第50話 障壁の天使
これが機天使ハニエル。あの目はまるでマインと同じだ。そして、俺が暴食スキルの飢餓状態に陥った時と同じでもある。
考えたくないが、あれと俺たちはつながっているように感じられた。
「マイン、あの核にされている子は……」
そう言おうとした時、ハニエルの核が俺を見据えた。
途端にものすごい威圧に襲われて、息すらできなくなってしまう。
これは……これも、俺と同じだ。両目が赤く染まると、ステータスが格下の者を蛇に睨まれた蛙のように怯んで動けなくさせる力だ。
おそらく、ハニエルのステータスが俺よりも倍くらい上だからか?
グリードが《読心》スキルを通して、言ってくる。
『さっさと目を逸らせ。これ以上、見続けると奴に怯んで、戦うことすらできなくなるぞ』
くそったれ、敵を前にして目を瞑るなんて思ってもみなかった。
どうする? 核の瞳を直視したら、まともに戦えないのか。
困った……そんな俺にマインは呆れる。
「これくらいの威圧でだらしない。気合を入れる」
「そう言われても……」
試しにちらりとハニエルの核を見てみる。うん、目が合うと体が固まるぜ……。
本当にどうするんだ?
悠長に敵は待ってはくれない。ハニエルが6本の足を使って、動き始める。
「しかたない、フェイトは慣れるまでハニエルの足回りを攻撃。私は一番厄介な核への攻撃をする。だけど、トドメは暴食スキル保持者であるフェイトが刺さないといけない」
「もしかして、その攻撃って……やっぱり」
「そう、核に攻撃しないといけない」
そうだよね。倒すには核を破壊しないといけない。
だけど、核になっているのは小さな女の子なんだ。すんなりと割り切れない俺に、
「あれはもう人ではない。人の皮をかぶった化物。見た目に騙されてはダメ」
「……だけど」
「甘いことを言っていると、死ぬ。フェイト、攻撃が来るっ!」
「なにぃぃ!」
手を動かし始めたハニエルの核が無数の青い炎弾を作り出したのだ。それがハニエルの体の周りで円のようにつながっていく。
出来上がったそれを地面に叩きつけたのだ。圧倒的な高熱によって、地面は溶岩となって俺たちに押し寄せてくる。
間接的な魔法攻撃。まずい、黒剣から黒鎌に変えたところで、直接魔法攻撃ではないため、断ち切れない。
俺は津波のように襲ってくる赤い壁に、マインの忠告を反芻する。
核が人の形をしているからなんて、情をかけている場合ではなかった。向こうは俺たちを殺しにかかっている。そんな相手をどうにかしようなんて、できるほど俺は強くもないのだ。
もう、やるしかない。黒剣から、黒弓に変えてステータスを贄にしてあれをやるしかない。
そう思っていると、マインが前に出て、黒斧を振り上げる。
「私の後ろへ。フェイトは魔弓で援護。慣れてきたら、一緒に前衛。いい?」
「おっおう、わかった。でも、あれはどう防ぐの?」
「こうする、エイッ」
掛け声は可愛らしい。しかし、振り下ろされた黒斧は苛烈だった。
迫りくる溶岩の壁を衝撃で吹き飛ばしたのだ。さらに後方のハニエルにまで届いて膝をつかせるほどだ。
「さあ、私たちも始めよう。フェイトはハニエルを動けないようにして」
「足を引っ張らないように頑張るさ」
「その意気」
マインは黒斧を片手にハニエルへ接近。そして右腕を押し切る。
叫び声を上げる核。赤い目から薄っすらと、真っ赤な血が滲み出す。
「くっ……くそっ」
また、思わず核の目を見てしまった。俺は目をそらして、自分の仕事に移る。
俺に課せられたのはハニエルの足止め。マインが効率よく攻撃をするためのサポートだ。
なら、魔矢に込める魔法は決まっている。
黒弓を引いて、魔矢を精製。そこへ砂塵魔法を付加する。石化の魔矢だ。
あの冠魔物のリッチー・ロードですら、石に変えられたのだ。あの頃より更にステータスが上がっているのなら、足止めくらいの石化はできるはず。
俺はハニエルの足の1本を狙って、茶色の魔矢を放つ。
核は苦痛に満ちた顔をして、立ち上がりそうになっていた体をまたしても地面につける。
「よしっ、成功だ」
『まだ、喜ぶのは早いぞ、フェイト』
グリードが《読心》スキルを介して注意を促す。
おいおい、こんなのありかよ。俺はすぐに石化の魔矢を放つハメになる。
先程、石化させたハニエルの足が、もう元に戻ろうとしていたからだ。なんていう、再生能力だ。俺が持っている自動回復スキルとは、次元が違いすぎる。
足だけではない。マインが切り落とした右腕も元通りになろうとしているではないか。
「なんなんだよ……この再生能力は」
『軍用生物兵器だからな。単独で永久に戦闘できるように作られている。あの程度の破損だと、ああやって治ってしまうぞ。お前はマインが致命的な一撃を入れるまでしっかりサポートしろ。その後はフェイト、お前がとどめを刺すんだ』
責任重大だ。タイミングをミスれば、ハニエルはあっという間に再生してしまい、また一からやり直しだ。
いくらマインが強いからといって、彼女に頼ってばかりいると、足元を掬われてもまずい。
ちゃんと決めないと。
