第36話 武人ムクロ
えっと、どうしたものやら。俺は武人たちの様子をうかがう。背の後ろでは未だに砂漠が燃え上がっている。
もしかしたら、こんな状況を引き起こした俺は、化物呼ばわりされてしまうかもしれない。
俺は髑髏マスクの下で冷や汗をかく。
何か俺から言うべきかと口を開きかけた時、予想に反してリーダーの男がにんまりと大きな笑顔になる。
「大したものだ。こんなことができる武人は、生まれてこの方見たことがない。なあ、お前らもそう思うだろ」
他の武人たちもリーダーに促されるように、頷き出していく。
そして、俺を褒め称えながら近づいてくる。
「そんな髑髏マスクをつけているから、怪しさ満点だが、見かけによらずやるじゃないか」
「さっきは助けてくれてありがとうよ」
「その黒剣はなんていう武器なんだ。ちょっと見せてくれ」
警戒していたのが、バカバカしいくらいだ。今まであったロキシー以外の武人たちがあまりにも糞すぎて、警戒してしまう癖がついてしまったらしい。
思い返してみれば、この人たちは仲間を大事にしていたし、心配して俺を助力するために、死を覚悟して駆けつけてくれたのだ。
リーダーが俺に握手を求めてくる。
「俺はバルドっていう、このパーティーを率いている者だ。君の名を聞かせてくれないか?」
正体を髑髏マスクによって隠しているので、前もって用意していた偽名で答える。
「ムクロだ。あなた達のパーティーで負傷した人たちは?」
「ああ、おかげさまで命に別状はない。先に都市に帰らせた。治療を受ければ、直に良くなるだろう」
「そうか……」
それはよかったな。
さて、このサンドゴーレムのコアをどうしようか。都市に持って帰って、換金すればきっとすごい大金になること間違いなし。
旅の軍資金がぐっと増える。マインの旅費もなし崩し的に俺が立て替えているから、お金は欲しいところだ。
もう、武人ムクロとして人目に晒しているし、今更尻込みをしても仕方ないか。
俺は黒剣グリードを鞘に納めて、コアを持ち上げようとする。
大きさは俺の身長と同じくらい。ずっしりとした重さがあって、担ぐと足が大きく砂の中へと沈んでしまうほどだ。
俺のステータスなら難なく持てるのだが、如何せん足場が悪すぎる。進むごとに膝まで砂に埋まってしまうのだ。
見かねた周りの武人たちが俺に近寄り、手を差し出してきた。
「俺たちも手伝おう。なぁに、手間賃なんか請求せんよ。なあ、お前ら!」
威勢がよい野太い声が砂漠を駆け抜ける。みんなの手がコアを支えだした途端、重さは和らぎ、砂から抜け出すことができた。
「助かるよ」
「君には助けられたんだ。これくらいはさせてくれ」
それからは皆で掛け声を出しながら、都市をひらすら目指した。たまにはこういうのもいいものだ。
なんとか夜が明ける前に都市の宿泊施設にたどり着く。もし、俺一人だったら、まだ砂漠に埋まりながら、大して先に進めなかっただろう。
チームプレーさまさまだな。
宿泊施設の中へ入ると、従業員たちが一斉に駆け寄ってきた。
そして、俺たちが持っているコアを見て、大騒ぎだ。その中で責任者らしき人が、恭しく頭を下げて、換金所へと案内を始める。
「いや〜、まさか……あのサンドゴーレムを倒されるとは、今日は本当に喜ばしい日です」
サンドゴーレムーー固有名詞が付いた冠魔物。話を聞くに、砂漠を広げている魔物のボスだというのだ。このサンドゴーレムを倒そうと、都市を管理する聖騎士が代々、躍起になっていて戦っていたという。
だが、あと少しのところで、いつも砂の中へと逃げ込まれる。
その繰り返しがここ数百年もの間、続いていたらしい。
言われてみれば、たしかにサンドゴーレムの逃げ足は半端なかった。負けそうになった瞬間には砂の中へ消えていたからな。
あの逃げ方は聖騎士との戦いの中で数百年もの歳月をかけて研ぎ澄まされていたからなのか。
まあ俺だって、グリードの第1位階の奥義を使わなかったら、砂漠の上で「ちくしょー」と言いながら地団駄を踏んでいたと思う。
換金所でも大騒ぎだ。人集りができて目立ってしまっているが、この際武人ムクロを売り込んでおこう。領地を蝕む仇敵を倒したのだ、怪しい髑髏マスクをつけていても、殆どの者は好意的に受け止めてくれる。
一部の者は訝しげに俺を睨んでいたが、気にしても仕方ない。
換金は大金を用意しないといけないために後日となった。
