第37話 不埒な聖騎士
なんとか、顔に書かれていた落書きを大体洗い流せた。鏡に近づいてよく見ると、おでこに薄っすらとまだ文字が残っていた。
まあ、この程度なら前髪で隠せるし、それに髑髏マスクだってつける。数日ほど経てば、完全に消えてくれるだろう。
俺はせっかくシャワー室に入ったので、昨日の戦いで砂を散々かぶった体を洗うことにした。
「おお……」
思わず声を上げてしまったのは理由がある。なんと髪を洗うための水石鹸があったからだ。顔の落書き洗うのに集中して、固形石鹸しかないとばかり思っていた。
ハート家にいたときでさえ、使用人専用の風呂場には固形石鹸しかなかった。花から抽出した香りを加えた水石鹸は、高級品でおいそれと買えるものではない。それが部屋に備え付けられているとは……。
そういえば、マインが俺に近寄ってきたときに仄かな甘い香りがしたのは、きっとこの水石鹸で髪を洗ったからだろう。
俺は水石鹸が入れられた瓶を手に取る。そして、瓶に何やら紙が貼ってあるのに気がついた。
・使用した場合、買い取りとなり金貨1枚を請求します。
……おいおい。無料ではなかったようだ。それはそうだろう……だって高級品だし。
「くそっ」
もうマインがすでに使っているので、買い取りは確定。どうせ、このことをマインに詰め寄っても、落書きされたから洗い落とすために使ったと言うに決まっている。
まあ、すべては何気なくマインの顔にネコひげを描いてしまった俺が悪いのだ。時間を戻せるものなら、昨日の俺を全力で止めたい。
肉体的にも金銭的にも手痛い仕返しを受けてしまった。ここは、サンドゴーレム討伐の賞金で穴埋めするしかない。俺の予想では、かなりの大金になると思う。余裕で金貨1枚の出費を補填してくれるはずだ。
今から楽しみである。大金を手に入れたら、どうするかな……。とりあえず、焼きたての柔らかいパンを食べよう。そして、肉がふんだんに入ったスープ。考えてきただけで涎が出てしまう。
いかんいかん。まずは頭を洗うか。
俺は花の香がする水石鹸を少しだけ手に取る。
これだけで銀貨何枚分になるのだろうか……ごくり。
王都で門番をしていた頃は、銀貨2枚を貯めるのに数年を要している。なので、俺のような貧乏人にとって、この水石鹸を使うことは、まさに高台から飛び降りるような気分だ。
ここにグリードがいたら、四の五の言わずにさっさと頭を洗えなんて言われそうだ。だがしかし、俺が葛藤していると、
「まだ、早くして。そろそろ出発したい」
おっと、憤怒さんがイライラし始めているようだ。
これは急がないと、また何をされるかわかったものではない。俺は意を決して、頭を洗い出す。うおおおおぉぉ、なんて……気持ちいいんだ。水石鹸、恐るべし! この一回に銀貨数枚の価値はあった。
☆ ★ ☆ ★
さっぱりしてシャワー室から出ると、マインはすでに旅支度を済ませて、ベッドの上に寝転んでいた。
「遅い……待ちくたびれた」
ただ赤い目で見つめられているだけなのに、なんだろうか……この圧倒的な威圧感は。
「まあ、機嫌を直してくれよ、これをあげるから」
俺は買い取る羽目になった水石鹸を寝転んでいるマインのお腹に置く。
「うん、フェイトは気が利く。許してしんぜよう」
「ありがたき幸せです! じゃあ、行こうか」
俺は黒剣グリードを携え、バッグを持って、マインと一緒に部屋を出ようとするが、
「おっと、その前にこれを付けないとな」
バッグから髑髏マスクを取り出して装着。この都市では武人ムクロとして通すことを決めていたのだ。
俺の姿を見たマインは、目を細めてニッコリと笑う。
「男前になった」
「えっ、それってどういうこと? これは正体を隠すために付けているだけで……」
「じゃあ、いこう。フェイト」
「ちょっと詳しく教えて! ねぇ、マイン! あと、このマスクを付けた時は、俺のことはムクロって呼んで!」
俺を無視して先に行くマイン。髑髏マスクを付けたら、男前ってどういうことだよっ!
そんなやり取りを聞いていたグリードは大爆笑。
『よかったな、その姿を褒めてくれる奴がいて……ブッハハハッハハッハッ』
「うるせっ」
どう考えても褒められてないだろっ。まったく……この先、マインとうまくやっていけるか不安になってきてしまう。
頭を抱えていると、1階に降りてしまったマインが俺を呼ぶ。
『ドクロ! 早く!』
「ムクロだから、ドクロじゃないから!」
絶対に弄ばれている気がする。俺が宿泊費を精算していると、勝手に先を行くマインは宿泊施設を出ていこうとするではないか。慌てて止めて、まだ用事があることを伝える。
「なに?」
「昨日の夜、ここから東にある砂漠でサンドゴーレムを倒したんだ。その賞金をもらわないといけないから、ちょっと待ってもらえる」
「サンドゴーレム!? 砂漠化の原因になっている冠魔物……。残念、寄り道して倒す予定だったのに、先を越された」
マインはこれから、砂漠に行ってサンドゴーレムを倒すつもりだったらしい。夜行性の魔物なのにどうやって倒す気だったのだろうか。かなり気になる。
聞いてみようとしたが、しょんぼりした彼女は口を利いてくれそうにない。
「向こうに交換所があるから、行ってくるね」
「……私もいく」
黒斧を腰に下げたマインはトボトボと俺についてくる。
俺に先を越されて、かなりがっかりしているようだ。もしかしたら、憤怒スキルは俺の暴食スキルのように魔物を倒すことで強くなるのかもしれない。なら、冠魔物を逃したのは痛恨だろう。
その分、俺が強くなれたことで許して欲しい。この先、マインと共闘して何かと戦わないといけない。そのためには、俺も強くなっていたほうがいいだろう。
交換所へ着くと、すでに従業員たちが俺を今か今かと待っていた。
「お待ちしておりました、ムクロ様。これがサンドゴーレムの賞金となります」
カウンターに置かれた金貨に俺は息を呑む。マジか……。いいの? こんなにもらって!