その前に、チャンスをしっかりと作ろう。俺は石化の魔矢を連射していく。
これで足止めは問題ないはず。
「マイン! いけそう?」
「問題ない」
動けないなら、マインにとっては良い的のようだ。生えてきた右手をまた飛ばして、立て続けに左腕も切り落とす。それにしても、マインの持っている黒斧は攻撃が当たるたびに、威力が増しているように見える。
俺は石化の魔矢でマインの援護をしながら、グリードに聞いてみる。
「マインの黒斧は、攻撃するたびに威力が上がっていく武器なのか?」
『まあ、そんな感じだ。振るえば、振るうほど攻撃力が上がる。そして重さも増える。つまり、攻撃力は天井知らずに伸びていくが、そのかわりどんどん扱いづらくなる』
「ああ、それでか……マインが黒斧を置いた時、地面が大きく陥没したっけ」
オーク戦から攻撃力が上がっていっているのなら、マインが持っている黒斧はとんでもない重さになっているだろう。
その証拠に、マインが地面に足をつけると、大きなクレーターが出来ている。
『あの武器――スロースは圧倒的な破壊力を持つが、代償に重さによって使用者の敏捷を大きく損なう』
「見た感じ、マインのスピードは落ちていないように見えるけど」
『いや、少しづつ落ちてきている。マインが、なぜお前がハニエルの足止めすることにこだわったかを考えてみろ』
う〜ん、たしかにほんの僅かだけど、遅くなってきているような。
そんな中、マインがハニエルの見せかけの頭部を黒斧で吹き飛ばした。
今まで以上に声を荒げる核。顔から赤い血をドロドロと流している。
怯んでしまうために直視することはできないが、おそらくあの赤い目から流れているような気する。
その時突然、空気が一変する。なんだ!? この嫌なプレッシャーは!?
グリードが舌打ちしながら、俺に言う。
『チッ、まずいぞ。勝てないとみて、無理やり成体化する気だ。フェイト、気をつけろ!』
「成体化って!? なに!?」
ハニエルの変化にあれだけ一方的な戦いをしていたマインが飛び退いて下がる。
そして、俺の横に着地した。重くなった黒斧を持ったマインの影響で思いっきり地面が凹んでしまう。余波で俺がバランスを崩してしまうほどだ。
「フェイト、私の後ろへ。さっきよりも強力な全体攻撃がくる」
どうやら、成体化したハニエルはその力をもって、一気に俺たちを殺そうとしているようだ。
マインはそれを察知して、俺を守るためにわざわざ戦いを中断して来てくれたわけか。
正直、守られてばかりで情けない。これで、共闘といえるだろうか。
言えるわけがない。
なら、俺も前衛で戦える力を持ってくるしかない。ふぅ〜……やってみるか。
「グリード、あれを自分から引き出してみる」
『言うと思ったぜ。だが、無理はするな、忘れるな。向こうから来るのと、自分から行くのとでは全く違うぞ。踏み込み過ぎれば、あっという間に呑み込まれるぞ。絶対に忘れるなっ』
「ああ、わかってるって。俺だって、無駄に今まで暴食スキルと向き合ってきていないってことを見せてやるさ」
こいっ! 俺は暴食スキルに呼びかける。
いつもなら、暴食スキルの飢餓を押さえ込むことだけに専念してきた。だけど、今回は逆だ。
俺がハニエルと戦うためには、飢えた暴食スキルの力が必要なのだ。身体能力ブーストを得るために、身の内に潜む飢えた化物をあえて呼び起こす。
体の中を得体の知れないものが蠢くのを感じる。そして、瞬く間に魂を求めて飢え始める。
……体の感覚が段々と研ぎ澄まされていく。
この先は踏み込んではならない。安定しているギリギリのラインで暴食スキルを押さえ込む。……よしっ、成功だ。
そんな俺を見て、マインは驚いた顔をした。
「右目が赤く染まった。自ら半分を暴食スキルに委ねるコントロール……この短期間でよくそこまで」
「俺だって、やる時にはやるさ。いつまでもマインに子供扱いされたくないし」
「おおっ、頼もしい。なら、この戦いに勝ったら大人として認める」
「是が非でも、勝ちに行くさ。一気にいこう!」
自分から暴食スキルを引き出す行為は、時間制限付きだ。
押さえ込む俺の心が折れる前に、ハニエルを倒して喰らわないと、俺が暴食スキルに呑み込まれてしまう。
必ず相手を倒す覚悟がないと使えない荒業だ。
リスクは高いけど、どうしようもない格上とやり合うにはこうするしかない。だって、俺は暴食スキル保持者なのだから、結局は持って生まれた力で戦うしかない。
この力は信じることはできない。その中でうまく共存できるように最善を探し続ける。その答えの1つが自ら引き出すことだ。
俺は成体化していくハニエルの赤い瞳を見る。恐れはなく、もう体に異変は起こらない。
半飢餓状態になった今、ハニエルの威圧に耐える力がある。これなら、マインと一緒に前衛をこなせる。
黒剣グリードを握り、4枚の翼を生やしたハニエルに剣先を向ける。核は今もなお、目から赤い血を流していた。
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