第33話 重なる衝撃
俺は宿泊施設に集まっていたパーティーの後を、こっそりと尾行している。
理由は単純。20人もの大パーティーの狩りというものをこの目で見てみたかったからだ。
黒い外套を着て、髑髏マスクを被った俺は怪しさ満点なので彼らに見つかってしまえば、ただではすまないだろう。20人の武人たちに囲まれて、そのまま戦闘になってもおかしくはない。
それでも、やっぱり見てみたい。互いの長所を高め合い、短所を補い合うチームワークを知りたいを思ったのだ。俺の場合は、それを1人でこなさなければいけないので、きっと彼らの戦術は参考になるはずだ。
あと、グリードが言った飢餓状態に耐える訓練も兼ねている。目の前に魔物がいても、欲望に負けることなく、じっと我慢できるか、試してやる。
この感覚は目の前に餌を置かれてお預けされた犬に近いと思う。そして、その餌は他の者に狩られてしまうとわかっている。こんな状態で、暴食スキルが怒り狂わないか心配だ。まあ、まだ半飢餓状態なのでどうにかなるだろう。
雲が出てきて、薄暗い夜なのに尾行している武人たちは明かりもつけずに歩いている。
う〜ん、20人すべてが暗視スキルを所持しているとは思えない。なら、どうして……。
その答えをグリードが《読心》スキルを通して教えてくれる。
『お前の髑髏マスクと同じ魔道具の一種を奴らは持っているのだろうさ。魔物は夜行性タイプが結構いる。それを狩るため、暗視スキルと同じ効果を持つ魔道具は必須だったのさ。ガリアでは量産されていたから、暗視効果を持つ魔道具は世界中でかなり出回っているはずだ。しかし、今では製法が失われているため、高級品でおいそれと買えるものではないがな』
「なるほどな、俺はスキルがもりもり増えていくから困らないけど、普通ならいろいろと装備を整えないといけないのか。お金がいくらあっても足りなさそうだな」
思い返してみれば、俺の基本装備って黒剣グリードだけなんだよな。髑髏マスクは正体を隠したい時に使うだけだし。
「俺も装備を増やした方がいいかな?」
『ハハッハッ、お前にそんな小細工は必要ない。お前には暴食スキルがある。ステータス・スキルを増やし放題。他の者はそれが出来ないから、魔道具などに頼るのだ』
グリードは、自身を強化するため魔道具を買うなど愚の骨頂。そんなことより有用なスキルを持つ魔物の魂を喰らってしまえば、解決するだろうという。まさにその通りである。
そうなんだけどさ。魔道具をいろいろ集めて所持するって、なんかいいじゃん。すると、鼻で笑われた。
『はっ、そんな不要なゴミをたくさん持って旅をするのか? 邪魔なだけだ。俺様だけでいいんだよ!』
魔道具をゴミと言い放ったぞ。そして、痛烈なグリード押しである。
まあ、第2位階まで開放しておいて、今更グリードを失うなんて考えられないのは確かだ。
しかし、それを本人に伝えると、ものすごく調子に乗りそうだ。絶対に言わない……言わないぞ。
俺は唯一所持している魔道具ーー髑髏マスクに手を当てる。お前だけは大事にしよう。
しばらくは武人ムクロとして、正体を隠すつもりだからだ。特にロキシーの前ではフェイトとしてはいられない、もしガリアで再会してもこの仮面を被り続ける。
だって、ガリアに行けば、魔物共を食い散らかす……ことは避けられない。そんな化け物じみた姿を彼女だけには見られたくない。
もし、彼女に否定されたら、俺はガリアに来たことすら後悔してしまうだろう。そんな状態でまともに戦えるとは思えない。だから、この俺のすべてを隠してくれる髑髏マスクはどうしても必要だ。
『おい、フェイト。仮面に固執して自分を見失ってしまうと、それが心の隙間となって暴食スキルに付け込まれるぞ。頼るなら、俺様にしておけ!』
「わかったって、俺様押しはわかったから……頼りにしているよ」
『ハハッハッ、よく言った。大船に乗った気分でいるといい』
泥舟じゃないことを願いたい。だって、グリードはなんでも大きく言う癖があるからさ。
第二位階の時も、事象を断つなんて言っていたが、蓋を開けてみればスキル限定だったわけだ。
まあ、これでも十分強いだけど……。
ようは、グリードの調子の良い発言を鵜呑みにしていると痛い目に遭うことが多々あるのだ。
グリードの笑い声に頭痛を覚えながら、一定の距離感を保って武人たちの後を追う。次第に、足元が草原から荒野……砂漠へと変わっていった。
「かなり大きいな。地平線の向こうまで砂漠だ」
『サンドマンが長い年月をかけて、せっせと生息域を広げているんだろう。この調子なら、1000年後にこの領地は砂漠に沈みそうだな』
1000年か……気が遠くなる話だ。俺は少なくとも寿命が尽きて生きてはいないだろう。
初めての砂漠に俺はちょっとだけ興奮しながら砂山を作っていると、尾行していた武人たちが戦闘を始めた。
『始まったな』
「おう、お手並み拝見だ」
しばらく、戦いを見守っていたが、この大パーティーは魔法メインの構成だ。
火炎魔法を扱う魔術士の5人が主体となって、サンドマンを倒している。残りは盾役兼サンドマンを集める役が10人。