「すみません。まさか、サンドゴーレムを討伐される方が聖騎士様以外にもいらっしゃるとは夢にも思いませんでしたから……。金額は上層部に掛け合って、適正な価格を提示させてもらいます。ですので、今日はごゆっくりとお休みください」
「わかりました。では、おやすみなさい」
俺はここまで運んでくれた武人たちにお礼を言う。
すると、彼らが酒場で一杯飲んでいこうと言い出した。
「どうだい。戦った後の一杯は格別だぞ。それにサンドゴーレムを倒した時の話を聞かせてくれよ」
酒を飲むのは魅力的な話だ。しかし、サンドゴーレムについては語る気にはなれなかった。まだまだ素人丸出しで、グリードに頼りっきりの戦いだった。
きっと、俺の目の前にいる武人たちの方が、戦いにおいては大先輩。そんな彼らを失望させたくはないので、丁重にお断りする。
「そうか、残念だ。俺たちはしばらくはこの都市を拠点にサンドマン狩りをするつもりだ。用があったら、いつでも声をかけてくれよ。じゃあな、ムクロ!」
「ああ、また」
俺は、借りている3階の宿泊部屋に向けて、大きな中央階段を上がっていく。一応、俺の後を付けてくるような奴はいないか、確認しながらだ。
はじめにここを訪れた時は素顔だったので、過剰かもしれないが警戒しておいて損はないだろう。
「えっと、どの部屋だったけ……」
各階に500部屋もあるので、多すぎて自分の部屋がどこだったかわからなくなってしまう。マズいぞ、どの部屋も同じ見えてしまう。
焦る俺にグリードが呆れながら教えてくれる。
『ここから左に14部屋、行ったところがお前の部屋だ』
「グリードって意外にも記憶力がいいんだな」
『意外にもは余計だ。俺様は無機物だからな。人と構造が違って記憶力がいいんだよ』
無機物ってすごいな。そんな感想を抱きながら、部屋の鍵を開けて中に入る。
やっと休める……。
2つあるベッドの一つには、猫髭を生やしたマインが爆睡している。この調子なら、まだ落書きは気づかれていない。
さて、俺も寝よう。もうくたくただ。黒剣グリードを壁に立てかけて、髑髏マスクを取る。
ベッドに飛び込むとすぐに睡魔が襲ってくる。物凄い眠気だ……もしマインのように落書きされても、起きれる自信がないくらいの眠気だ。意識はあっという間に暗転した。
★ ☆ ★ ☆
何か……水が打ち、流れる音で目が覚める。欠伸をしながら部屋を見回すと、マインがいない。
すると水音が止まり、しばらくして下着姿のマインが部屋にあるシャワー室から出て来るではないか!?
「ちょっと、なんて格好でっ!」
「別にフェイトのような子供に見られても恥ずかしくない」
俺よりも年下の姿をしてよく言ったものだ。
ん? 白い入れ墨は服を着ているとわからなかったが、胸元やお腹まで刻まれている。振り向いた時の背中まで……。ほぼ体中にある。ないのは顔くらいだ。
そして目が合うと、彼女はニッコリと笑う。
「よくもあんなイタズラ書きを……なかなか消えなくて、本当に困った」
「!? あれは出来心で……ごめん」
「本来なら、フェイトを寝たまま3階から外へ放り投げるところ。だけど、今あなたに怪我をしてもらっては困る。だから、こうした」
マインは下着姿のまま、手鏡を片手に近づいてくる。目のやり場に困る。
「見て、力作。礼はいらない」
「なんと!?」
手鏡に映し出された俺は原始人のような顔をしていた。太く眉毛は繋がり、描かれた髭は口の周りを一周して、もみあげとくっついている。
そして、おでこには、暴食と書かれている。……これは酷い。気のせいか、読心スキルが発動していないのに、壁に立てかけてあるグリードの笑い声が聞こえてくる。
「ネコひげを可愛らしく描いただけだよ。それなのに、俺は別人にされているじゃん」
「よく似合っている。似合っているよね!」
マインの赤い目は似合っているしか認めないと言わんばかりだ。
「わかったよ。俺が悪かったよ。だから、マインは服を着てくれ」
マインは俺を男として見ていなくても、俺は気になってしかたないのだ。年頃の男を舐めんなっ!
俺は逃げるように、すぐさまシャワー室に入る。そして、マインの報復によって変わり果てた顔を洗う。念入りに描かれていて、全然……落ちねぇ……。
さすがは憤怒スキル保持者。やられたら10倍、20倍返しが基本姿勢なのだろう。
これからマインと一緒に旅をするからには、よく覚えておこう。
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