第49話 忘却の村
あれから何度かオークたちと戦闘を繰り返して、たどり着いたのは荒廃した村だった。
ほとんど原型を留めていない家の土台だけが残り、瓦礫のみが積み上がっている。それも、長年の風化によって土の山のように見えてしまうほどだ。
ここにマインがいう強敵がいるのか? そうは見えないけど。
先を歩く彼女は、振り向いて俺に話しかける。
「ここは私の生まれ故郷だったところ。生まれてすぐに帝都に連れて行かれたから、ここでの思い出はない。でも、私にとっては大事な場所」
「へぇ……マインの生まれ故郷なのか」
ん!? おかしくないか? この村は廃棄されて数千年単位くらい、時が過ぎているように見える。それにガリアが滅んだのはたしか4000年くらい前の出来事だったはず。
マインの言った通りなら、この村が機能していた頃から彼女は生きていた。
つまり、マインの歳は4000歳を超えていることになってしまう。
嘘だろ……だって、見た目は幼い少女なのに。
そういえば、アーロンとの会話で、「死ぬことが許されない亡霊」と言っていたっけ。長生きをしているとは予想していたけど、まさか4000年以上だとは思ってもみなかった。
桁が違い過ぎる。なら、俺はいいとしても、アーロンまで子供扱いするはずだ。
4000年もか……。俺は16年ほど生きてきた。それでも思い返してみれば、ここに来るまで長かったように感じてしまう。マインはその200倍以上の時間を過ごしてきたのか。
気が遠くなる世界を生きてきたなら、細かい部分なんていちいち覚えていないのも納得できる。
そしてグリードとマインは知り合いだという。なら、グリードも4000年ほど前から存在していたことになる。
グリードはマインを昔からの腐れ縁だと言っていたし、取り戻せないことを今も諦められないとも言っていたっけ。
きっとそれが、マインを4000年にも渡って、突き動かしていた原動力なのだろう。まあ、その一端が彼女に付いて行くことでわかるかもしれない。もし、それが大罪スキル絡みなら、俺も他人事ではなくなる。
「マイン、この村に倒すべきものがいるの?」
「うん、それは私と相性が悪い。だから、フェイトの力が必要」
「それって、どんなやつなの? こんなに呑気に歩いていて大丈夫?」
「問題ない。どんなやつなのかは、実際に見ればわかる」
どうやら、向こうから襲い掛かってくるタイプの敵ではないようだ。
俺は黒剣グリードにずっと手をかけていたけど杞憂だった。
それにしても、この場所には魔物が一匹もいない。恐ろしいほど、静かだ。
荒廃した村の中央は、集団墓地だった。風化で傷んだ幾つもの墓標が並び立つ。
そして、その中で異様な大きさの真っ白な繭が鎮座していた。
なんだ、あれは魔物なのか!? 近づいても大丈なのか!? 黒剣グリードを思わず、引き抜く俺。
グリードの苦々しい声が《読心》スキルを通して聞こえてくる。
『チッ、まだこんなものが生きていたのか……クソッタレがっ』
「グリード、これは何なんだ?」
『機天使(キメラ)だ。大昔のガリアで、帝都防衛の試験運用されていたものだ。すべて機能停止させたはずだった』
「もしかして、これって古代兵器ってやつかな?」
『察しが良いな。これはガリアの軍用生物兵器だな。大量の魔物を継ぎ接ぎして作られている。そして俺様から言えば、これは最悪の失敗作だ』
失敗作!? 嫌な響きだ。
ここで見ている感じだと、繭の中で大人しくしているようだから、このままそっとしておくほうが良いのじゃないかな。俺は横目でマインを見つめる。
「これを倒す。フェイト、準備はいい?」
あああぁぁぁ、やっぱりこれを倒す気なのか。
それにしてもデカイな……俺の身長の15倍くらいはあるぞ。しかも、繭に包まれて中身が見えないときている。
これほどの大物を相手にするのは初めてなので、戦い方が全く見えてこない。
苦笑いする俺にマインが言ってくる。
「これはまだ幼体。フェイトのステータスで戦える。問題は肉体を倒しても、魂がある限り死なない。これを倒すためには暴食スキルの力が必要」
「倒した敵の魂を喰らう力が?」
「そう、大罪スキルの中でもっとも神を否定する罪深い力」
俺は別に神様にけんかを売っている気はないのだけどさ。
