第40話 望まれた共闘

 最後の日は、アーロンから剣術を習うことになった。

 といっても、時間の制限があるので基本的な型だけだ。構え、剣の振り方、受け流し方など彼の祖先から伝わる流派を教え込まれている。


「脇が開きすぎている。膝をもう少し曲げて姿勢は下げる」

「こんな感じですか?」

「う〜ん。微妙に違うな」


 アーロンは俺の前で実際に中段の構えを見せてくれる。同じだと思うんだけどな……。少しのズレも許さない、妥協なき男であるアーロンは構えの型一つ一つを懇切丁寧に教えてくれる。


 そのかいあって、俺の剣術レベルはかなり向上したといえる。アーロン曰く、ゴブリンからやっと人間になれたらしい。

 まあ、今まで赴くまま自由に黒剣を振るっていたので、ゴブリン扱いされてもしかたないか。


 剣術を身につけることで、前よりは理性的に剣が振るえそうだ。


 俺はアーロンをお手本に、中段の構えを再度調整する。


「どうですか?」

「ふむ、だいぶ良くなった。もう少し剣を下げてみろ」


 この少しっていうのがとてもさじ加減が難しい。僅かに剣先が天に向かっていたのを下げてやる。


「そこだ。その状態を体に覚え込ませるのだ」

「はい」


 その様子に満足したアーロンは持っていた聖剣を鞘に納める。


「これで終わりだな、3日という短い期間だったがよく儂の指導に付いてきた。剣術においてはまだまだ免許皆伝には程遠いが、基本動作はすべて教えた。後はそれを元に日々の反復練習だ。上を目指すなら、この経験を活かして頑張ってみろ」

「ありがとうございました!」


 これで、基本を一通り教わったことになる。3日間ずっと飯と寝る時間以外はすべて修練に注ぎ込まれたので、俺はかなりへとへとになってしまった。だが、教えてくれたアーロンだって相当疲れたはずだ。見た感じは、それを全く感じさせない……さすがは剣聖だ。


 アーロンは王都で昔、王から剣聖の称号を得ていたという。剣聖とは、冠魔物討伐で数々の武功を立て、長年に渡って王都に貢献した者に与えられるとても名誉ある称号だ。


 しかし、アーロンは自身を剣聖失格と言い張る。それはきっと、称号と引き換えにかけがえのない家族を失ってしまったからだ。


 本当に守りたかったものすらも、守れない自身を今も責め続けているように見える。そして、剣聖になるため戦い続けていた過去の自分を憎んですらいるように感じた。


 アーロンは額の汗を拭いながら、俺に微笑む。


「いよいよ、明日にはここを旅立つか、寂しくなるな」

「ええ、俺にはやりたいことがありますし」

「ガリアか……あそこは今酷い有様だ。行くなと言っても、無駄のようだが」


 俺はアーロンにガリアを目指していることを伝えている。驚くかと思いきや、納得した顔をされてしまう。


 腕に覚えがある武人は最終的にガリアを目指すからだ。


 魔物が溢れかえるガリアとの国境線は、武人にとって高額な討伐賞金が稼げる最高の狩場なのだ。

 その代わり、命を失うリスクは非常に高い。ハイリスクハイリターン。


 武人なら一度は行って一生涯分、使えきれないほどの大金を稼ぐのを夢見るという。


「フェイト、1つ言っておく。もし、誰かのためにガリアに赴くのなら、やめておけ。天竜が空を舞うあの場所では、命など儚いものだ。あそこでは、自分の命だけ守りながら戦うことがやっとだ。誰かのために戦うことだけはやってはならぬ」

