第32話 滅びの砂漠

 警備兵に教えてもらった宿泊施設は、旅人をまとめて収容できるほどの大きさだった。遠目からでも、その大きさを実感できるほどだ。


 他の旅人の波に乗って中に入ってみる。


「これはすごいな……」


 たくさんの商店が併設されており、外に出なくてもすべてが揃ってしまいそうだ。この都市ではよそ者に行動制限をかけているので、そのための配慮だろう。


 寝ているマインを背負いながら、キョロキョロしていると施設の従業員が声をかけてくる。


「お泊りですか?」

「はい、2人です」

「かしこまりました。では、こちらへ」


 丁寧な接客に感心しながら、従業員の後についていく。そして大きな中央階段が見えてきた。


 宿泊用の場所は中央が吹き抜けになっており、そこへ階段が設けられて上の階に行けるようになっていた。下から見上げれば、部屋は数え切れないほどある。


「足元にお気をつけください。お客様の部屋は3階となっております」

「ここから見ても部屋数が相当ありますね。どれほどあるんですか?」

「この宿泊施設は5階まであり、各階に500部屋。合わせて2500部屋となっております」


 2500部屋とは圧巻である。王都でもこれほどの部屋数を持った宿泊施設はなかった。大きくて1000部屋程度だ。


「初めて訪れた皆さんが驚かれます。この都市自慢の宿泊施設ですから。お気づきだと思いますが、この都市では他所から来た方に行動制限がかかっています。そのため、旅人や行商人などの一時的な宿泊施設として、ここが運営されています」

「そこまでするのは、都市をうろつかれて悪さをさせないためですか?」


 従業員は言葉を濁しながら、ゆっくりと頷く。


「でも、この宿泊施設ならお客様の自由です。お持ちの武器も所持してもらって構いません」

「それは助かります。武器を取り上げられたら、丸裸同然ですから」


 訪れた知らない都市で、宿に泊まるためにいきなり武器の所持まで禁止されたら怒る者もいるだろう。


 もし寝ているマインが黒斧を取り上げられたら、ブチ切れそうな予感がする。憤怒スキル保持者がどれほど強いかはまだ分からないが、大暴れしてただで済むとは思えない。武器の所持を許可されて、ほっとしてしまう。


 階段を登り、部屋の前まで来た時、従業員がいいことを教えてくれる。


「お客様たちは、装備を見るに武人みたいですね。もし、そうならサンドマン狩りをやって行かれたらどうですか? 都市からそれなりに賞金が出ますよ」


 これは渡りに船か! ちょうど暴食スキルが腹を空かし始めているところだ。


「ぜひ、教えてください。俺は腹が減って……いや、一稼ぎしたいと思っていたところなんで」

「それはこちらとしてもありがたいです。この時期、サンドマンは活発化しているので、都市にいる武人たちだけでは手が回らないです。だから、外部から武人を呼んで増援しているんです」


 なるほど、猫の手も借りたいというわけか。

 俺は詳しい情報を聞くために従業員と共に部屋の中に入る。そして、マインをベッドに寝かせ、黒斧を壁に立てかける。


 それほど広くない部屋には、簡素なテーブルと椅子2つがあったので、そこに座り、サンドマンについていろいろと教えてもらう。

 

 サンドマンは都市から東に進んだ砂漠にいるという。

 砂漠にだけ住む魔物なので、ほっといていいのではと思ったが、討伐に固執する理由があった。


 この魔物は自分たちの生息域を広げるために周りの緑を砂漠化していくそうだ。なにも対処しなければ、増え続けてどんどん砂漠を広げる。


 近くには水源となる森や広大な農地があり、もし砂漠化してしまえば、領地に住む人々が生きていけなくなる。


 なんとなく聞いていたが、サンドマン狩りは領民たちにとっても死活問題だった。だから、この従業員も俺たちが武人だとわかると、サンドマン狩りを勧めてきたのだろう。


 俺は二つ返事で了承する。サンドマンは夜行性なので、これからすぐに砂漠へと行くことになる。


「サンドマンは砂の姿の中に赤いコアがあります。それを割るか、ヒビを入れると倒せます。死んだら、コアの色は赤から青へと変わります。そのコアを施設内の交換所に持っていってもらうと現金とお引き換えいたします。では、よろしくお願いします」


