第46話 マインの依頼
俺たちを乗せた馬車は、ガリアへ向けて着々と進んでいった。
今、休憩を取っている都市を過ぎれば、この先はガリアの国境線を守る防衛都市のみとなる。つまり、そこが俺の目指すべき場所だ。
おそらく防衛都市にロキシーが率いる軍が駐留することになる。
「いままで、ありがとうございました」
「こちらこそ、いい稼ぎをさせてもらいました。申し訳ない……ここから先は危険すぎて、馬車を走らすことができなくて」
「いえいえ、ここまで来れたら十分です」
馬車を操って俺たちをここまで連れてきてくれた中年男に礼を言う。彼に約束の金貨15枚を渡してお別れすることになった。
武人ではない彼にこれ以上、一緒に行動をさせるわけにもいかない。
彼がいうには、防衛都市に向けて武人を送迎する軍の馬車が、定期的に出ているらしい。それに乗れば、しっかりと護衛された上で防衛都市に行けるという。
馬車の男はこれから、故郷へ帰省する武人を探して見つかり次第、この都市から離れると言っていた。それほど、長居をしたくない場所なのだろう。
「マイン、行くよ」
「わかった」
俺たちがいる都市は後方支援のために作られており、たくさんの物資が毎日搬入されては、前線に向けて送られていく。
それに伴い、武人たちも多くいて、王都付近では考えられないほどに溢れかえっている。魔物目当てに集まってきているようだ。
ここでは魔物討伐依頼が山のようにあり、いくらでも稼げる。
さらに他の場所よりも報酬が多い。まさに腕の良い武人にとっては天国のような場所だ。しかしながら、スタンピードと呼ばれる魔物が大群となって襲ってくることが多々あるため、いつも危険と隣り合わせでもある。
スタンピードには2種類、小規模と大規模がある。
王都から派遣された聖騎士が率いる軍の管轄となるのが、大規模スタンピードーー俗に言うデスパレードだ。魔物の数は数万匹の規模に上り、ただの武人パーティーではあっという間に呑み込まれてしまう。
もう一つの小規模スタンピードは少ないと言っても数百匹もいる。
だから凄腕の武人たちが数百人ほど集まって巨大なパーティーを結成して立ち向かったりしている。その巨大パーティーを指揮しているのは、昔は王都で聖騎士を務めていた人だったりするようだ。
元聖騎士ーー王都での過酷な出世争いに敗れて、ここへ流れついた人たちだ。もしかしたら、彼らは名を挙げて王都へ再び返り咲くのを夢見ているのかもしれない。
「フェイト、どこへいくの?」
「まずは腹ごしらえさ。誰かさんが、俺の保存食を勝手に食べちゃうから」
「ふ〜ん、そっか」
犯人であるマインは全く反省をしていないようだ。それどころか、お前の物は私の物、理論が発動しているように見える。
まあ、いいさ。
もう慣れたものだ。俺的にはマインが怒らなかったら、それでいい。グリードの言いつけを守って、極力マインを怒らせないようにしている。
グリードがここまで注意を促してくるのは珍しいので、俺は素直に従うことにしたのだ。たしか管理された都市で不埒な聖騎士に軽くキレて、彼方にぶっ飛ばしたことがあったな……。
軽くであれだから、本気で怒った時はどうなってしまうのか……考えたくもない。
「何やっているの? 早く行くよ」
「ちょっと、勝手に店に入らないで」
マインを追いかけて、店の中に入る。おおっ!? この匂いは……肉だ! ジュルリ、思わずよだれが出てしまうほどの良い匂い。
店内は焼けた肉の匂いが充満しており、この匂いだけでパン10個は食べられそうだ。
お金は余裕があるし、最近は保存食ばかりだったのでたまには贅沢もいいだろう。どこか空いた席はないか、探してみるものの満席でどこも座れそうにない。
う〜ん、席には武人と思われる人たちが占領しており、食事を終えた後もテーブルで談笑していたりする。退いてくれるとありがたいんだけど。
そんなことを思いながら突っ立っていると、マインが俺から離れていく。そして、食後の会話を楽しんでいる武人たちの前で止まった。
「食べ終わったなら、退いて。待っている人の邪魔になる」
平坦な声で、彼らに言ってのけたのだ。あっ、俺はなんとなくこの先の展開が予想できるぞ。たぶん、酷いことが起きる。