「それでも俺は……」

「そして、お前は何かを守りながら戦うのが苦手とみえる。……儂が言えることはここまでだ」


 アーロンは井戸の方へ歩いて行ってしまう。俺の指導でかいた汗を流すためだ。


 そのものを言わず、俺から離れていく背中は、なぜか寂しそうに見えた。もしかしたら、俺がガリアにいって死んでしまうことを心配してくれているのかもしれない。


 たったの3日だったといえど、アーロンは俺を弟子としてみてくれていたんだ。


 そうわかってしまうと、都合よく剣聖から指導を受けられると上辺だけで喜んでいた自分が恥ずかしくなってしまう。


 なら、今日の最後くらい、師匠の背中を流すのも弟子の役目だろう。

 アーロンを追いかける俺にグリードが《読心》スキルを通して声をかけてくる。


『あのような絶滅危惧の武人は久しぶりに見たな……。強くしてもらったんだ。しっかりと礼を言っておけ』

「言われなくても、そうするさ」


 ☆ ★ ☆ ★


 別れの夕食を俺とアーロン、マインで食べている。マインは相変わらず、興味なさそうな顔をして、口に食べ物を運んでいる。美味しくないのかな? 


 俺としてはふんだんに野菜が入っている雑炊は文句なく旨い!


「マインって、なんでも食事を不味そうに食べるよね」

「ああ、私は味覚がないから……何食べても同じ」

「そうだったんだ」


 知らなかった。そうなら、気が引けるな。横で美味しいとか言って、今まで散々食べていたからさ。


「フェイトが気にすることはない。これは私が選んだことだから」


 なんとなく、それが憤怒スキルに関係しているような感じがした。でも、ここで追求する気はない。だって、今はアーロンとの別れを惜しむ夕食なのだ。


 ここでマインの話に脱線させてしまったら、台無しになってしまう。


 そんな俺たちにアーロンが感心しながら言う。


「マインは、武人として完成されているようだな。立ち振舞い、気迫……など、そのすべてが研ぎ澄まされている。儂など足元にも及ばないだろう」


 褒められてマインは悪い気はしないようで、初めてアーロンと向かい合って話す。


「アーロンは見る目がある。名前を覚えておこう。1000年くらい修行すれば、アーロンも少しは私に近づける」

「ハハッハッ、1000年か……気の遠い話だ。老い先短い儂には厳しいのう」

「それは仕方ない。それが人としての限界だから」


 ん!?


 そんな言い方をするとマインがまるで人ではないようではないか。見た目はどっからどうみても、人間の少女の姿をしているのに? 


 そんな俺の疑問など、アーロンは気にしていないようだ。

 もしかしたら、彼はマインから異質な何かを感じ取っているのかもしれない。しかし悪でないなら、それを一つの個性として受け入れているといった具合なのかも。


「1つだけ、マインに聞いてよろしいか?」

「いいよ」


 食事の器をテーブルに置きアーロンは改まって、マインに聞く。


「50年前、ここより東に魔物の大群が現れた時、今と変わらない君を見かけた。あの姿はまさに戦鬼といってもいいくらいだった。君は一体何者なのだ?」

「私は……死ぬことが許されない亡霊。アーロンが見たのはきっと私。だけど、大した戦いではない記憶は覚えていない」

「そうか、あれを大したことがないと言い切るのか。……これは次元が違うな」



 アーロンはそう言って、天を仰ぐ。きっと50年前の戦いを思い返しているのだろう。

 そして、笑みが漏れる。


「この歳になって、こんな不思議に出会うとは……長生きしてみるものだ。食事を中断して悪かった。さあ、食べてくれ。おかわり自由だ、ハハッハッ」


 落とし所を見つけた感じで、黙々と食べ始めるアーロンとマイン。俺は、話についていけないんだけど……。


 気になるのはマインがいった「死ぬことが許されない」という言葉だ。不死ということなのだろうか、それとも不老か。そういえばグリードとも知り合いみたいだし、彼女はかなり長生きしているのかもしれない。


 俺が考えを巡らせていると、こんな時に限って暴食スキルが暴れ出し始める。半飢餓状態を2日も無理やり維持していたからだ。この感じだと、本格的にフル飢餓状態に移行しそうだ。