 従業員は頭を下げて、部屋を出ていった。

 さて、俺は砂漠に行くのだが……この爆睡中のマインをどうしようか。何も言わずに出ていったら怒りそうだし、無理に起こせばこれまた怒りそうだ。そんな気がする。


 仕方ない。メモ書きを置いていこう。俺は、都市の東にある砂漠に行ってサンドマンを狩ると書き置きする。そして、マインの穏やかな寝顔を見て……ふと魔が差してしまう。


 ペンを片手に、彼女の両頬に猫のひげを3本ずつ、丁寧にしっかりと書いてみる。なかなかの完成度ではないか。よく似合っている。

 さあ、大猫が寝ている間に、サンドマン狩りに勤しもう。


 手に持った黒剣グリードが《読心》スキルを通して、言ってくる。


『フェイトよ、恐れを知らないやつよ。マインにあんなことをしておいて、俺様はあとでどうなっても知らんぞ』

「ちょっと、顔に落書きしたくらいで、大袈裟だな」


 これから砂漠へ向けば、着いた頃にはちょうど夜になるだろう。そうだ、聖騎士の領地なら、あんまり派手に戦えば悪目立ちして面倒に巻き込まれるかもしれない。できるだけ素性は隠して方が賢明だ。


 なら、あれの出番だな。王都を出てから、ずっと使っていなかった認識阻害の機能を持つ髑髏マスクをバッグから取り出す。


 砂漠に入ったら、髑髏マスクをつけて、盛大にサンドマンを狩ってやる。なら、黒い外套も着て行ったほうがいいか。


 さらに、黒剣グリードを黒鎌に変えてやれば……。これはもうどこに出しても申し分ない、リッチーの出来上がりだ。まあ、そこまでは成り切らないけど。


 だけど、そろそろ魔物リッチー設定は、無くしてもいいじゃないかと思う。

 もう、王都で使用人だった頃の二重生活とは違う。そうだな……髑髏マスクを被った武人ムクロとでもしておくか。これで、砂漠で魔物を喰らいまくっても、俺だとはバレないだろう。


 あとは、交換所で提示するサンドマンのコアをヘイト上限となる10個に抑えておけば、完璧だ。


 そんな俺にグリードは言う。


『だと、いいんだけどな……』

「出だしから不吉なことを言うなっ」


 俺は寝息を立てているマインに小声で、「行ってきます」と言って部屋を出た。

 階段を降りていくと、幾人かの武人たちも俺と同じように装備を整えてホールに集まりだしていた。


 おそらく、サンドマン狩りのパーティーだ。次第に人数は増えて、20人。かなり大掛かりな狩りをするようだ。


 彼らとは鉢合わせにならないように気をつけよう。折角の食事を邪魔されたくはない。

 久しぶり、気の赴くまま自由に狩りをしてみたい。


 ん? なんでこんなに駆り立てられてしまうのか……嫌な予感がして、黒剣を鏡のように使って、瞳を見ると……やはり右目が赤く染まっている。俺は半飢餓状態に陥っていた。


「参ったな……もう片目を持っていかれている」

『フェイト、お前は暴食スキルに流されすぎだ。少しは耐えることを知ったほうがいい。そうだな……このサンドマン狩りでは、半飢餓状態をギリギリで維持しながら、戦ってみろ。それによって、暴食スキルに抗う術を身に着けていけ』


 グリードは簡単そうに言ってのけるが、身のうちから俺を支配しようとする本能にも似た欲求は、とても抗え難い。たまに自分のものと間違えてしまうほどだ。


 でも、やっていくしかない。少しずつ少しずつでも抗う力を身につけないと……その内……全部が呑み込まれる。そんなことは俺自身が一番わかっているさ。


『お前の中で蠢く暴食スキルとちゃんと向き合える落とし所を見つけなければ、そう遠くない未来に、お前はお前として生きてはいけなくなる』


 グリードの言葉が重く俺にのしかかる。

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