第42話 師弟の力

 ふぅ~。壁の上にいるスケルトン・アーチャーをすべて石像へと変えたぞ。

 こっちに鏃を向けたまま固まっているスケルトン・アーチャーの大群。なんというか、異様な光景だ。


「でかしたぞ、フェイト。さあ、中へ入ろう」


 アーロンの後について、俺は破壊された大門を通っていく。都市の中はとても静かだ。


 スケルトン・ナイトがまた押し寄せてくるかと思っていたが、違ったようだ。

 辺りを警戒する俺にアーロンが声をかけてくる。


「門を守るスケルトンたちを倒したことで、儂たちの存在は察知されているだろう。数が多く面倒なスケルトン・ナイトたちがやってくる前に、一気に行くぞ。フェイトがいれば、スケルトン・アーチャーを気にすることなく、大通りから真っ直ぐに城へ行けるだろう。また頼めるか?」

「ええ、もちろんです」

「では、参ろうか」

「はい」


 ハウゼンの都市は王都の半分くらいの大きさ。


 この広大な空間に、一体どれほどのスケルトン・ナイトとスケルトン・アーチャーがいるのだろうか。考えただけで背筋が寒くなる。


 まともに相手をしていたら、すべて倒すまで1週間以上はかかってもおかしくない。


 アーロンが言う通り、侵入を察知してスケルトンたちが砂糖に群がる蟻のように集まってくる前に城へ急いだほうが賢明だ。


 もうすでに俺たちは100匹を超えるスケルトンを倒しているため、ヘイトは溜まりに溜まっている。視界に入っただけで親の仇のように襲ってくるだろう。


「駆け抜けながら、行くぞ。準備はいいか?」

「俺は建物の上を常に警戒します」

「儂は道を塞ぐものすべてを切り払おう。よし、では!」


 俺とアーロンはステータスの敏捷を限界まで発揮して、大通りを駆ける。


 すぐにスケルトン・ナイトが40匹ほど現れて、俺たちの行く手を阻もうとする。さらに後ろを見れば、ガチガチと骨を鳴らして、これまたスケルトン・ナイトたちが追いかけてくるではないか。


 挟み撃ちしようとしているのだ。そして、大通りにある商店街の上にはスケルトン・アーチャーが顔を出す。


 なるほど、身動きが取れなくなったところで、上から矢の雨を飛ばして俺たちを仕留める気だ。骨だけで脳みそが詰まっていないくせに、悪知恵が働く。少なくとも、ゴブリンやコボルトよりも戦術的だ。


 まあ、それが有効なのはただの武人相手ならだ。アーロンは聖騎士の中でも剣聖の名を持つ、最上級クラスの武人。俺だって、その弟子なのだ。遅れを取る訳がない。


「フェイト、後ろに構うな。正面突破する時は、前だけ気にしろ。立ち止まったら終わりと思え!」


 全くそのとおりだと思う。なら、俺がやるべきことをしよう。


 黒弓を構えて、石化の魔矢を飛ばす。狙うは俺たちに鏃を向けて、今にも放とうとしているスケルトン・アーチャーだ。


 すべてを倒そうとは思わなくていい。駆け抜けているときだけ、時間を稼げばいいのだ。第1波の矢の雨を放とうとしていたスケルトン・アーチャーを連射で仕留めていく。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+12900、筋力+14400、魔力+11100、精神+12300、敏捷+7700が加算されます》


 無機質な声を聞きながら、俺はアーロンに頭上を押さえ込んだことを伝える。


「アーロン、今のうちに」

「あい、任された」


 アーロンは走りながら、聖剣技のアーツ《グランドクロス》を発動させようとする。そして、聖剣が青白い光を放ちだしたタイミングで、アーツの発動をとどめてみせる。


「フェイトよ。先程、魔弓に魔法を乗せるのは難しいと言ったが。武器に属性効果を乗せる方法は他にもある。例えば、聖属性のアーツであるグランドクロスを発動させずに、こうやって聖剣に留めることで、属性攻撃が可能になる。これは比較的簡単だぞ、覚えておくといい」


