第45話 取り戻した尊厳
都市ハウゼンから、魔物がいなくなりつつあった。あともう少し……だ。
南、東、北にいたスケルトンたちは制圧完了。残るは都市の西区のみ。ただいま戦闘の真っ只中だ。
俺とアーロンはここへ来るまでに、1000匹を優に超えるスケルトンを狩っているので、膨大なヘイトを溜め込んでいる。
未だかつて、これほどの魔物を連続して休みなく狩ったことがないので、俺にとっては未知の領域だ。
「アーロン、スケルトンたちが、砂糖を求める蟻のように俺たちに次から次へと群がってきますね」
「そうだろう。普通はこのような連続狩りは大変危険でやってはならない。しかし、今は君がいるから問題ない」
アーロンが聖属性を宿した聖剣で、飛びかかってくる5匹のスケルトン・ナイトをまとめてぶった斬りながら、言ってのける。
うん、俺がいなくてもいいような……そんな戦いぶりなんだけど。
本当に元気だな。
俺たちはリッチー・ロードを倒してから、不眠不休でかれこれ15時間くらい戦い続けているのだ。
いや違う、あの日の高さから見て、もう夕暮れだから18時間くらいか?
時間の感覚がわからないくらいスケルトンたちを狩っている。きっと、このまま寝れば、夢の中までスケルトンが現れてしまうだろう。
そして、案外グルメな暴食スキルがいい加減にしろとばかりに蠢いていたりする。
「フェイト、あとはこの先にいるスケルトンたちを倒せば、終わりだ。いけるか?」
「もちろんです」
俺は黒剣を素早く黒弓に変えて、降り注ぐ弓の雨を躱しながら放つ。もちろん、石化の魔矢だ。
魔弓の扱いも、この戦いで飛躍的に上達していくのを俺自身が感じられるほどだ。アーロンから教わった戦い方の基礎が、俺の力を底上げしているのだ。
そして、目の前にお手本となる人が戦っており、見ているだけでとても参考になる。これを見取り稽古というのだろうか。試しに見よう見真似でアーロンの動きを再現してみよう。
飛んでくる矢雨をジャンプをして体をひねりながら躱しつつ、空中で魔矢を放ってみる。多少狙いはずれてしまうが、必中の魔矢なので勝手に補正されてスケルトン・アーチャーの脳天に突き刺さった。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+1290、腕力+1440、魔力+1110、精神+1230、敏捷+770が加算されます》
おおっ、これは使える。無機質な声を聞きながら、手応えを感じた。
回避と攻撃を同時にする戦い方。今まで俺は回避、攻撃と別々に考えていたけど、こんなこともできるのか。本当にアーロンと一緒にいると新たな発見ばかりだ。
これが最後だから、アーロンの戦い方を目に焼き付ける。どうやって、無駄なく攻撃を仕掛けるのか。どの程度の範囲で敵を意識して戦っているのか。
俺は自分の戦いをこなしながら、可能な限りアーロンから戦闘技術を盗もうと心掛ける。
この後、アーロンと別れてしまえば、俺はまた自問自答の戦いが続くからだ。手に握るグリードは武器なので、戦闘技術を俺に教授できないし。マインはあの性格なので俺に武人の何たるかは教えてくれないだろう。
きっと俺にとって、アーロンが最初で最後の師匠なのだ。
「スケルトン・アーチャーをすべて倒しました。後は、目の前にいるスケルトン・ナイトを倒して、すべて終わりです」
「そうか……長い時間、付き合ってくれたこと……礼を言う。ありがとう」
アーロンは横目で俺に向けて笑みをこぼすと、聖剣に発動を留めていたアーツ《グランドクロス》を開放する。
「さあ、終わりだ」
スケルトン・ナイトが犇めく地面に聖なる光が刻まれていく。
これでもかと込められた魔力によって、スケルトン・ナイトたちは浄化されていった。辺り一面を輝き照らしていた光が収まると、都市は音一つなく静まり返る。残った光といったら、天に煌く星の海だけだ。
「すっかり夜になってしまったようだな。儂のせいで出立を遅らせてしまったか、すまないな」
「いいえ、俺の方こそ勉強になりました。ありがとうございます!」
「ハッハッハ、儂は大したことを君に教えたつもりはない。それにフェイトなら、もう儂が教える必要は無いだろう」
「ええぇぇっ、早いですよ!」
驚く俺に、アーロンは諭すように続ける。
「所詮は剣術。いくら形を取り繕っても、意味がない。要は君がそれを受けて、どう昇華するかだ。そして、フェイトは儂の想像以上に教えた剣術の基礎を取り込み、自分の物としてみせた」
「俺はまだまだです……やっと戦い方とはなにか見えてきたところです」
まさか剣聖にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。なんだか、急に突き放されたような感覚だ。
そんな俺の頭に左手を置いて、優しい眼差しを向けていくる。
「いいや、もう十分だ。その武器は剣以外にも形が変わるのだろう。なら、儂が剣術のみを教え込んでしまえば、君のあるべき形が偏って歪んでしまう。それは避けたいのだ。だからこそ、思うままに振るうといい。儂はその先に君らしい戦いの形があると信じる」
そうか……そうだよな。今のグリードの形状は、片手剣、魔弓、大鎌の3つ。だけど、この先で更なる形状が開放されていくことだろう。なのに、1つの武器に固執するのは間違っている。
俺が目指すべき形は、
「この武器のすべての形状を1つと捉える。ということですか?」
