第38話 黄昏の老騎士

 あの閉鎖的な都市を旅立って、数日が経っていた。そういえば、サンドゴーレムとの戦いで知り合った武人のバルドたちと何も話さないまま、出てきてしまった。


 まあ、彼らは都市を渡り歩きながら、魔物討伐をなりわいとしているから、もしかしたらまた再会できるかもしれない。その時に再会したら、今度こそ酒を酌み交わそう。


 馬車に揺られて、青空の下をひたすら進んでいく。今回の馬車は、この前のような護衛を兼ねた荷馬車とは違う。サンドゴーレムを討伐して得た金貨を使って、移動だけのためにチャーターしたのだ。


 結構な贅沢をしたかもしれない。でも帰って来られないかもしれない旅だ。ここは盛大にいこうじゃないか……なんて思って借りてしまったのだ。


 ああ、もちろん俺の横にムスッとした顔で座っているマインはお金を払っていない。彼女は出来る限り貯まったお金を自分の村に還元したいらしい。


 いいさ、旅は道連れ世は情けなんていうらしいから。


 俺は金貨15枚で雇った馬車を操る中年男に聞く。


「次の都市はあとどれくらい?」

「へい、そうですね……あと3日といったところですな」


 王都から離れるほど、都市がまばらになっていく。つまり、ガリアに近づけば近づくほど、人が住みにくい土地になっていくということだ。それはガリアから流れ込む魔物の影響が大きい。


 今は侵入をせき止める責務を追う聖騎士が不在なので、状況は悪化の一途らしい。ここに来るまで、魔物をかなり倒したので、身をもってわかってしまう。


 ガリアからまだ遠い地域まで魔物が流入している。これは王国に深刻な影響を与えそうだ。


 そんなことを思っていると、小さな村を訪れた時、馬車が大きな音を立てながら止まってしまう。


「あちゃー、これはいかん。どうやら……左側の車輪が壊れてしまいました」


 馬車から降りた男は困った顔で俺に言う。修理をするために3日ほど時間が必要だという。俺たちは暫くの間、この小さな村に滞在することになった。


 マインは俺に何かをやってほしいといっていたので、ここで立ち往生することに怒り出すかと思ったら、そうでもなかった。


 時間の問題じゃないと言って、村の様子を見るために1人で散歩に行ってしまう。マイペースな奴だ。


 俺は村で3日ほど滞在する許しをもらうため、村長を探すことにした。


「それにしても、この村は平和だな」

『おそらく、力の強い者が村を守護しているのだろう』


 グリードが《読心》スキルを通して俺に言ってくる。たしかにそうかもな、ここに来るまでそれなりに倒した魔物と同じ影が、この村には感じられない。ガリアまで後もう半分となる場所に位置するはずなのに、この村は王都のように平和だ。


 それってある意味で異常だ。俺はすれ違う幼い子供達を見ながら、首を傾げる。

 環境としてはよろしくないのに、この小さな村の人々は安心しきったように落ち着いているのだ。


 しばらく歩いていると、大きな切り株に腰を掛けた老人が座っていた。伸びた白髪を首後ろで束ねている。


 丁度いい、この人に村長がどこにいるかを聞いてみよう。近づいていくと、逆に向こうから話しかけられてしまう。


「この村にきた強い気配の一つは君か。ふむ、敵意はなさそうだ」


 老人はニッコリと笑いながら、俺に握手を求めてくる。


「儂がアーロン・バルバトス。この村の長をしている者だ。歓迎しよう、若き武人殿」


 この人が村のトップか。おっと、ちゃんと俺も自己紹介しないと。


「俺はフェイト・グラファイトといいます。乗っていた馬車が壊れてしまったので、修理する間、この村に宿泊する許可をもらえますか?」

「ああ、好きなだけ滞在しくれて構わない。その代わり条件がある。まず、儂と一つ勝負をしてみないかい?」


 アーロンは切り株の下から、黄金色の剣を取り出す。これは……聖剣だ。

 つまり、彼は聖騎士ということになる。そして、俺たちがこの村に入ったことを察知していて、武器を隠して待ち構えていた。


 最初にアーロンは言っていた。俺に敵意はないと……。もし、彼のお目に叶わなかったら、問答無用で斬り殺されていた可能性があったのか。


「いいえ、聖騎士様とは戦えるほど、強くはありません」

「ハハッハッ、嘘を言うな。儂は鑑定スキル持ちだ。君はレベル1の癖に、とんでもないステータスだな」


 マジか……鑑定スキル持ちの聖騎士とはとても珍しい。隠蔽スキルで、スキルは隠せてもステータスは偽れない。以前から、恐れていたことがまさか聖騎士に見破られるとは思ってもみなかった。


