第43話 浄化の光

 さらに奥へ進んでいくと、中庭の扉が開かれていた。どうする……誘われているように見えて仕方ない。


「フェイト、ここから中に入ろう」

「しかし……」


 果たしてこのまま進んでいいものか。不安を拭いきれない、この嫌な予感。

 そんな俺にアーロンは肩に手を置いて、言ってくる。


「君も感じているはずだ。リッチー・ロードはあの先にいる。回り道をしようが、結局は変わらん」

「……わかりました」


 行くしかない……よな。願うなら何事もなくリッチー・ロードの下まで行きたいものだ。

 アーロンだってわかっている。頬から流れる汗はきっと以前ここへ来た時の記憶を呼び覚ましているのだろう。


「では、いくぞ」

「はい」


 これは!?

 俺とアーロンが城の中へ入った途端、部屋という部屋すべてに明かりが灯される。

 そして俺たちが立つ先にある中央ホールでは、たくさんの人々が笑顔で手を振っていた。


「バカな……こんなことが……ありえない」


 目を見開いて、アーロンは構えていた聖剣を降ろしてしまう。前回とは趣向を変えた演出。


 以前ここへ来た時は、リッチー・ロードは領民たち、家族の死体を操り人形のように使って、攻撃をさせないようにしただけだった。


 しかし、今回はまるで生きているかのように振る舞う人々がそこにいた。


 その中から2人が前に出てくる。身なりの良い男の子と若い女性は嬉しそうにアーロンに語りかける。


「父さん!?」

「あなた、おかえりなさい。ずっと待っていましたよ」


 アーロンの顔が一層こわばりだす。俺が横から声をかけても、全く反応しない。ただ、死んだ2人の家族を見つめるだけだ。

 どういうことだ……そう思っていると、黒剣グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。


『まずいぞ……おそらく、これは幻覚魔法だ。それで物言わぬ死者を生きているように見せている』

「なら、このくだらない幻想を黒鎌で祓えばいい」


 俺が黒剣から黒鎌へ変えようとするが、


『待て、フェイト! それで一体どこを斬るというんだ。あの領民たちを斬っても無駄だ。魔法を発動している本体ーーリッチー・ロードを斬らないと無効化できないぞ』


 黒剣を俺は握りしめる。黒鎌はスキルの事象を断てる。しかし、それは直接的なスキル限定。間接的に影響を受けた事象には干渉できない。あの人達に黒鎌で攻撃を仕掛けても状況は何も変わらないということだ。


 それに、死体となっている人たちだからといって斬り捨てられない。


 アーロンがここへ来た意味は、家族や領民たちをリッチー・ロードから開放するためだ。だから、リッチー・ロードを倒すために、本来の目的を失ってしまっては本末転倒だ。


 俺は操られている人たちを見ながら、ずっと気になっていたことをグリードに聞いてみる。


「なあ、もしあの人達を俺が倒したらどうなる?」

『そうだな、まだ魂はあの体に残っているようだから、暴食スキルに喰われるだろうさ。どうした、急に?』

「……知りたいのはその先、喰われた魂はどうなるんだ。成仏できるのか?」


 グリードは俺が何を聞きたいのか、察しがついたようだ。彼らしくなく、バツが悪そうに教えてくれる。


『知らないほうがいいと思っていたが……やはり気になるか。いいだろう、そう思ったなら頃合いかもしれん。暴食スキルに喰われた魂は、永遠にスキルの中で生き続ける。そして他の魂と一緒に押し込められて、かき混ぜられながらの無限地獄だ。そこに一切の救いなどない』


