死なれては困る」

「ありがとう」

「だけど、その前にこの子を土の下に眠らせてあげたい」


 マインが指差したのはハニエルの残骸だ。ほとんど崩れて、塵になって風に運ばれてしまったが、まだ少しは残っている。

 魂は俺が喰らってしまった。せめて、肉体は土の下へというわけだ。


「喜んでさせてもらうよ」

「そう……ありがとう」


 最後の礼はとても小さな声で言われてしまう。

 案外、彼女なりの照れ隠しなのかな。ここまでの旅でなんとなくわかるようになってしまった。さて、手伝いますか。


 広間の墓標が立ち並ぶ場所。その中央にハニエルの墓を作る。


 穴はマインが黒斧を使って、一撃で空けてしまったので俺は横で見ていただけだ。

 その中に、ハニエルの残骸をそっと入れていく。ゆっくりと慎重に扱わないと今にも崩れてしまうからだ。


 やはり破片は少なく、すべてを入れ終わるまでそう時間はかからなかった。あんなに大きな巨体をしていて、残ったのはこれだけか……。


 俺が第二位階の奥義で屠っておいて、この言い方はないよな。


 2人で土を被せる。そこへ、マインが村の瓦礫を墓標に見立てて、差し込む。

 簡素な墓が出来上がる。


「終わったな」

「うん、終わった」


 しばらくマインはハニエルの墓を見つめていた。そして、何かを振り切るように顔を振ると、


「次はフェイトの番」

「ああ、助かるよ」

「ちょうどいいところに、オークの群れが近づいてきている。たぶん、さっきの戦いで刺激したみたい」

「そうなのか……どれくらいの数?」


 オークの群れは2個中隊ほどだという。

 さすがの索敵能力だ。おそらく周囲の魔力を探知して把握しているのだろう。

 俺も暴食スキルの力を借りずに、そんなことが早くできるようになりたいものだ。


「準備はいい?」

「いつでもいけるさ」

「なら、早く済ませる。ラストアタックはフェイトにあげる。ミスは許さない」

「おっおう」


 相変わらず、厳しいマインだ。

 でも、魔物を彼女が弱らせておいてトドメを俺にくれるなんて、至れり尽くせりじゃないか。マインは無愛想だけど、根はいいやつだ。


 さて、俺はグリードを黒弓に変えて、後方からの攻撃をさせてもらう。


 ステータスが上がり次第、前衛に切り替えて戦う予定だ。状況を見ながら、新たな力である黒盾を試してみるのも良いかも、いや欲張り過ぎか。


 ハニエルの戦いで疲れているはずなのに、今は戦いたくてしかたない気持ちがこみ上げてくる。

 それは暴食スキルのせいだ。ハニエルを喰らってから、口直しがしたいと言っているようだ。


 なら、させてやるさ。しっかりと喰らって俺のステータスを上げてくれ。じゃないと、ガリアでは生き残れない。


 朽ちた村を出ると、緑色の地面がこちらへ向けて進軍してくるのが見えた。

 2個中隊か……目で見ると結構な数。美味しくいただきたいものだ。


「行こう!」

「弱い癖にすごいやる気」

「すぐにまた強くなるさ。あっという間に……それが俺の取り柄だから」


 倒せば、その対象の魂を喰らって力を奪ってしまう暴食スキル。


 俺はこのスキルでステータスオール1から始めて、機天使ハニエル――2000万超えのステータスを有する敵を倒せるまでになった。今は弱体化してしまっているが、またすぐにその域に戻ってやる。


 マインは暴食スキルのことを際限なく強くなれるといった。そして神の定めた領域すらも突破できると。


 だけど、そんなうまい話にはやっぱり代償が付きものだ。きっとその前に俺は持たないと思う。暴食スキルに向き合った今なら、わかってしまう。


 おそらく、俺は天竜を喰らったら……だから、そのためには……。


「フェイト、どうしたの?」


 マインがオークの死体の上で首を傾げる。

 あらかた片付いたようだな。頭に無機質な声がステータスの上昇を教えてくれる。いつでも変わらず、冷静な声だ。


 まずまずステータスは取り戻した。最後のハイオーク・リーダーくらいなら、俺一人で難なく倒せるほどだ。


 俺は黒剣グリードを構えて、ハイオーク・リーダーへ接近する。

 何かしようとしているようだが、遅い。すれ違いざまに、首を切り抜ける。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+203400、腕力+217500、魔力+175300、精神+154300、敏捷+168400が加算されます》

《スキルに剛力、体力強化(大)が追加されます》


 よしっ、これでマインの力を借りなくても戦える。俺は一掃されたオークたちを見渡しながら言う。


「マインはこれからどうするの?」

「私はこのままガリアを散策する。フェイトもついてくる?」


 なるほど、だから彼女にしては珍しく食料を買い込んでいたのか。今まで俺から食料を奪っていたから、どうしたんだろうと思っていた。


 心を改めたわけではなかったようだ。


「いや、俺は防衛都市に戻るよ。……守りたい人がいるんだ」

「そう……それは残念。ここでお別れ」


 マインは別れを惜しむことなく、ガリアの奥へと歩きだしてしまう。

 そんな彼女に俺は少し迷って、呼び止める。


「頼みがあるんだ」

「なに?」

「もし、この先……俺が俺でなくなった時は……俺を殺してほしいんだ。こんなことを頼めるのはマインしかいない」


 同じ大罪スキル保持者のよしみでお願いする。


 きっと暴食スキルに飲み込まれて暴走した俺を倒せるのは、俺の知る限りマインだけだ。もしもの時のために保険をかけておきたい。


 マインは珍しく目を見開いて、ため息をついた。


「わかった。その時は私があなたを殺してあげる」

「よかった……ありがとう」


 これで、いざとなったら心置きなく戦える。


 グリードが《読心》スキルを通して、悪態をついているが気にしない。

 これは、俺にとって大事なことなのだ。さあ帰ろう、ロキシーがいる防衛都市に。


 俺はマインと別れ、本来の目的へと戻る。このためにここまで来たのだ。


 そして、懐から髑髏マスクを取り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る