第52話 第三位階
現れたのは並んだ三枚刃。見ようによっては獣の鋭い爪を感じさせる黒鎌だった。
サイズも一回り大きくなっており、もともと扱いにくい大鎌がさらに難度を上げている。
黒弓の変異と同じように、武器自体がサイズアップ。俺はこれを大罪兵器化と勝手に呼んでいる。
手から否応なしに伝わってくるプレッシャーは、この武器がとんでもない力を秘めていることを使用する前からわかってしまうほどだ。
俺が見上げると、間近に迫るハニエルは自己再生にまだ専念しているようだ。
「このまま、いくぞ!」
『見極めろ、魔力が集中している場所だ』
グリードの言う場所を赤目を凝らして探す。
ハニエルの体内を脈打つように流れていく魔力が見える。木のように枝分かれしている流れから、根本を辿っていく。
やはり予想していた通りだ。魔力の源は核である白き少女だ。それも心臓がある位置。
ここを中心にして、ハニエルの体全体に魔力が行き届いている。
核の心臓をこの大罪兵器と化した黒鎌で切り裂けば、全ては終わる。
問題はハニエルの自己再生スピードだ。戦い始めの時は、腕や頭を切り飛ばしても、すぐに元に戻っていた。
しかし、今はその驚異的な回復スピードが鈍化しているように見える。
まだ、マインに吹き飛ばされた下半身がすべて再生できていない。そして、俺が切り落とした両腕もだ。
「弱まっているのか?」
『無理やり成体化したんだ。代償として、自己再生が遅れているんだろう。だが、できないわけではない。ただ時間が少しかかるだけだ』
「なら、このチャンスで決めないとな」
『当たり前だ』
俺は大鎌を振りかぶって、狙いを定める。すれ違いざまに斬り裂いてやる。
たとえ、ハニエルが俺に気づいて、何かしようとしていてもだ。
ハニエルは俺と自身を閉じ込めるように障壁を展開する。
そして、核の少女が何かをし始める。この動きは……まさか!?
閉じ込められた空間に青い炎弾が幾つも現れる。
『チッ、ハニエルは自分もろとも、焼き払う気だ』
逃げ場なし。倒そうとして逆に誘い込まれてしまったのか。
ハニエルには驚異的な自己再生能力がある。スピードが遅くなっても回復できてしまうのだ。
対して俺が持っている自動回復スキルは、致命的な怪我は治らない。この密閉空間で、あの青い炎に焼かれたら、スキルは発動せずに死ぬ。
どうする……せっかくステータスの20%を贄にして呼び出した第二位階の奥義を捨てるか、その後で素の黒鎌の力で青い炎弾の攻撃を斬り裂いて無効化するか。
でも、それをしてしまうと俺たちに次はない。
「だったら、燃やされる前に喰らってやる」
『言うじゃないかっ、フェイト!』
ハニエルと俺がいる空間に浮かぶ青い炎弾たちが膨れ上がり、燃え上がり始める。
熱い……服が焦げ、肌が熱を帯びていく。
視界が青く染まる。それでも狙いを見失うことはない。
『フェイト、気をつけろっ!』
「大丈夫、見えている」
前もってハニエルの体の動きから予測していた。右腕だけの再生に集中しようとしているさまをちゃんと見ていた。
青い炎の渦から、ハニエルの腕が飛び出してきて俺を鷲掴みにしようとする。
俺はそれを逆に踏み台にして、核へと飛びかかる。
『決めろ、フェイトっ!』
「うおおおおおおぉぉぉおおぉぉぉぉ」
がら空きとなった核へと突っ込んでいく。
核の白き少女の赤い瞳が俺を捉える。今だに目から血を流しながら、ひたすら俺を見続ける。
彼女が取り込まれていない両手で何かするかと思っていたが、動かすことはなかった。
その姿はまるで、俺に殺されるのを望んでいるかのように見えた。
大罪兵器と化した黒鎌が、彼女の胸を切り裂いていく。間違いなく、魔力の中枢を刃が通り抜ける。
その時、核の少女の手が俺の頬に僅かに触れた。途端に《読心》スキルが発動して、彼女の心が流れ込んでくる。
断片的な記憶だ。おそらく、彼女がこのような姿にされる前の記憶だろう。
真っ白い施設で、似たような子どもたちと一緒に生活している。初めは子どもたちで賑やかだったが、1人また1人と何処かへ連れて行かれていなくなってしまう。
とうとう彼女にも声がかかり、どこか薄暗い場所へと連れて行かれそうになる。
怖くて泣いてしまう彼女を抱きしめる子がいた。……その子はマインによく似ている。
だけど、その子はマインと違って豊かな感情を持っていた。
なんだ……この記憶は!? そう思っていると、核の少女の手が離れていったため、伝わってきた記憶はそこで途切れてしまう。
我に返ってハニエルを見ると、あれほど白かった体が真っ黒に変色を始めていた。
「グリード、これは!?」