髑髏マスクを被っていてよかった。金貨100枚を目にした俺は、きっと人様に見せれない顔をしていることだろう。
それにしても、金貨100枚か。大金過ぎて、使い道が思いつかない。
思いつくまでは、大事にバッグにしまっておこう。
貧乏人まる出しで、周りを警戒しながら金貨をバッグの奥底へ入れていると、マインが物欲しそうに俺の手元を見つめていた。
「マインって、もしかして冠魔物を倒した報酬が目当てだったの?」
「うん、そう。私の旅の目的の一つは、お金集め。私の村は貧乏だから、いつも冠魔物を倒してお金を稼いで、村の資金にしている」
「そうだったんだ。半分いる?」
「いるっ!!」
そんなに力強く言わなくても、あげるから。俺としては金貨50枚でも十分過ぎる。
マインは俺から金貨の半分を受け取ると、自分のバッグに大事そうにしまう。そして、俺に対する表情が少しだけ軟化した。
なるほど、マインにお金を上げると優しくなるか……俺の脳内にあるマイン取扱説明書に新たな1ページが刻まれる。
「お金も受け取ったし、そろそろ行こうか」
「うん」
懐が暖かくなった俺たちは、ホクホク顔で宿泊施設を出ようとする。
しかし、行く手を阻む者たちがいた。
中心にいる1人の男は、黄金色の重甲冑を着て、赤いマントまで付けている。正直、趣味が悪いと思う。その後ろには50人以上の武人らしき男たち。見るからに手練と感じられる風貌だ。
まあ、こういう派手な装備をするのは十中八九、決まっている。
俺は《鑑定》スキルを発動。
・ルドルフ・ランチェスター Lv120
体力:1454000
腕力:1698000
魔力:1576000
精神:1327000
敏捷:1495000
スキル:聖槍技、腕力強化(大)、魔力強化(大)
おおっ! これはすごい。全ステータスが100万を突破している。見かけに騙されていたが、これは本物の聖騎士だ。
聖騎士ルドルフは前に一歩進むと、俺を見下げながら言う。
「お前がサンドゴーレムを倒したという武人か?」
「はい、そうですが」
すると、舌舐めずりをして俺を舐めるような視線で見回してくる。正直に言おう、超キモイ。
「なるほど。まあ、そこそこ強そうだな。よかろう、フクロといったな」
「ムクロです」
「ああ、そうか。ムクロよ、お前は今日から私の部下になれ。言っておくが、お前に拒否権はない」
どうやら、ここを治める聖騎士が代々逃し続けてきたサンドゴーレムを倒したことを評価してくれているみたいだ。なんと、ご褒美として強制で部下にしてくれるという。
「それは困ります。俺にはこれから行くところがあるので」
「何を言っている。聖騎士の私が決めたら、それに従うのが道理だ。さあ、首を出せ。私の領民である入れ墨を刻んでやろう」
王都でも聖騎士の権限はとても強いが、この都市はもう異常だ。聖騎士の領地だから、好き勝手にできるからだろう。どうするかな……俺は黒剣グリードを手に取るべきか迷う。
この聖騎士は話が通じるような輩ではない。あの目は自分よりも格下は虫けら程度としか思っていない。もし、彼の部下になっても、ペットがいいところだろう。
聖騎士は俺ににじり寄るように、さらに近づいてくる。
「さあ、私の部下になれ。従順にしていれば、楽な暮らしをさせてやるぞ」
もう、黒剣グリードを引き抜くか……そう思ったとき、
マインが俺の前に割って入った。
「それは困る。ムクロには私という先約がある」
おっと、状況は一気に雲行きが怪しくなってきたぞ。俺にはわかる。
ここで聖騎士が引かなければ、とんでもないことになると本能的にわかってしまう。
しかし、なんでも思い通りになると疑わない聖騎士は、マインを嘲笑うように言い放つ。
「お前のようなケツの青いガキは家に帰って、ママと一緒におとなしく寝ていろ。次にお前……ぐあああああっぁぁっぁぁ」
ああぁぁ……なんてこった。それは一瞬の出来事だった。
ブチ切れたマインが腰に下げていた黒斧を素早く手に取る。そして、黒斧の腹で聖騎士を思いっきり、空に向かってぶち上げたのだ。
全ステータスが100万以上あるはずの聖騎士がいとも簡単に、宙を舞って宿泊施設の屋根を突き破っていく。それでも勢いはまったく衰えず、彼が治める都市の外壁を越えて、中へと消えていった。
あの聖騎士は生きているだろうか。
まあ、あれだけステータスが高いのだ。そう簡単に死なないだろう……だよね。
マインはスッキリした顔で俺に言う。
「聖騎士はお帰りになった。さあ、私達も出発しよう」
「おっおう」
俺は苦笑いしか……できなかった。
聖騎士が連れていた武人たちは泣き叫びながら逃げ出したり、周りで様子を窺っていた人たちは驚きのあまり腰を抜かしたり……それはもうある意味で、阿鼻叫喚の地獄絵図になっていたからだ。
そして、俺の脳内のマイン取扱説明書に更なる1ページが書き込まれる。彼女を絶対に子供扱いするな。これはとても重要だ、命に関わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます