第35話 紅き雷鳴
まずは一撃。胴体に黒剣で深く斬り込みを入れる。
サンドゴーレムは敏捷が低い。豪腕から繰り出される打撃は脅威だが、当たらなければどうということはない。このまま撹乱しながら、岩の体を削り取っていってやる。
背後に回って、黒剣を差し込む。さらに離れ際にも、背中を横に斬り裂く。
ん? なんだか……手応えがない。一旦距離を取りながら、感じるこの違和感。
普通の魔物なら、これだけの攻撃を与えれば動きが鈍ってくるはずだ。しかし、サンドゴーレムは、まったくもってダメージを受けている様子がない。
「もしかして、サンドゴーレムもサンドマンのように本体はコアだけなのか?」
『やっと気づいたか、わかるまで3撃も必要とは、まだまだだな』
「これでもかなり早めに気がついたと思うけど」
つまり、サンドゴーレムの巨大な人型はコアが自然の砂を岩に変えて、形を構成しているにすぎない。
だから、いくら外殻となっている岩を攻撃しても、本体のコアにはダメージが届かない。倒すにはあの大きな体の中に存在するらしいコアに直接攻撃のみ。
一体、コアはサンドゴーレムのどこにあるのだろうか。透視できれば直ぐに解決なのだが、そんな力はないので、
「切り崩して、小さくしていくか」
『地味だな』
「うるせっ」
それに、ほかにも目的があるのだ。それはタイマン勝負を利用した戦闘技術の向上。
以前、戦った冠魔物ーー【慟哭を呼ぶ者】コボルト・アサルト戦において、俺は敵との戦闘経験の差を感じて直接対決を避けた。グリードの第一位階である黒弓の奥義での力押しに逃げたのだ。
あの時はハート家の領地がかかっていたので、負けられない戦いだったから仕方ないといってしまえばそうなのだろう。だけど、あのような戦い方を続けていて、この先乗り切っていけるのか、不安を覚えてしまう。
『まあ、鈍いし練習台として、最適だろう。だが、敵を見くびるなよ……あれは冠魔物だ』
「……おっおう、言われなくても」
どうやら、俺の考えはグリードにはお見通しだったみたいだ。グリードはいつもふざけているわけではない。いざとなったら、ちゃんと使用者である俺を気にかけてくれる。口は悪いけど……。
「近接戦闘や戦いの駆け引きをここで鍛える」
『なら、やってみろ』
俺は黒剣を握りしめて、一気に間合いに入っていく。
サンドゴーレムは俺にすぐに反応。両腕を振り上げて攻撃をしてくる。
遅い。
俺はそれを躱しながら、繰り出された右腕を黒剣で切断する。さらに続け様に左腕も斬り上げる。
宙を舞うサンドゴーレムの両腕を見ながら、得体の知れない感覚が脳裏を襲う。あまりにも容易過ぎる、これが冠魔物の戦い方か? 以前戦った奴はもっと好戦的で、肉を切らせて骨を断つといった感じだった。
戦闘経験が豊富そうなのに、なんでサンドゴーレムはこれほど受け身な戦い方をするんだ。まるで俺を誘い込むような……その時、グリードが《読心》スキルを通して、警告を発する。
『フェイト、後ろへ大きく後退しろ!』
途端に、サンドゴーレムに異変が起こる。大きく膨張して、体を構成している無数の大岩を四方八方へと吹き飛ばしてきたのだ。
「くっ」
俺の体よりも大きい岩が、物凄いスピードで接近してくる。飛び上がって空中にいる俺は躱すことができずに衝突。
とんでもない衝撃が俺を襲い、予想以上に後ろへ後ろへと吹き飛ばされていく。
やっと着地しても、しばらくは砂の上を派手に転がる有様だ。
「あの体は武器にもなるのか」
『だから油断大敵だと言ったろうが』
口の中に溜まった血を地面にぺっと吐きながら、豆粒ほどに離れてしまったサンドゴーレムを見据える。
かなり飛ばされてしまった。もし、黒剣グリードで直撃を防いでいなかったら、すぐには立ち上がれない重症を負っていたかもしれない。危ない、危ない。
さて、サンドゴーレムの手札は大体わかってきた。これは良い訓練になっている。
「いくぞ、大岩の弾幕を躱しながら、コアを目指す」
『フェイト、俺様をうまく使ってやってみろ』
サンドゴーレムは宙に浮く大きなコアを起点として、無数の大岩を呼び込んでいる。また、元の形に戻ろうとしているのだ。
俺は黒剣を黒弓に変えて、再度接近を開始する。
火の魔矢を放ちながら、砂を駆ける。すべてコアを狙っているが、大岩が盾となって邪魔をしてくる。
いいさ、狙いはそこじゃない。巻き上げる砂と爆炎が辺りの視界を奪っていく。
それに紛れて、サンドゴーレムのコアを一直線に目指す。
形が完全に構成できていない。このまま両断してやる。グリードの形状を片手剣へ変更。
しかし、あと少しのところでサンドゴーレムがまたしても、作りかけの体を破裂させる。
「チッ、またか」
だけど来るとわかっているなら、目が慣れた今、俺の敏捷で躱せないことはないはずだ。
『フェイト、前に踏み込め。後ろには下がるな!』
「わかっているさ」
次々と飛んでくる大岩を躱し、挟み込むように飛んでくる大岩は斬り伏せ、叩き落とす。
もうすぐといったところで、またしてもコアへの俺の接近を阻もうとする。
俺の足元の砂が舞い上がり出したのだ。