 我慢の限界が近い。俺は食事を中断して、アーロンに伝える。


「折角の食事なんですが……ちょっと、俺……魔物を狩ってきます。たしか、ここから西に見える古城に魔物が巣食っているんですよね」

「急にどうした? 顔色が悪いぞ」

「それは……」


 俺は迷い迷いながら暴食スキルのことは伏せて、魔物を倒さないといけない体質だとアーロンに伝えた。すると彼は俺を疑う素振りもなく、話を信じてくれる。


 どうやら、俺の右目が赤く染まってから辛そうにしていた姿を見て、何かしらの呪いを受けているのではないかと推察していたようだ。


「ほう、そうしないと心に負荷がかかるのか。厄介な話だな」

「だいぶ慣れてきたんですが、まだまだうまくは付き合っていけないみたいで」

「それを解消するために、あの古城へ行きたいと……」

「はい」


 半飢餓状態になってから、あの古城からとても美味しそうな匂いが風に乗って流れてくるのを知っていた。おそらく強い魔物がいるのだ。


 昨日、アーロンに聞くと、口を濁しながらもそうだと教えてくれていた。


「あそこには強力な冠魔物がいる。村に流れ込んでくる大半はあそこで湧いた魔物だ」

「昨日も聞いたんですが……なぜ、魔物の根を絶たないんですか?」


 昨日と同じで教えてくれないだろうと思っていたら、今日のアーロンは違った。

 ベッドの横の棚に置いてある絵を眺めた後、暫く目を瞑る。そして、ゆっくりと口を開く。


「元々、儂の城だった場所だ。……あそこには儂の家族が今もいる」


 そうか……あの古城はアーロンのものだったんだ。そして亡くなったアーロンの家族がいる。でも、今もってどういう意味だ?


 俺の疑問に答えるようにアーロンは続ける。


「古城に巣食っている冠魔物は、死の先駆者という名を持っているリッチー・ロードだ。あれは死者を操る。つまり、儂は死んだ妻、息子……そして領民たちを盾にされて、何もできなかったのだよ」


 悲しそうな顔をして、家族の絵を見るアーロン。しかし、すぐに俺を真っ直ぐに見つめてくる。


「フェイトがやってきたのも何かの縁だろう。過去を断ち切る最後の機会かもしれん」

「それって……」

「儂が古城へ案内しよう。勝手知ったるなんとやらだ。君に同行してもいいか?」

「もちろんです。アーロンがいてくれるなら心強い」

「そう言ってくれるなら、ありがたい。なら、すぐに行こうか」


 準備を始める俺とアーロン。

 そんな中、マインは1人でまだ食事をしている。おそらく、付いてくる気がないのだろう。


 装備を整えたアーロンはマインへ、あるお願いをする。


「すまないが、儂がこの村にいない間に魔物がやってきた時、守って欲しい。お願いできるかな?」

「いいよ。その代わり、金貨5枚」


 こんな時にお金を請求するとは……。俺がマインに文句を言おうとしたが、アーロンが手で制して止めてくる。


「君のような武人を金貨5枚で雇えるなら、安いものだ。あの古城にはたくさんの蓄えがある。無事に成功した折には金貨5枚といわず、50枚払おう」

「おお、わかった。頑張る」


 無表情なマインの顔に薄っすらと笑みが漏れる。彼女は自分の村のためにお金を集めているので、アーロンの提案はとても魅力的だったのだろう。


 ウキウキしながら、家の中で黒斧を振り回し始める。危ないな……外でやってくれよ。


 家を出て行く俺にマインが声をかけてくる。


「こんなところで死なないで。私の目的にはフェイトが必要」

「大丈夫、ガリアに着くまで死ぬつもりはないよ」

「そう、なら良し」


 どこか安心したマインに見送られながら、俺とアーロンは西に見える古城を目指す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る