俺は巻き添えを食らいたくないので、後ろでそっと見守ることにした。
退けろと言われた武人たちは明らかに苛立っている。その中で一番の年長者が、マインを追い払うように手を振る。
「あっちにいけ、目障りだ。ガキに用はない。俺たちに相手をしてほしかったら、そのぺったんこな胸……」
それは言ってはならぬぞ、俺の脳内にあるマイン取扱説明書の2ページ目くらいに書いてある。しかも、ガキ扱いだけでもヤバイのに、ぺったんこ発言とはこの命知らずの荒くれ者たちめ。どうなってもしらないぞ。
そして、あれだけ楽しい空間が一瞬にして凍りつく。
あああぁぁ……うああぁぁぁ、あれは痛い。これも、とても痛そうだ。
やめてあげて、それはそっちに曲がらないようにできているから。
えっ、噓……そこまでしちゃうの。まずい、まずいって、いやあぁぁぁ。見ている俺ですらヒヤヒヤさせられてしまう。
やはり、ぺったんこ発言はとても危険な言葉だった。これは、マイン取扱説明書に新たな1ページが刻まれそうだ。
俺の横にはマインに楯突いた勇敢な8人の武人が、白目を剥いて積み上がっている。口からは白い泡を吹いて、うわ言にように幼女怖いと繰り返している。彼らに一生消えることのないトラウマを植え付けてしまったようだ。
マインの実力を計れたら、こんなことにならなかったのにな。幼くて可愛い見た目に騙されるからだ。
この惨状を引き起こした彼女はちゃっかり空いた席に座って、店員に注文をしようとしていた。店員のお姉さんがビクビクしながら、マインの注文を聞いている。あんなに足を震わせて、可哀想に……。
あっけにとられる俺にマインは手招きしてくる。このタイミングで呼ばれたくないな。俺まで店内の人たちに恐れられてしまうじゃないか。
「フェイト、早く。ここに座る」
「はいはい、あれっ!? 俺はまだ注文してないんだけど」
俺が座る前に、店員のお姉さんはテーブルを片付けて逃げるようにカウンターの方へ行ってしまった。
えっ、暴食スキル保有者に断食させるとは、これはもう拷問ですね。何か怒らすことをやってしまったかなと思っていると、
「お揃いにしておいた。私、やさしい」
忌避するほどの赤目で同意を求められてしまう。自分の好きなものを頼みたかったけど、折角彼女が気を使ってくれたのだ。
それにしても気の使い方が強引だな……一応、礼を言っておくべきか。
「ありがとう。うん、マインはやさしいな」
「うっ…………」
あれ? 褒めたら顔を背けられたぞ。案外、マインは人から褒められることに慣れていないのかもしれない。考えてみれば、俺の知る限り彼女は傍若無人に振る舞っているのだ。恐れられても、褒められるわけがない。
俺に対しては同じ大罪スキル保持者ということで、他と比べてほんのりと優しくしてくれているのだろう。
照れるマインの様子を窺っていると、注文していた品がやってきた。大きなお皿にどでかい肉が一枚。
ん? 俺の肉は……どこ? 泣きそうな俺にマインは言ってくる。
「これを2人で分け合う」
「へぇ、そういうことか。なんでまた、こんなことを?」
いつもなら、別々に注文をするのだ。なのに今回に限って一緒の物を分け合うなんて珍しい。
2人で仲良く食べたいからなのか? マインも一般的な考えを持っているみたいだ。ちょっと安心したなんて思っていると、
「これは戦い前の儀式みたいのもの。仲間と共に同じものを食べて、戦いに行く。昔からやってきたこと」
「ふ〜ん…………えっ、今なんて言った?」
「これを一緒に食べて、強敵と戦う。私への借りを果たしてもらう」
くっそ、マインはやさしいなんて言っていたことは前言撤回だ。そういえば、出会った時に言っていたな。ガリアに行くついでに手伝ってと。
それを果たすときがきたのだ。防衛都市まであと少しまで来て、マインが強敵とまで言ってしまう相手と戦うハメになるとは……。
不安はあるけど、大罪スキル保持者との共闘には、前々から興味があった。まあ、どちらにしてもこれは強制だ、逃げられない。
俺はマインが切り分けてくれた柔らかそうな肉を頬張る。それは、戦いへの同意を意味する。
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