これはサンドゴーレムが所持している《砂塵魔法》スキル。なるほど砂嵐を作り出し、俺をその中へ巻き込み、宙に浮く大岩たちによって擦り潰す気なのだ。
すぐさまグリードがこの状況に対応するために、俺を促す。わかっているって。
『フェイト! 大鎌だ』
「おう」
黒剣から黒鎌へ。渦巻く砂塵を一振りで斬り裂く。
スキルから発生した事象は打ち消してやった。ついでにコアを守ろうとする大岩も片っ端から斬り落とす。
残ったのは丸裸になったサンドゴーレムのコアだけだ。もう一度、砂塵魔法を使っても、この黒鎌で無効化。もうサンドゴーレムに打つ手はないだろう。
さあ、このまま大鎌で一刀両断してやる。
俺は大きく振りかぶり、赤いコアを絶とうとした時、
「ええっ!!」
『フェイト、早くとどめを刺せ』
「そう言われても……」
なんとサンドゴーレムのコアが勝てないとわかると、砂の下へ潜り込んで逃げ出したのだ。まさかの逃亡に唖然としてしまう。
だが、ここまで来て逃がすわけがない。サンドゴーレムを今日のメインディッシュと決めている。
それにあれだけヘイトを貯めた状態で逃してしまえば、そう簡単にはヘイトが解消されないだろう。今後、この砂漠に訪れた他の武人たちを目の敵にして、被害が出てしまう可能性がある。
多少無茶をしてでも、仕留めるべき。俺は黒弓へと形状を変えながら言う。
「グリード、あれをいくぞ。俺から全ステータス10%を持っていけ」
『10%? 足りないな。どこに逃げたかわからないサンドゴーレムだ。もしかしたら、砂の奥底にひそんでいるかもしれない。深くえぐるためには20%寄越せ』
相変わらず、強欲だな。まあ、早くしないとサンドゴーレムがどんどん遠くに逃げてしまう。迷ってる暇はない。
「わかった、やってくれ」
『勝つためなら、ステータスの目減りを気にしなくなってきたな。いい傾向だ! ではいただくぞ、お前の20%を!』
俺から力が黒弓に吸い取られていくの感じる。得もしない脱力感とともに、右手に握る黒弓が強大な力を放ち出してしく。
更に大きく、もっと禍々しい兵器へと変貌する。
弦を引き魔矢を精製。そこへ火属性を加える。
狙うはサンドゴーレムのコアが消えた砂の下……そこを起点とした広範囲を吹き飛ばす。
「蒸発しろっ!」
相変わらずの強い発射の衝撃に大きく後退させられながら、放たれた燃え盛る稲妻。砂漠の深くをえぐり、最深にある硬い岩盤を丸裸にして、ひたすら突き進んでいく。
過ぎ去った後には、砂漠に大きな谷が出来上がり、2つに分断されていた。
そして、深い谷底は炎の海と化している。爆風で大量の砂が巻き上がっているので、ちょっと息がしづらいくらいだ。
倒せたかなと思っていると、無機質な声が聞こえてきた。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに総計で体力+538000、腕力+494500、魔力+311500、精神+353000、敏捷+120000が加算されます》
《スキルに砂塵魔法が追加されます》
おや、どうやらサンドゴーレムだけでなく、攻撃範囲内にいたサンドマンたちまで、もろとも倒してしまったようだ。ラッキー!
そして、冠魔物という良質な魂を喰らう暴食スキルの歓喜が襲ってくる。ここが今日の成果を見せるときだ。俺は心に直接流れ込んでくる衝撃に流されまいと、ひたすら耐える。
「ぐぐっ……ゔゔぅう……ふぅ〜。どうだ、前回のようにのたうち回らずにすんだぞ、グリード!」
『なんとか、持ちこたえるようだな。よだれが少し垂れているようだが』
「おっと」
よだれを拭いながら、黒剣を鏡のようにして瞳を確認する。両目とも黒い。
ある程度、暴食スキルを耐え凌けたし、半飢餓状態も解除できた。俺としてはかなりの進展だと思う。
暴食スキルの飢えが日に日にひどくなってきていたので、内心……ガリアまで持つか心配だったのだ。この調子で暴食スキルの耐久性をつけていけば、なんとかなるかもしれない。少しだけ希望の光が見えてきたような気がする。
そんな俺に声をかける人がいた。さっき避難していった大パーティーの人たちだ。全員でないところを見るに、俺を救援するためにまだ戦えそうな者たちでパーティーを再編成して、戻ってきてくれたようだ。
リーダーが俺の後ろに広がる変わり果てた砂漠を見て、唖然とする。
「こ、これを君がやったのか……一体どうやって……サンドゴーレムはどこへ」
するとタイミングよく、空からサンドゴーレムのコアが俺とリーダーの間に落下してくる。コアは酷くひび割れており、色は赤から青へと変色していた。
「ここにあるけど、なにか?」
さて、どうしてものか。結局、俺はグリードが言っていた「辺り一面を吹き飛ばす、これだな」をやってしまったわけだ。
できるだけ、平然を装いながら巨大コアに近寄って、軽く叩いてみせる。
それに対して、救援に来てくれた武人たちはあんぐりと口を開けたまま、息をするのも忘れているように見えた。
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