第39話 剣聖の極意

 アーロンの案内で彼の家にやってきた俺たち。聖騎士の家だから、屋敷のように大きいだろうと思っていたら、全く違った。干しレンガで作られた質素な平屋だった。


「ハハッハッ、もしかして、もっと豪華な家だと思ったかな」

「正直、そうだと思っていました」

「素直でよろしい。そちらのお嬢さんは、この家で満足してくれるかな」


 そうアーロンがマインに聞いてみるが、プイッと顔を振って無視されてしまう。


「おや、機嫌が悪いみたいだ」

「気にしない方がいいですよ。マインはいつもこんな感じです」

「そうか……」


 アーロンは少し残念そうに家のドアを開けて、俺たちに中へ入るように促す。


 マインが人に気を許さないのは今に始まったことでない。

 一緒に彼女と旅をするようになって、俺が知る限り他人と生産的な会話をしている姿を見たことがない。


 唯一、俺が同じ大罪スキル保持者ということで、話ができる程度だ。俺にはマインは己の力のみを信じている孤高の武人のように見える。きっとそれが彼女らしい戦い方なのだろうか。


 アーロンの家の中に入ると、部屋には予想以上に何もなかった。そんな俺にアーロンは笑いながら言う。


「この家は村人たちが儂のためにわざわざ作ってくれたのだ。元々、ここに村はなかったのだ。儂が魔物を倒して憂さ晴らしをしていたらいつの間にか、行き場を失った人々が勝手に集まって、村を作りおったのだ。そして、なし崩し的に村を守護する長に収まったわけだ」


 困った奴らだと言いながらも、悪くは思っていないようだ。ここで死を待つだけよりは、暇つぶしになるという。

 アーロンは俺たちにお茶を出してくれながら、話を続ける。


「儂は村人たちに言っておるのだ。この歳だ、いつまでもお前たちを守ってはやれないとな。だが、行く宛もないといってここに最後までいたいという」

「村の人達は、アーロン様と死にたいというんですか?」

「様はいらん。アーロンでいい。そうみたいだな、こればかりは困った話だ。儂が死んだ後、村人たちが魔物に食い殺されるのがわかっているわけだからな」


 こればかりはどうすることもできないと言って、アーロン自身も諦めているようだ。


「もしかして、俺にあなた代わりにこの村を守れと、言わないですよね?」

「ハハッハッ、流石にそれはない。たまたまこの村を訪れた君にそれを頼むのはおかしい」

「なら、どうして俺にここまでしてくれるんですか?」


 無償で見ず知らずの者に鍛錬をつけるなんて、やはり納得がいかない。先程の話を聞かされたら尚更だ。

 すると、アーロンは真剣な眼差をして俺に言う。


「これは儂のエゴだ。ただ、君を通して儂が生きた証を残したかったのだ。老い先短い年寄りの願いを叶えてくれんか」

「証ですか……」


 そう言いながら、部屋を見渡すと、ベッドの横の棚に立てかけられた絵が見えた。親子が描かれている。父親はおそらく若い頃のアーロン。黒髪の妻はとても美しい。


 その間に挟まれるように、勝ち気な顔をした男の子がいる。手には聖剣を模した玩具を握っている。


「あの……あそこにある絵は?」

「儂の家族だ。昔、王都に仕えていた頃、仕事ばかりでろくに領地に帰れなくてな。儂がガリアに赴いている時、運悪く領地に侵入してきた魔物によって殺されてしまったのだ。今はあれをベッドの側において、懺悔をする日々を送っているわけさ。おかしな話だろ」

「いえ……変なことを聞いてすみません」


 あの絵の男の子はどこか俺に似ているような気がする。


 もしかして、アーロンは俺を死んだ息子と重ね合わせているのではないか? 考えすぎかもしれないが……息子に伝えたかったものを、俺に伝えることで彼なりの罪滅ぼしをしようとしているのでないか。


 ふと見せたアーロンの悲しそうな顔を見た時、なんとなくそう思えたんだ。


 ★ ☆ ★ ☆


 翌日、木の陰で欠伸をするマイン。呑気なものだ。俺はそれどころでない。

 残り2日しかないので、アーロンが張り切って朝から俺に鍛錬を付けてくれているのだ。


 ぐはっ……。きっついのをみぞうちに3発、もらってしまった。


「よそ見とは、まだまだ余裕のようだな」

「もうちょっと、ゆっくりとやりませんか。激しすぎですよ、ぎっくり腰になっても知りませんよ」

「ほう、減らず口をきけるほど、元気のようだ」


 あら、変なスイッチを入れてしまったのかな。ステータスをコントロールするために最適な素手による組手らしいが、当たりどころが悪いと大怪我をしかねない。


 アーロンによれば実践に近い緊張感が、より鍛錬の効果を高めているらしい。まあ、普通なら3年かかるものを3日に詰め込むという荒業なので、仕方ないのかもしれない。

 だからこそ、口でいうよりも体に染み込ますというスタイルなのだ。


 そのかいあってか、頭で考えるよりも、体が勝手に反応するようになってきた気がする。その時の最適なステータスコントロールを自動的にしてくれるのだ。

 さらに攻防は昼まで休むことなく続いた。


「ふむ、かなり形になってきたな。やはり、口でいうよりも早い。君が丈夫で助かった」

「じゃないと、今頃死んでいますよ」


 自動回復スキルの恩恵に感謝しながら鍛錬をしていると、またあの疼きがやってきた。


 チッ、こんな時に。あれから、飢餓状態を押さえ込む訓練をしてきたことで改善の兆しが見えてきたのだが、こうやって意識が別のことへ向いてしまうと、すかさず顔を出してくるのだ。