「そういうことだ。それは儂には教えることはできん。なんせ、儂はこれでも剣聖だから剣しか知らんのだ」
アーロンはそう言うと、俺の頭から手を離す。
彼と出会って戦いとは何か、なんてわかった気分になっていただけで、道は途方もなく遠そうだ。まあ、それだけ黒剣グリードがすごい武器ってことになるわけだけど、本人には言わないでおこう。だって、すぐに調子に乗るからさ。
『呼んだか?』
「……呼んでないって!」
『そうか……呼ばれた気がしたんだがな』
急に《読心》スキルを通して、グリードが話しかけてくるものだから、ビックリしたじゃないか。グリードって何気に勘がいいような気がする。
そんなことをしていると、アーロンが聖剣を鞘に納めて城へと引き返しだす。
「さあ、城にある金貨を持って、村に帰ろう。さすがにこれ以上遅れるのはまずいだろう?」
「確かに! マインがカンカンに怒ってそうです」
「ならば、急ごう」
俺たちは、何もいなくなった大通りを駆け抜ける。いつかはここが人々の賑わいに溢れた場所に戻ってほしい、そう願ってやまない。
★ ☆ ★ ☆
城の宝物庫から、金貨を取り出して村に戻ってくると、マインはやはり怒っていた。忌避するくらい赤い瞳をさらに赤く染め上げてただいま爆発中だ。
「昨日帰ってくるって言ったはず! なのに1日遅れて帰ってくるとは、どういうことかな!?」
「その……リッチー・ロードを倒した勢いで、都市にいる魔物すべてを倒そうって話になって……」
「儂が誘ったのだ。申し訳ない」
「約束も守れないとは、お前たちは子供かっ!」
見た目が圧倒的に年下のマインに言われてしまっては、なんというかやるせない気持ちになってしまう。
アーロンなんか、いつもの凛々しい顔が崩れて、弱り果てている。
まあ、あの時のアーロンは俺から見ても、はっちゃけていたようにみえる。おそらく、彼はマインに言われたことによって、今までの自分を思い返して恥ずかしくなってしまったのかもしれない。
反省しているアーロンに、俺は奥の手を出すように促す。
「アーロン、早くあれを」
「おお、そうだった。マイン、これを。儂が留守にしていた間、村を守ってもらったお礼だ」
「うん……おおおぉおぉ!!」
金貨が入ったずっしりと重い袋を軽々と受け取り、喜び出すマイン。
予定では金貨50枚だったのを100枚に増やしたのだ。
まさかのサプライズにマインは怒るのも忘れて、袋を開けたり閉めたりして「おおおぉおぉ」と言って繰り返している。
「なんとか、なりましたね」
「うむ、現金な子で助かったな。さて、今日は食事を摂ったらすぐに寝るとしようか。実はかなりくたくたなのだ」
「俺もですよ」
食事は村の人がすでに用意してくれているらしく、アーロンの家の中からはいい匂いが漂ってきていた。
マインが俺とアーロンが魔物退治に出かけたのを村人たちに話してくれていたらしく、それなら自分たちもアーロンのために何かしようと言う話になったという。
それで魔物を倒して帰ってくる俺たちのために、食事を用意してくれたみたいだ。昨日帰ってくるはずが、いつまで待っても帰ってこないので、村人たちはかなり心配していたとマインが教えてくれた。
今は夜が遅いので村人たちは自分の家に帰ってしまっているという。明日の朝になったら、アーロンが村人たちに生還したことを伝える運びになった。
「さて、家の中へ入ろうか」
俺は横で金貨の袋を持ってほくほく顔をしているマインの手を引いて、家の中へ入っていく。それから、腹一杯食事をして、泥のように寝るのだった。
マインが俺の腹を枕にして眠ろうとしているけど、振り払う気力すら残ってはいないほどだ。
別れの朝、修理が終わった馬車の前で、俺たちはアーロンと村人たちに見送りをしてもらえることになる。
この村に流れ込んでくる魔物の大半は、都市ハウゼンからだったので、アーロンに手を貸した俺の功績はとても大きく村人から何度もお礼を言われる始末だ。
マインもアーロンが不在の間、魔物を30匹くらい倒したそうで、そのことについても村人たちから感謝されている最中だ。
そんな中、アーロンは神妙な顔つきで俺に声をかけてくる。
「フェイトよ。もし、ガリアに行ってやるべきことを終えたら、ここへ戻ってこい。大事な話がある」
「大事な話?」
「ああ、とてもな。その時が来たら、話す。だから、必ず生きて戻ってこい」
そして、ゴツゴツとした大きな手を俺に差し出す。
「また会おう、フェイト」
「はい、また」
俺はその力強い手を握り返しながら、アーロンに頷く。
もし、ガリアで生き残れたら、彼に会いに行こう。だって、まだアーロンとは4日ほどしか一緒にいなかったのだ。もっと話をしたいことがある。
マインがいつまでも握手を交わしている俺たちに見かねて、言ってくる。
「フェイト、そろそろ行くよ」
「ああ、わかった。では、アーロン、皆さん。お世話になりました」
馬車に乗り込み、俺は窓から顔を出す。そして遠ざかる彼らに手を振って別れを惜しんだ。
アーロンたちは魔物から開放した都市ハウゼンの復興をしていくのだという。きっと、活気のある都市になることだろう。
ガリアに行った後のことを全く考えていなかった俺に、その先の楽しみができてしまった。
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