 薄々は感じていたことだ。


 だけど、予想していた以上の答えが返ってきたものだから、胸くそ悪くなりそうだ。暴食スキル……大罪スキルとはよく言ったものだ。

 もし、これまでに誤って善良な人たちを巻き添えにしていたら、気分はこんなものじゃなかっただろう。


 なら、俺はあの人たちを倒してはならない。死者となってリッチー・ロードに操られて、さらに俺に喰われて、救いのない地獄に叩き落すなんてことは絶対にダメだ。


 本体ーーリッチー・ロードはどこにいる……美味そうな匂いはこの中央ホールに充満しており、正確な位置がわからない。おそらく、俺にも幻覚魔法が効いているからだろう。


 チッ……苛立ちで思わず舌打ちをしてしまう。どうする……どうすればいい。


 そんな俺とは別に、アーロンは近づいてくる家族にいまだ囚われている。

 彼が一番、この状況が偽りだとわかっているはずだ。


 それでも、最も望んでいたものが目の前に現れてしまえば、完全に否定するのは難しい。俺だってもし父親や母親が現れたら、アーロンと同じになってしまうだろう。


 その気持ちはよく分かる。だけど今は、


「アーロンっ!」


 俺は目を覚まさせるために、詰め寄って胸ぐらをつかもうとするが、その前にアーロンが首を振った。完全に幻覚魔法に囚われてはいなかったのだ。


「大丈夫だ。しばしの間、あの懐かしい日々を思い出していただけだ」


 アーロンは頭を掻きながら、歳を取ると思い出にすがってしまうので困ったものだなんて言う。そして、大切な家族へ向けて聖剣を構える。


「今まで来れなくてすまなかった。今、楽にしてやる」


 すると、あれだけ盛大に照らされていた明かりは瞬く間に消えていく。城の中も、綺麗に装飾されていたはずなのに荒れ果て、ボロボロに腐食していく。これが本来の城の姿だったのだ。


 俺たちに笑顔を向けていた領民たちは憎しみに満ち溢れた顔で、手には鍬や斧、ナタなどを持っている。


 そして、アーロンの妻の手にはロッド。息子の手には聖剣が握られていた。


「父さん、酷いよ。王都の仕事、仕事、仕事で……魔物に襲われている僕たちを見捨てたくせに。今更やってきて、僕たちを殺すなんて酷いよ」

「あなた、考え直して! 私たちはほら、まだ生きているんですよ。そんな恐ろしいことはやめて、私たちの仲間になりましょう。聖騎士のあなたがいてくれると、もう安心だわ。さあ、こっちに来てください」


 後ろに控える領民たちも同じように、アーロンを叱責しながらも、元領主へ助けを求めるように訴え始める。


 それでも、アーロンは聖剣を下ろすことはなかった。


「フェイト、すまんが……儂の家族や領民たちは任せてくれないか」

「わかりました。俺はリッチー・ロードを探します。この場にいるのは確かなんです」

「では、始めよう」

「はい」


 アーロンは大きく息を吸い込むと、家族へ向けて走り出す。俺も黒剣から黒弓に変えながら、領民たちを迂回するように中央ホールの奥へ。アーロンが抑えてくれているうちにリッチー・ロードを探すのだ。


 聖剣と聖剣がぶつかり合う音がホールの中で響き渡る。そして、背中の後ろからアーロンの声が聞こえてくる。


「強くなったな。儂の言いつけを守って、鍛錬を怠らなかったか」


 彼の息子は何も答えず、剣撃の音だけの虚しい会話だった。こんなことは一刻も早く終わらせるべきだ。


 俺は群がる領民たちを押し飛ばしながら、奥へ奥へと進んでいく。

 ん? 暴食スキルが一段と疼き始める。視線の先には、よく見ると僅かながら空間の歪みようなものが、


「グリード! あそこか!?」

『ああ、おそらくな。暴食スキルの求める先を狙って、穿て! だが、身を任せるなよ、呑まれるぞ』


 わかってるって、グリードは何気に心配症だな。


 俺は邪魔をされないように、迫り来る領民たちの波を避けながら飛び上がって、黒弓を引く。魔力によって精製された魔矢に土属性を付加するーー石化の魔矢を放つ。


「当たれぇぇっ!」


 放った魔矢は不可視の空間へと飛び込んで消えていく。


 ギャアアアアアァァァァ。


 骨が軋むような声と共に、石化した大きな骨の腕が床に落ちてくる。

 それと同時に、黒い瘴気を帯びたリッチー・ロードが大鎌を振りかざしながら姿を現す。


 すかさず、《鑑定》スキル発動。


【死の先駆者】

・リッチー・ロード Lv100

 体力:3640000

 筋力:2560000

 魔力:4565000

 精神:4346000

 敏捷:2347000

 スキル:幻覚魔法、魔力強化(大)、精神強化(大)


 魔力と精神が400万超えか……。喰らったら、どうなってしまうんだ。俺はまだ100万超えのステータスを持つ魔物を喰らった経験がない。


 暴食スキルを押さえ込む訓練はずっとしてきたが、いけるのか? また、ハート家の領地で喰らった慟哭を呼ぶ者を思い出す。あの時は、喰い慣れない良質な魂によって、暴食スキルが暴走仕掛けたんだ。


