第30話 憤怒の少女
テトラから荷馬車に相乗りさせてもらい、次なる都を目指す。
いい天気なので、思わず欠伸まで出てしまうくらいだ。
「兄ちゃん、そんな呑気に欠伸して……ちゃんと護衛はできるのかい?」
「すみません」
俺は荷馬車に乗せてもらう代わりに、護衛をさせられている。といっても、ただではなく、銀貨3枚が成功報酬だ。このお金をもらうためには、この中年の行商人と積み荷を目的地に着くまで無事に守り続けないといけない。
盗賊や普通の魔物なら、どうにかなりそうだ。しかし、冠魔物が現れたなら、行商人には積み荷を諦めて逃げてもらったほうが懸命だろう。
「それにしても、兄ちゃんは本当に強いのかい? そうは見えないんだが」
「そこそこ戦えますよ。大体、新人聖騎士くらいは強いかな」
すると、行商人の男が腹を抱えて笑い出す。危うく、手に持っていた綱を引っ張って馬たちをびっくりさせてしまうほどだ。
「おいおい、大きく出たな。聖騎士様と同じだって! 悪いことは言わねぇ。嘘でもそんなことをこれから行く都で絶対に口にするんじゃないぞ」
「なんでですか?」
「そりゃ、儂たちがこれから行く都は、聖騎士様の領地だからだ。もし、聖騎士様の耳に入ってもみろ、不敬罪で打ち首だ。お前さんの軽率な発言に、儂まで巻き添えなんてごめんだぞ」
2人で仲良く打ち首。考えただけでゾッとする。絶対に聖騎士に関わるような発言はしないぞ。
だって、今度こそ宿を取ってゆっくりするんだ。商人都テトラでは、故郷に帰ったり魔物退治をしたりと、まともな休息を取れなかったからだ。
そんな俺にグリードが《読心》スキルを介して言う。
『いいじゃねぇか、腕試しに聖騎士と戦えば。で、ぶっ倒して気分良く寝る。これだな』
「寝れないだろ、そんなことをしたら都中の兵士に追い掛け回されるぞ」
『これだから、フェイトは考え方が小せえ。なら、都を占領すればいいじゃねぇか。それで都をベッドにして気分良く寝る。これだな』
「ただ気分良く寝るために、なんて強欲な発想だ……」
黒剣グリードの突飛な発想に呆れていると、急に馬車が止まった。
ん? なんだ?
道を塞ぐように、目の前に立っている子は見覚えがある。褐色の肌をした少女。
そう、ハート家の領地で出会ったガリア人だ。体中に刻まれた白い入れ墨が印象的で、体格に似合わず大きな黒斧を持っている。
大人しそうな顔をしているくせに、堂々と道を塞ぎ続ける。そんな彼女に行商人が堪らず、言う。
「お嬢ちゃん。危ないからそこを退いてくれないか」
「嫌。だけど、私も乗せてくれるなら、退く」
「……わ、わかった。乗っていきな。幼い顔して、肝が据わった子だな」
行商人は長年の旅の感からか。ガリア人の少女から発せられる異質さに折れて、荷馬車に乗ることを許可した。
2人のやり取りを見守っていた俺は、行商人から手出しはしないように目で合図を送られる。これでは護衛の意味がないような気がする。だが、依頼主の意向ではしかたない。
まあ、あんな大きな斧を片手で持ち上げている段階で普通なら恐れるだろう。彼女からは、乗せないとこの斧で何をするかわからないぞみたいなオーラをまじまじと感じたからだ。
まさに、物を言わぬ脅迫ヒッチハイクだ。しかし争わずして平和的に解決できるなら、行商人としては、これくらい大した問題ではないようだ。積荷を巻き込んで暴れられるくらいなら、乗って行ってくれ状態である。
ガリア人の少女はまず持っていた黒斧を荷馬車に積み込む。
「よっこいしょ」
「「うああぁぁ」」
荷馬車に置いた黒斧があまりにも重かったため、大きく馬車が傾いたのだ。
慌てて行商人が、抗議する。
「馬車が壊れてしまう。それを降ろしてくれ!」
「ああ、そっか。スロース、元に戻って」
ガリア人の少女が黒斧を軽く小突くと、馬車の傾きが元に戻る。おそらく、何かをして黒斧の重さが大きく減ったのだ。
