第44話 新たな可能性

 光が収まると、ボロボロに崩れ落ちていくリッチー・ロードがいた。

 戦いは決した。俺とアーロンで放った2重のグランドクロスが、ステータスで格上であるリッチー・ロードの魔力抵抗を突破して、致命的なダメージを与えたのだ。


 そのことでリッチー・ロードに束縛されていた死者たちが次々と解放され始める。体はとうの昔に限界に達していたらしく、アーロンが身動きを取れないようにしておいた死者たちが土塊に還ろうとしている。ならば、急がないといけない。


「アーロン、早く。家族のもとへ」

「……ああ」


 どこか強張った表情のアーロンを促して、彼の家族がいる後ろへと引き返す。

 そこにはアーロンの奥さんと息子が折り重なるように床に寝かされていた。崩壊はすでに始まっており、足先から土塊に還ろうとしている。


 アーロンが側まで近づくと、2人がゆっくり瞳を開ける。

 まだ、操られているのか……俺は黒剣を握って、警戒する。しかし違った、瞳に精気が宿っている。


 俺たちを襲ってきた人形のような目ではない。


「父さん……」

「あなた……ごめんなさい」


 その言葉を聞いたアーロンは聖剣を投げ捨て、床に膝をついて今にも崩れそうな2人の手をそっと握る。

 これは一体……。とうの昔にアーロンの家族は死んだはずなのにどうして? 俺の疑問を黒剣グリードが《読心》スキルを通して教えてくれる。


『死体には魂がまだ残っていると言っただろう。リッチー・ロードから開放された反動で、一時的に自由が利くようになったのだ。まあ、残された時間はほんの僅かだろうがな』

「そうか……」


 この時間が本当に良いことなのかどうかは俺にはわからない。もしかしたら、アーロンの心の傷を更に抉っていくかもしれないからだ。でも、きっとアーロンにとっては、ずっと望んできた時間だったはず。

 俺はアーロンと奥さんと息子をただ見守る。


「すみません……父さん。都市を、城を守れませんでした。挙句の果てに、殺された後もリッチー・ロードに操られて……父さんに剣を向けてしまいました」

「もういいのだ。儂こそ、すまなかった。もっと側にいるべきだった。本当にすまない」


 そんなアーロンに奥さんが手を重ねてくる。


「あなたは悪くありません。どうしようもなかったことです。それに、こうやって私たちを救ってくれたじゃないですか。だから私たちのためにも、これからも剣聖としてあなたの信じることをなさってください」

「父さん、僕たちはもう大丈夫だから……」


 家族は少しずつ少しずつ崩れて落ちていく。握っていた手すらも、もう握り返すことなどできないほどに……もう時間はない。

 一筋の涙を流したアーロンは、だからこそ微笑みながら家族に答えてみせる。


「儂に残された時間をかけて、皆に恥じぬように生きてみせよう。……儂も、もう大丈夫だ」


 その答えに奥さんと息子は嬉しそうに笑い、そしてすべてが土塊になって床に崩れ落ちていった。

 残されたのは青白い2つの小さな光の玉。フワフワと宙を舞って、アーロンの周りを漂っている。


「グリード、あれはなんだ?」

『魂だろ、たまに強い思いが篭った魂は可視できる。それほどあの家族はアーロンを大事に思っているのさ』

「大事な最後の別れか……」

『そういうわけだな。だがしかし』


 グリードが言いたいことはよく分かる。ある程度時間が経っても、暴食スキルが発動していないとなれば、リッチー・ロードはまだ生きている。本当にしぶといやつだ。

 後ろを振り向けば、そいつは静かに床を這いずって、俺たちの方へと近づこうとしていた。


「アーロンの邪魔をさせるつもりはない」


 俺は黒剣を黒弓へと形を変えて、残った魔力で魔矢を生成していく。そして、さらに土属性を加えて石化の魔矢へ。狙うは、リッチー・ロードの眉間だ。


「お前はそこで一生、固まっていろっ」


 放った魔矢は寸分違わず、狙った場所に命中する。すると、一気に鏃を中心として石化が始まり、声を上げる暇さえも与えない。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+3640000、筋力+2560000、魔力+4565000、精神+4346000、敏捷+2347000が加算されます》

《スキルに幻覚魔法、魔力強化(大)、精神強化(大)が追加されます》


 醜悪な顔をしたリッチー・ロードの石像が出来上がってしまった。これでは、もし売りに出しても呪われそうで買い手がつきそうにないほどだ。全く……最後まで酷い敵だった。


 そして、いつもの恒例となっている冠魔物を倒した時に襲ってくる暴食スキルの歓喜。俺の体を支配しようと暴れ出す。リッチー・ロードの魂はとても美味だったらしく、今まで倒した冠魔物の比ではない。