 くそっ、この期に及んで迷っている暇はないのに。


『ここで迷うやつがあるかっ! 俺様が保証してやる、今のお前なら大丈夫だ。そんなことより、さっさと修行の成果を俺様に見せてみろっ!』

「……ああ、やってやるよ。驚いても知らないぞ」

『ハッハッハ、その意気だ。そうあってもらわなければ、面白くない』


 また幻覚魔法で姿を消されたら堪ったものではない。ステータスの敏捷をフルに発揮して、壁際まで下がっているリッチー・ロードへ詰め寄る。


 黒弓から黒剣へ形を変えて、アーロンから教わった剣術をここで試してやる。

 リッチー・ロードは踏み込んで大鎌を構えている。体の重心から見て、あれは誘いの一撃だろう。なら、その誘いに乗ってやるさ。


 俺は迷うことなく、リッチー・ロードの懐を目指す。体格は俺よりも2倍半ほどある。中に入れば、取り回しの利かない大鎌では俺の黒剣を躱せないだろう。


 それはリッチー・ロードだってわかっているはず。きっと間合いを取りながら戦う選択をする。

 しかし、こうやって中に入れば、どうすることも出来まい。


『やるじゃないか、フェイト』

「俺だっていつまでも、初心者じゃいられない」

『そうだな、やっちまえ』


 俺はリッチー・ロードから繰り出された甘い初撃を黒剣で受け流しながら、最後に切り飛ばしてやったのだ。その結果、不意をつかれたリッチー・ロードは、大鎌を持った右腕に引っ張られて大きく体勢を崩してしまう。


 俺は悠々と懐へ潜り込めたわけだ。さあ、右腕を貰う。


 ギャアアアアアァァァァ。

 聞き飽きた声がまたしても中央ホールに響き渡る。そして大鎌が床に落ちる金属音。

 しかし両腕を失ってもなお、リッチー・ロードは諦めを知らない。


 俺の後ろにいた領民たちを物のように扱って、俺に襲いかからせる。

 チッ、魔物だけに倫理とかそういったものが全くない。無理に動かしたものだから、反動で数人の領民の手足がもげてしまっている。


 俺は彼らに攻撃できない。もし、暴食スキルが働いてしまえば、彼らの魂を喰らってしまうからだ。


 くそったれ。


 後ろに飛び退く俺を見たリッチー・ロードが骨を歪ませて笑ったように感じた。そして、自分の周りに領民たちを壁のように積み重ねて見せたのだ。


「俺が領民たちに攻撃できないのがバレた」

『マズいな。どうする、フェイト? 領民たちを気にすることなく戦うか?』

「それはできない。喰らった魂は無限地獄行きなんだろう」

『ああ、だが綺麗事ばかりでは生きてはいけないぞ』


 そうかもしれない。だけど、今は俺一人で戦っているわけではない。

 後ろから近づいてくる足音に俺は安心感を覚えていた。


「待たせたな、フェイト」


 力強い声に振り向けば、両手に聖剣を持ったアーロンがいた。


「家族や他の領民たちは……」

「手足の腱を斬って、身動きを取れないようにしておいた」


 この状況下でそんな芸当をやってしまえるのか……恐れ入った。

 そして、アーロンは俺が置かれている状況を見て、顔を歪ませる。追い詰められたリッチー・ロードが領民たちを使って肉壁を作り出しているからだ。


「また、これか……必死というわけか」


 急に鋭い目つきになったアーロンは息子から奪った聖剣を床に挿して、残ったもう一つの聖剣に魔力を込めていく。

 これは、聖剣技アーツ《グランドクロス》だ。


「アーロン!?」

「よいのだ。儂が早くこうしておれば、これほどの苦戦を強いることはなかった」


 その様子に焦りだしたリッチー・ロードが幻覚魔法を使って、領民たちに助けを求める言葉を喋らせてくる。それでも、アーロンは止まらない。


 リッチー・ロードを中心にグランドクロスを発動させる。聖なる白い光に城は大きく軋み出す。死して操られていた領民たちは浄化されて、光の中へ消えていく。


 残ったのはリッチー・ロードただ1匹。しかし、魔力と精神が400万超えというステータスによって、アーロンのグランドクロスに耐え忍ぼうとしている。

 そうさせないように魔力を込めるアーロンだが、顔色が悪い。脇腹を見ると血が滲んでいた。


 やはり、あれだけの人数に対して、手足の腱を斬って無力化するなどいう荒業には代償があったようだ。


 俺は床に刺された聖剣を見つめる。すると、黒剣グリードが《読心》スキルを介して言っている。


『今回、一回だけだぞ。その聖剣を使って手伝ってやれ』


 俺が他の武器を使うことに怒り狂うグリードが今回だけは許してくれるようだ。

 なら、お言葉に甘えてさせてもらおう。聖剣を床から引き抜き、グランドクロスを発動中のアーロンの聖剣に重ねる。


 俺の行動にアーロンが驚きつつ声をかけてくる。


「フェイト、なにをする気だ?」

「俺も手伝います」


 初めて使う、聖剣技アーツ《グランドクロス》。俺が魔力を聖剣に注ぎ込むと、剣身は白く輝き始める。


「おお、これは……」

「終わらせましょう」

「ふむ、そうだな」


 俺たちはさらに力のすべて注ぎ込むため、同時に声を張り上げる。


「「グランドクロスっ!」」


 お城は聖なる光に包まれて、何もかも真っ白になっていく。

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