あと、予期せぬ行動を取るサンドマンを引きつける役の剣士や槍士が5人。……といった具合だ。
皆がしっかりと役割を果たし、サンドマンを一箇所に集める。そして、火炎魔法で焼き払う。遠目からは、簡単そうな流れ作業のように見える。
そう見えてしまうほど彼らの手際はよく無駄がないのだ。これぞ、サンドマン狩りに長けた武人たちの仕事である。
俺はそれを見ながら甚く感心していると、グリードが欠伸をする。
『つまらん、狩りだな。同じことの繰り返し、まったくもってつまらん』
「だったら、どういう狩りがいいんだよ?」
『サンドマンごと辺り一面を吹き飛ばす、これだな』
アホか……俺はハート家の領地で破壊した渓谷を思い出す。あんなことをしたら、後が大変なんだよ。
それに、半飢餓状態で耐えながら戦うんだろうがっ。
「豪快過ぎる戦いをすれば、一気に暴食スキルが満足してしまうだろ。今回の耐え凌ぐ話はどこにいった?」
『睨むな、睨むな。例えばの話だ。今、それをやれとは言っていないぞ。さあ、フェイトよ! そろそろ、俺様たちもサンドマン狩りを始めようぞ!』
グリードが提案してきたのは、ゴブリン狩りの時のように片っ端から倒していくのではなく、1匹1匹ずつ間隔をおくものだ。
サンドマンを1匹倒して、しばらく暴食スキルから湧き上がってくる疼きに耐える。そして、次のサンドマンを狩るといった具合だ。
今も何気に……暴食スキルからくる飢えの大波に流されそうで結構やばかったりする。
大パーティーの武人たちの狩りを観戦しながら長い時間を耐えたので、そろそろサンドマンの1匹を狩ってもいい頃だ。
俺は尾行をやめて、仲良く狩りをする彼らから離れるように歩き出す。
砂の山を幾つも越えていくと、1匹のサンドマンを発見した。
早速、《鑑定》スキルを発動。
・サンドマン Lv30
体力:1760
腕力:890
魔力:1330
精神:1760
敏捷:100
スキル:精神強化(中)
ガーゴイル・ノアに毛が生えたくらいの強さだ。ナメクジのように歩く様からもわかっていたが、やっぱり敏捷が低い。よほどのミスをしない限り、捕まらないだろう。
さて、どうやって倒すか。先程の大パーティーの魔術士は炎系魔法でサンドマンを焼き払っていた。たぶん、炎が弱点なのだろう。
なら、ガーゴイルから奪った炎弾魔法の出番だ。
ちょっと距離が遠すぎる感じもするけど、やってみるか。俺は左手をサンドマンに向けて、《炎弾魔法》スキルを念じる。すると、手の前に紅蓮の火の玉が構成されていく。
うん、魔法って発動まで時間がかかるな。出来上がった火の玉を、サンドマンに狙いをすませて、放つ。
「あれっ!?」
『ハハッハッ、フェイト。お前……下手くそ過ぎ。そこには何もいないぞ』
俺が放った炎弾魔法はサンドマンに届かず、さらに方角すら違う場所に着弾した。
砂が盛大に燃え上がる。そしてサンドマンが、俺に気が付いてのっそりと動き始めた。あの速さなら俺のところにやってくるまで、かなり余裕がある。
『プッ……どうした。暴食スキルの疼きで手元が狂ったのか?』
「笑いたければ、笑えばいいさ。初めての魔法だから、あんなものさ。次こそは……」
そんな俺に、急に笑うのをやめたグリードが言う。
『仕方ない。俺様が力を貸してやろう。形状を魔弓に変えろ』
言われた通り、黒弓にしてサンドマンに向かって構える。
「このまま、いつものように魔矢を放つのか?」
『違う。魔矢を放つ前に炎弾魔法を念じてみろ』
黒弓を引き、俺の魔力から矢を精製。いつもならここで矢を放つ。
今回は更にもう一手間加えろと、グリードは言うのだ。
物は試し、頭の中で《炎弾魔法》と念じてみる。すると、黒い矢が、赤く燃え上がった。
「これは……炎を宿した矢なのか」
『どうだ。俺様の魔弓は、矢にお前の魔法を上乗せできる。つまり、フェイトが持つスキル次第で属性攻撃も可能というわけだ』
しかも、魔法みたいに発動まで時間がかかることがない。魔術士ではできない、連射魔法が可能だという。
いけっ。放った炎の魔矢は寸分違わず、サンドマンの頭に命中する。
『使い心地はいいか?』
「ああ、最高だ! 必中だしな」
燃え上がるサンドマンを見ながら、普通に魔法を使うのはやめにした。今後は黒弓を通して、使っていこう。そのほうが俺に合っている。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+1760、腕力+890、魔力+1330、精神+1760、敏捷+100が加算されます》
《スキルに精神強化(中)が追加されます》
サンドマンの魂を喰らい、少しだけ満たされた俺は目を瞑る。
さて、これからしばらくは狩りを中断して、暴食スキルの飢えに耐える時間だ。
果たしてこれを繰り返して、半飢餓状態の先にある飢餓状態を押さえ込めるようになるのだろうか。今はグリードの言葉を信じるしかない。
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