「くっ……うぅぅ」


 黒弓から黒剣に戻したグリードを握りしめて、意識が流されないようにただひたすら精神を集中する。


 少しして歓喜の波は収まり、俺は暴食スキルに呑まれることなく、やり過ごしてみせる。これまでの暴食スキルへの耐久訓練が役に立ってきたみたいだ。


 ちょっとは自信がついたけど、完全には程遠い。無理やり我慢したので、両目からは血の涙が流れてしまった。


 黒剣を鏡のように使って、顔に付いた血を拭い、両目の色を確認する。うん、片目が赤色になっていたけど、今は両方とも黒目で暴食スキルの飢えは収まっている。


 一息つきながらアーロンの方を見れば、彼の周りに漂っていた魂はゆっくりと消えていくところだった。それをアーロンは名残惜しそうに見つめている。


「先に行って待っていてくれ。儂もやるべきことを成したら、そちらに行く」


 その言葉を聞いて安心したのか、2つの魂は闇の中へと消えていった。この城に残ったのは、俺とアーロンだけ。先程までの戦いが嘘のように、静まり返っている。


 アーロンは俺を見据えると、困った顔をして口を開く。


「すまんが、もう少し手伝ってもらえるか」

「何をする気ですか?」

「大掃除だ。この都市に巣食う魔物を一掃する。約束したからな、もう一度やり直すと」


 アーロンは、この都市を復興する気なのだ。そしてまず手始めに、邪魔になる魔物を退治するわけだ。これは徹夜になるかな……いやこの都市の規模だ。もう一日かかるかもしれない。


 でも、やってやるさ。師匠の頼みだ、弟子としては断る理由はない。


「やりましょう。まだ、戦い足りなかったんです」

「ほう、よく言うじゃないか。なら、先峰は任せようか」

「いいですよ。アーロンは横腹を怪我しているので、無理しないでくださいね」

「ハハッハッ、これくらいかすり傷だ」


 タフな爺さんだ。この世界には俺の知る限り、魔法で怪我を治す方法は存在しない。だから、無理をしないでほしいのだけど……。今のアーロンに言っても聞かないだろう。ここは自動回復スキルを持っている俺が頑張るしかない。


「ではちょっと休憩してから、大掃除ということで」

「いや、今すぐだ」

「ええええぇぇっ!?」


 本当にタフだな……老い先短いってのは絶対に噓だ。そんなことを思っていると、急にアーロンが声を上げる。


「どうしたんですか?」

「フフフッハハッハッ……こんなこともあるのか、恐れ入った」


 笑い出すアーロン。理由がさっぱりわからず、困惑する俺に彼は言う。


「どうやら、儂はまだ伸びしろがあるらしい。限界突破して、レベルが上っておるわ」

「マジですか……」

「まだまだ成長中というわけだ」


 歳を取って肉体が衰えてくると、魔物をいくら倒してもレベルが上がらなくなる。または、各個人によって持って生まれたレベル上限があり、それを越えてレベルアップができないようになっている。


 しかし、その枷を越えてレベルアップすることを限界突破と呼ぶ。アーロンの説明では、これが起こった場合、現状レベルの10倍まで伸びしろが広がるらしい。伝承でも限界突破した武人は数えるほどしかしないという。


 実例が乏しいのでアーロンとしても、なぜこのようなことが自分の身に起こったのかはわからないようだ。


「強いて言うなら、フェイトと共闘したことがきっかけになっているのかもしれない。君の持つ何かに誘発されたという可能性だな」

「何かですか……」


 そう言われて思い当たるのは暴食スキルしかない。これが原因で、共闘したアーロンに影響を与えて限界突破させてしまったのだろうか。アーロン以外と共闘したことがないので推測の域だ。


 そんな俺にグリードが《読心》スキルを通して言っている。


『神の理を破りしスキルを持つ者と一緒に戦えば、何かしらの影響が出る……場合がある。誰も彼もというわけではない。大罪スキル保持者が心を許している者だけだ。そのことが良くも悪くも相手に影響を与えてしまう。大概はレベル上限の限界突破という形で現れる』

「そういうことは早く教えろよ」

『別に悪いことではないからな。伝承で残っているという限界突破した者も、大罪スキル保持者と何らかの関係を持っていたのだろう』


 俺とグリードがゴチャゴチャと言い合っていると、当のアーロンは無邪気に限界突破したことを喜んでいるようで、


「フェイトよ、何を独り言を言っている? さあ、始めるぞ、スケルトン共をこの都市から一掃する。ついでにレベルアップだ」

「ノリノリですね」

「この歳になって、楽しみがたくさん増えたからな。では、いくぞ」


 城を飛び出していくアーロンを慌てて、追いかけながらある懸案事項を口にする。


「アーロン、1つ問題があります!」

「なんだ?」

「スケルトン狩りで村への帰りが遅れると、マインがきっと怒ります」

「なるほど……なら、こうしよう。村の護衛の報酬を金貨50枚だったのを100枚にしようじゃないか。あの子は、お金に目がないようだから、これできっと満足するはずだ」


 さすがはアーロンだ。ほんの少ししか会話をしていないのに、マインがお金に弱いことをよく理解している。金貨100枚も渡せば、マインは喜んで帰りが遅れたことを許してくれるだろう。


 ほくほく顔でお金を受け取ってる姿が目に浮かぶ。


 なら、思う存分に戦える。俺はリッチー・ロードから得た新たなステータスをフルに発揮して、前を走るアーロンを抜き去ってみせる。


「俺が先峰だったはずですよ。たまには老人らしく若者に頼ってください」

「確かにそうだったな。だが、今は久しぶり暴れまわりたい気分なのだ」

「それなら……」

「「競争だっ!」」


 俺とアーロンは奪い合うように魔物を狩っていく。この分だと予定より早く終わってしまうかもしれない。死が支配する都市を奪還してやり直すのだ。

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