『これが俺様の第二位階の奥義――必滅の一撃だ。魔力が集中する場所を斬れば、いかなる敵だろうが必ず死ぬ。大鎌に込められた膨大な呪詛が全身に回って、すべてを腐らせる。どんなに強力な生命力を持っていようが、決して抗うことはできない』
たしかにあれほどの自己再生能力を有していたハニエルがあっけなく崩壊していく。
黒く染まり、土塊のようにひび割れていき……風によって塵になって飛ばされる。核である白き少女もまた同じだ。黒い石像のようになって動かなくなってしまう。
地面に着地すると、同じくしてハニエルだったものも落ちてくる。
衝突によって、完全に原型を留めないほどに破壊される。朽ちた村に、朽ちた機天使の残骸が派手に散らばっていく。
この広間にある無数の墓石がまるで、ハニエルのために予め用意されていたかのように感じた。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+26000000、腕力+29000000、魔力+24000000、精神+28000000、敏捷+14000000が加算されます》
無機質な声と共に、未だかつてないほどのステータスが加算されていく。スキルはERRORのため追加されないようだ。
ん? いつもと違う。いつもなら、これほどのステータスを喰らうと、暴食スキルが歓喜して俺を苦しめるはずだ。
なのに、暴食スキルは静かだ。飢えはしっかりと収まっているのに、満たされたという感じはしない。
ただ、それとは別に胸を締め付けるほどの寂しさが通り過ぎていくのだ。
「なんだ……この感覚。相手が魔物と違って、機天使だったからか?」
『そんなものだろう。劣化版といえ、同族喰いなんてそんなものだ。嬉しくも面白くもない。あるのは、ただ……』
グリードはそれ以上口にすることはなかった。
なんとなくハニエルの残骸を眺めていると、マインが合流してくる。
「よくやった。これでフェイトも大人として認める」
「それは光栄だけどさ……ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「なに?」
あの時、ハニエルの核から読心スキルを通して、流れ込んできた記憶についてだ。
施設みたいな場所で、マインに似た子が核の少女と一緒にいたのだ。
「ハニエルの核にされた子とマインは、もしかして知り合いだったの?」
「…………さあ、大昔のことなんて忘れた」
マインはそう言いながらも、膝をついてハニエルの残骸を優しく撫でていた。やっぱり、知り合いだったんだろう。
本当に今さらだが、そんな大事な人を暴食スキルで喰らってよかったんだろうか。喰らった魂は暴食スキルの中で永遠に苦しむことになる。
マインは俺を見透かすように言う。
「これでいいと思うしかない。機天使(キメラ)になったら、もう倒すしかない。じゃないと、もっと多く死ぬ」
大昔に滅んだガリア。
途方もない時間が過ぎたというのに今だに機天使っていう遺産が眠っていたりする。もしかしたら、まだあるのかもしれない。
そして、もっと脅威となる存在も何処かで身を潜めているのかもしれない。そう思うと、鳥肌が立つ。
目に見える天災――天竜とは違った得体の知れない恐怖を感じずにはいられない。きっと、俺はこの機天使ハニエルを通して、その一端を垣間見てしまった。
マインは俺の知らない世界と戦っている。これまでもこれからもずっとだ。俺も同じ大罪スキル保有者として、戦わなければいけない時が来ると思う。
でも、今はその時ではない。俺にはもっと重要な事がある。
本来の目的は機天使ハニエルを倒すためにガリアに来たわけではないのだ。
「グリード、さすがにいけるんじゃないか?」
『その通りだ。どうする……なんて聞くのは野暮か』
「俺にはもっと力が必要だ。今まで溜め込んだステータスを贄に、お前の第三位階を開放してくれ」
『よかろう、なら貰うぞ!』
数千万ものステータスがグリードに奪われていく。この旅で得てきた力だ。
故郷の村で得た力……剣聖アーロンとの共闘で得た力……そして、機天使ハニエルとの戦いで得た力……そのすべてのステータスが失われていく。
スキルは残るが、ステータスは振り出しに戻ってしまう。また一からやりなおしだ。
黒鎌グリードは光を放ちながら、姿を変えていく。
俺の力が抜けていくと、光も収まり始める。そして、俺はグリードの新たな姿を見て絶句した。
「まさか……グリード……これって」
『ああ、お前が最も欲していた力だ。だから、この第三位階の姿、タイプ:魔盾。存分に使いこなしてみろ!』
「ああ、やってやるさ」
俺の身長より大きい黒盾を手にして、笑みが溢れる。
俺はずっと欲しかったんだ……誰かを守れるこの力がっ!
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