「で、どうするというんですか?」


 俺は黒剣グリードに鞘から引き抜き始める。すると、アーロンは左手を俺の前に突き出して言う。


「先程も言ったはずだ。君に敵意はないと、だから死闘をしたいわけではない。君の強さが知りたいので、軽く戦ってみないかと言っているだけだ。どうする?」


 この老人、俺に確認を取りながらも、聖剣を鞘から引き抜いた。やる気満々じゃないか。

 なら、もうやるしかない。俺は黒剣グリードの剣先をアーロンに向ける。


「ふむ、構えはまるでゴブリン、コボルトのようだな。野性味あふれる構えだ」

「褒めてますか?」

「いや」


 仕方ないだろ。師匠なんていない俺の剣術は自己流なのだ。これが正しい構えなんか、知ったことでない。要は、魔物を倒せればいいのだ。そんな俺にアーロンはいう。


「それでは魔物は倒せても、対人戦では苦労しそうだな」

「そうですか? 鑑定スキルを持っているなら、わかるはずです。このステータスなら……」

「果たして、それはどうかな」


 次の瞬間、俺の鼻元にアーロンが持つ聖剣の剣先があった。早いっ!


「全ステータスが200万超え、たしかに見た目は強い。だが、それをすべて活かしきれてはいないのではお粗末。おそらく、君は急激に強くなっていく自分の体に慣れていっていないとみえる」

「だったら、どうしろと」

「なぁに、年寄りの戯れとして、この村に滞在する間、儂が君の指導をしてやろう。それが条件だ、どうかな?」


 戯れか……。そんなことで俺に戦い方を教えてくれるという。もしかしたら、あの優しそうな笑顔に裏があるかもしれない。だけど、全ステータスが200万を超えた辺りから、体のコントロールに違和感を覚えだしていた。


 これはチャンスかもしれない。年老いた聖騎士が戦い方を教えてくれるなら、願ったり叶ったりだ。ゴブリン先生との実践訓練で培った戦い方ではこの先行き詰まりそうだしな。


「わかりました。暫くの間、よろしくお願いします」


 俺が黒剣を納めて、アーロンに頭を下げる。

 彼は聖剣を鞘にしまうと、再び握手を求めてきた。


「ふむ。よろしく、フェイト。このまま老いて死ぬよりも、これぞと思う若者に儂のすべてを伝えたいと常々思っていたのだよ。いやはや、丁度良いところに来てくれたものだ」

「あの……言っておきますけど、この村に滞在するのは3日を予定していますから」

「それは、いかんな。では早速、修行といこうか!」


 また聖剣を引き抜くのかと思ったら、素手で仕掛けてくる。慌てて拳を受け止めるが、あまりの重さに大きく後ろに飛ばされてしまうほどだ。この爺さん、元気が良すぎる。


「ほう、不意打ちに近かったのにしっかりと受け止めたか。では、これはどうかな」

「なっ!?」


 曲芸じみた動きで、俺に襲い掛かってくるアーロン。これが本当に老い先短い爺の動きかっ!

 結局、俺は夕暮れまでアーロンに体術をみっちりと教え込まれてしまう。自動回復スキルがなかったら、きっと俺の体は青あざだらけになっていただろう。


「ステータスのコントロールは武器を持たずに素手の方が一番感じやすい。さて、今日はこのくらいにしよう。ではフェイト、家に案内するから付いてきなさい」


 明日もしごかれるのかな……なんて思っていると、向こう側からマインがテクテクと歩いてくるではないか。それを見て、アーロンは一瞬だけ驚いた顔をする。


「まさか……」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。彼女も君の連れかい?」

「そうです。マインっていいます。怒りっぽいんで気をつけてください。手がつけられないじゃじゃ馬なんです」

「それは大変だ、ハハッハッ」

「笑い事ではないんですけどね」


 2人でマインの噂話をしていると、こちらへ向かって歩いているマインがくしゃみをした。

 そして、何故か俺を睨みだすのだった。えええっ、もうオコですか……。

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