一時は荷馬車が壊れるかと思ったが、ホッと一安心だ。
そしてガリア人の少女は俺の横に腰を下ろす。
「また会えた」
「……そうだね」
会えたというより、待ち伏せしていたといった方がしっくりくるような。
そんな俺を見透かすように、彼女は言う。
「私はマイン。そろそろ、ガリアへ向かう頃だと思っていた。そうだ、あなたの名前を聞いていなかった。教えて?」
なんだろうか、口調は柔らかなのに教えないと私はものすごく怒るぞという気迫は……。
おそらく、マインの両目ーー忌避するくらい赤い目が俺にそう思わせるのだろう。
この目は俺の中の暴食スキルが飢えて飢餓状態に陥った時と、とても似ている。
「聞いてる、教えて」
「フェイト・グラファイト」
「……憶えた。暴食のフェイトね」
ん!?? 俺は一言も暴食だなんて言っていないぞ。
そんな俺に、マインは行商人に聞こえないようにそっと耳打ちする。
「同じ大罪スキル保有者だから、わかって当たり前。フェイトがわからないのは、まだ未熟だから」
「そうなのか……じゃあ、君は」
「私は、憤怒スキル保持者。あなたと同族。あれ、グリードから何も聞いていない?」
マインは首を傾けて、黒剣グリードを眺める。
うん、何も聞いていない。だって、こいつは勿体振って話してくれないからさ。
試しにグリードに問いかけても、反応なしだ。狸寝入りを決め込んでいる。
大罪スキル……それに憤怒スキルか……。俺の暴食スキルと似たような力を持っているのだろうか。マインに聞いてみたいが、行商人がこちらの様子をうかがっている。
今はこれ以上、話すのはよくないだろう。
それでも気になってしょうがない俺にマインは言う。
「これからわかる。だって、フェイトは私に借りがある。それを返してもらうまで一緒にいてもらう」
借り? もしかしてハート家の領地でのコボルトの件か。あの時、マインはコボルトを譲るから貸し1つと言っていた。
そして、俺はコボルトを狩って渓谷を破壊した惨状をマインのせいにしてしまっていた。うん、これは確かに大きな借りだ。
しかし、今の俺にはやることがある。
「それは困る。俺はガリアに行くんだ」
「知っている。私の行く方向も同じ、丁度いい。ガリアに行くついでに、手伝って」
手伝ってなんて言っているが、あの目は「強制だよ」と言っているようにしか見えない。
方向も同じだし、俺にも知りたいことがあるし、しばらく同行しよう。
「わかったよ」
「うれしい。これから、よろしく」
それだけ言うとマインは、俺の横で寝てしまった。なんていう早業だ。
あっ、グリードが言っていたっけ、一流の武人はいかなる時でも、休息が取れるって。
それが本当なら、マインは一流以上の武人かもしれない。そして、憤怒スキル保持者……一体どのような戦い方をするのだろうか。
この可愛い寝顔からは、俺のような戦い方をする娘には見えない。
俺たちの会話が終わったのを見計らって、行商人が声をかけてくる。
「おっかないお嬢ちゃんは寝たようだな。それにしても、兄ちゃんの知り合いだったのか。それならそうと言ってくれ」
「知り合いってほどではないです。一度だけ、会った程度で彼女のことを殆ど知らないんです」
「その割に、お嬢ちゃんは友好的だったな。儂なんか、めちゃくちゃ睨まれたぞ。この歳でちびりそうになった……」
荷馬車は魔物に出会うことなく、進んでいく。あまりにも平和すぎて、これから何かが起こるんじゃないか、そう思わせるほどに静かに時間は過ぎていった。
「おお、見えてきたぞ。目的地、聖騎士様の都だ」
「これは……」
外観はまるで王都のように堅牢だ。
そこを治める聖騎士の性格を表しているかのような白く高い壁に囲まれた城塞都市だった。
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