暴食スキルを持って生まれてきただけだ。まあ、そのおかげで世界に、神様に見放されて、魔物を倒しても経験値(スフィア)が貰えずにレベルアップができずにいる。
だから、強くなるために俺は暴食スキルに頼りっぱなしだ。といっても、暴食スキルは俺の言うことは聞いてくれない。
隙があれば、俺さえも飲み込もうとしてくる、とんでもないスキルだ。
ちょっと待てよ、大罪スキルの中でもっとも罪深いといっていたよな。
「暴食スキルって大罪スキルの中で一番強いの?」
「そう。唯一、理論上は神の定めたレベルという概念を突破できるスキル。でも、その前に保持者の精神が持たずに暴食スキルに呑み込まれてしまう」
「それは現在進行形だから、俺自身がよくわかっている。憤怒は大罪の中で序列何位なの?」
「憤怒は第4位。上に色欲と強欲がいる。だけど、暴食が特出しているだけで、後は大体横並び」
マインは強欲といった時に、ちらりと黒剣グリードを見ていた。
それに対して、グリードが鼻を鳴らす。
『大罪武器は使用者に依存する。序列など意味がない』
「もしかして、それって俺にかかっているって言いたいのか?」
『当たり前だ。俺様を活かすも殺すもフェイトしだいだ。さっさと、俺様を次の位階へと開放しろ!』
それが簡単に出来たら苦労はしない。あのリッチー・ロードを倒したときでも位階を開放できなかったのだ。あれでまだ足りないなんて、お前が強欲すぎるのだ。
まあ、ステータスだけではなく、使用者の精神強度も影響するらしいから、俺の心がまだ未熟だとも言えるんだよな。早く、アーロンみたいになりたいものだ。
ため息を付きながら、白い繭を改めて確認する。戦う前に《鑑定》しておくか。
・機天使ハニエル Lv1
体力:26000000
筋力:29000000
魔力:24000000
精神:28000000
敏捷:14000000
スキル:ERROR
強ええええぇぇ! これで幼体なのか。
敏捷を除いて、俺のステータスの倍くらいはあるぞ。
しかも、スキルがERRORってなっていて、なぜか読み取れない。
これとまともに正面から戦ったら、返り討ちにあいそうだ。
強敵だ。尻込みをする俺にマインは言う。
「1人で戦うんじゃない。私もいる。フェイトは、オークとの戦いを見て思ったけど、まだ共闘戦に慣れていない。だから、私がフェイトに合わせてあげる」
「それは助かる。あと、機天使(キメラ)のスキルがERRORってなっているけど、これってどういう意味?」
「機天使(キメラ)は依代を核にして魔物を寄せ集めたもの。人工的に無理やりつなげた魔物の不安定なスキルが鑑定スキルできちんと読み取れないだけ、気にしなくてもいい」
いやいや、気になるって。さらっといったけど、そこはかなり重要だよ。
ということは、機天使ハニエルは不完全ながら数多のスキルを保持していることになる。
今まで魔物と戦う時は、鑑定スキルで手の内を知った上で戦っていたので安心感があった。けど、今回の機天使ハニエルにはそれができない。
格上で出たとこ勝負の戦いか。
身の内から一気に緊張が高まってくるの感じる。そんな俺にグリードが《読心》スキルを介して言ってくる。
『今のお前にとって、良い敵だ。ここで躓いていては、天竜なんて夢のまた夢。さっさと俺様を構えろ!』
「言われなくたって、わかっているさ」
俺は黒剣グリードを構える。
それを見たマインは、俺の準備が整ったことを理解して、黒斧を振り上げて攻撃を仕掛ける。
重い一撃によって、白い繭に亀裂は走る。まるで卵の殻が砕けていくようだ。
分厚い繭が砕け落ちていく中から、姿を表した機天使(キメラ)。やはり、大きい。
そして、金属製のパイプで無理やり縫合された異型の姿をしている。部分的に魔物の残滓を感じさせた機天使(キメラ)はすべてが一色だった。
綺麗に何もかも漂白されたようなほどの純白だ。その中心――胸のあたりを見た俺は愕然としてしまう。
「なんで……人が!?」
「あれが機天使(キメラ)の核」
その核にされた白く長い髪を持つ少女は目を見開く。その瞳の色は忌避するくらい赤く染まっていた。
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