 この感じだと、右目はもう赤くなってるだろう。片目をつむって誤魔化すか……いや、アーロン相手には無理だ。片目では彼の猛攻を止めきれない。仕方ないよな……。


「ん? これはまた。奇っ怪な……目の色が変わったな。その色は、マインの瞳と同じ色のようだな……」

「興奮すると瞳の色が変わるんですよ」

「となると、マインは興奮しっぱなしとなるが……」


 それを聞いたマインがそっと黒斧を手に持とうとしている。私が興奮しっぱなしっだって? という目で俺を見てくる。


 うあああぁぁ。咄嗟に嘘は付くものではないな。難しい顔をしだしたアーロンに続きをしてもらうように促す。


「さあ、続きをお願いします」

「やる気があることはいいことだ。ではいくぞ」


 これは……アーロンの動きがコマ送りのように見える。半飢餓状態がいつもよりも冴え渡っている。訓練の成果が相乗効果として現れているのか。


「なにっ、急に動きが良くなってきたじゃないか」

「アーロンの教えがいいからですよ。じゃあ、こちらからもいきますよ」


 対人戦で重要なのは足運びだ。下半身の動きで、およその予想ができてしまう。アーロンに教え込まれてきたことを彼に返す。


 深い踏み込みなら、本気の一撃。


 逆に浅い踏み込みなら、牽制や誘いだ。攻撃を仕掛けてくる腕に視線がいきがちだ。しかし、起点となっている足の動きこそが、先読みに必要な極意なのだ。


 見えた、ここだ!


「おおっ……やるようになったな」


 俺はアーロンの拳を躱して、懐に飛び込んで、右拳を彼の鼻先の寸前で止めてみせた。


 まあ、これが出来たのは半飢餓状態があってこそだ。通常状態では、まだこの域には達せられない。

 しかし、半飢餓状態でこのままでできてしまうのだから、身体能力に完全ブーストがかかる飢餓状態なら、とんでもない動き……人を超えた戦いができるかもしれない。


「まさに目の色が変わったら、人が変わったように動きに鋭さが増したな。それが本来の君の力というわけか。見たところ、心に負担がかかっているようにも感じられるが……それもまた修行中というわけかな?」

「そんな感じです」


 俺は苦笑いで誤魔化しながら、ふとアーロンのステータスが気になった。

 向こうも鑑定スキルを使って、俺を調べたのだ。使ってもおあいこだろう。

 《鑑定》を発動。


・アーロン・バルバトス Lv180

 体力:3244000

 腕力:3856000

 魔力:3948000

 精神:3874000

 敏捷:4098000

 スキル:


 強い……。すべてが300万オーバーしている。今の俺より強いじゃないか!

 スキルはおそらく隠蔽スキルによって見えないようにされている。

 それにしても、このステータスならかなり上位の聖騎士だ。


 ステータスを見ることに集中していた俺に、アーロンは呆れながら忠告してくれる。


「鑑定スキルを正面から使うのは感心しないな。そのスキルは特有の眼球運動を僅かにするから、知っている者が見れば鑑定されていることがすぐにわかってしまうぞ」

「そうなんですか……」

「まあ、知らなくて当然か。儂が君を直視しながら鑑定しても、何も反応を示さなかったからな」


 トップレベルの武人になると、鑑定すら見破ることができるのか。今度、鏡を見ながら鑑定スキルを使って、目がどう動くのか調べてみよう。

 さらにアーロンは俺に有用な技を教えてくれる。


「鑑定スキルを一時的に妨害する方法がある」

「すごく知りたいです」


 他とは違うステータスを持つ俺にとってはありがたい。戦闘においても自分の情報を相手に知られないようにしたい。


「試しに、儂に鑑定スキルを使ってみろ」


 言われた通り、《鑑定》スキルを使う。

 うっ!? 急に目が眩んだ。一体何をやられたのか……。


「君が鑑定スキルを使うと同時に、ただ体内の魔力を放ったのだ。こうやって上手くタイミングを合わせてやると、相手は目が眩んで暫くの間、鑑定スキルが使えなくなる。最近ではこんな芸当ができる者は少なくなったが、かなり使える技術だ。覚えていくといい」

「ありがとうございます」

「では、そろそろ昼飯にしよう」

「はい」


 いろいろと勉強になる。グリードは自身を使った戦い方は教えてくれても、こういった基礎は一切何も言わない。


 だからこそ、アーロンから指導を受けてわかる。こういった基本の積み重ねが、いざという時になって力になってくれると思うのだ。

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