 さすがは剣聖。俺にご教授してくれる余裕を見せながら、道を塞いでいるスケルトン・ナイトを必要最低限で斬り捨てていく。


 なるほど、属性系アーツは発動させずに武器に留めれば、通常攻撃に属性を付加できるのか。これはかなり有用な技術だ。属性系アーツによっては多くの魔力を必要とするものがあるからだ。


 特に聖剣技のアーツ《グランドクロス》がそれに当たる。一発が強力な属性攻撃。しかし、一度使うと再度使用できるまで時間がかかる。その不安定さをアーロンの技術はきちんと補っている。


 あとは俺にできるかどうかだ。剣聖であるアーロンにとっての比較的簡単が、俺にとっての簡単とは限らない。


 それは3日間ほどの修行で感じたことだ。端的に言って、アーロンは天才肌だった。俺みたいな凡人と立っている場所の違いをこれでもかと思い知らされたからだ。


 特に驚嘆したのは、目を瞑って攻撃を躱すというもの。アーロンの中ではできて当たり前だったようだ。真顔で君もできるだろうって言われて、俺は真顔で返したものさ……「そんな心眼は持っていません」ってさ。


 まあ、もしかしたら俺だってフル飢餓状態に陥ったら、身体能力ブーストでできるかもしれないけど、リスクが高すぎる。


 切り崩されたスケルトン・ナイトの隙間を通り抜けて、俺たちは真っ直ぐに城を目がけて、走っていく。


 まだ遠くにそびえ立つ城に、死の先駆者の冠を持つリッチー・ロードがいるという。これだけ、外で戦闘を繰り返せば、気づかれて当然だろう。なら、何か仕掛けてくるかと思ったら、そんなことはなかった。


 ひたすら、スケルトン・ナイトとスケルトン・アーチャーが俺たちをあの手この手で襲ってくるだけ。拍子抜けしながら俺はその道中、スケルトン・ナイトから敏捷強化(小)スキルを奪うために1匹だけ倒した。これで、城下で回収したいスキルはもうない。


 ここまで見てきた街並みは、ある時を境にすべてが止まったような印象を受けた。それほど戦闘の爪痕が少なかったからだ。これだけ大きな都市なら武人もかなりの人数がいたはず。それなのに、街の保存状態を見ると大した抵抗もできなかったようにみえる。


 おそらく圧倒的な何かによって、住民たちごと為す術もなく蹂躙されてしまったのだろう。


 それをやってのけたリッチー・ロードは俺たちが見上げる、この城の中にいるってわけだ。


 城の門は、都市の大門と同じように破壊されていた。必要最低限の破壊にとどめるリッチー・ロードの戦い方に、人間と似た理性を感じられる。


「アーロン、聞いていいですか?」

「どうした」

「リッチー・ロードって、人間と同じくらい頭が良いですか?」

「そう言われている。儂の留守を狙って都市を攻め落としてみせたしな……。フェイトよ、儂が教えた対人戦が、ここで活かせるだろう」


 アーロンは、リッチー・ロードを冠魔物ではなく、人間と思って戦えという。力でゴリ押しさせてくれそうにはないか。


 駆け引き、心理戦を仕掛けてくるかもしれない冠魔物ーーリッチー・ロード。ガリアに行く前に、更なる戦闘経験を付けておきたい俺にとってはもってこいの敵だ。


 暴食スキルも未だに満たされていない。それはきっと目の前に迫った城の中から漂ってくる美味そうな魂に暴食スキルが興奮しっぱなしだからだ。俺の中で、早く喰わせろ、早く喰わせろと呻いている。


 ここまで惹きつけられるのは初めてかもしれない。うっかり気を緩めると、フル飢餓状態に移行してしまいそうだ。


 城の門を俺とアーロンが通ると、後ろから追いかけていたスケルトン・ナイトが急に立ち止まってしまう。そして、悔しそうに門の前でウロウロとして、俺たちの様子を窺い続ける。


 それを見たアーロンが俺に言う。


「どうやら、門からこちら側はリッチー・ロードのテリトリーらしい。他の魔物は恐れて中へ入れないみたいだな」

「なるほど、たしかに門の内側は、スケルトンが1匹もいませんね」

「儂が以前来た時と、様子が全く違う。警戒を怠るな」


 俺たちは中庭を駆け抜けながら、城の中へ入れそうな場所を探していく。

 それにしても、恐ろしいくらいに静か過ぎる。

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