第29話 拳の重さ

 次の日の朝、分厚い曇は消え失せ、青い空が戻っていた。

 明るくなって、改めて村を見る。綺麗さっぱり焼けてしまったな。


 生き残ったほんの僅かの村人は、焼け爛れた地面に膝をついて泣き崩れている。

 彼らは何もかも失ったのだ。


 そんな中、セトの家だけが健在という異様な光景。そのうち、村人たちはセトに何かを言ってくるかもしれない。


 なぜお前の家だけが被害を受けなかったのかと、あの村人たちなら糾弾してきてもおかしくはない。容易に想像できてしまうのが嫌になってくる。


 これから先をどうするかはセトが考えることだ。俺は当初の予定を済ませよう。

 セトに一言伝えて、俺は自分の家があった場所に向かう。


 焦げた臭いをかぎながら、村の一番南を歩いていく。

 俺の家があった場所は、ガーゴイルたちの炎弾とは無関係だった。家があった場所は、草木が伸びて荒れ放題。


 そこを通り過ぎて、更に奥に進む。ここも同じように茂っている。


 黒剣グリードを鞘から引き抜き、邪魔な草木を刈っていく。

 かなり長い時間をかけて、斬り進めていくと、小さな墓石が寄り添うように2つ出てきた。


「父さん、母さん……ただいま」


 ずっと長い間、陽の光を浴びていなかったため、両親の墓石には苔がびっしりと生えていた。

 早く手入れをしよう。俺は黒剣グリードを鞘に納めて、身をかがめる。


 まずは母親の墓石から手でゆっくりと苔を剥がしていく。

 母親は、俺を産んですぐに死んだという。父親が教えてくれた母親は、お喋りでおせっかい屋だったそうだ。


 本当のところはどうだったのか、俺が知る由もない。


「よしっ、綺麗になった。次は父さんだ」


 俺が11歳のときに、怪我がきっかけで流行り病で死んでしまった父親。槍技スキルを持っていて、村に迷い込んできた魔物を追い払う父親は、幼い俺の憧れだった。


 俺が村人たちからいじめられないように、父親は村に貢献しようと頑張っていた。よく笑う人で、不思議に思った俺は聞いたものだ。


 すると、どんなに辛いことがあっても笑い飛ばしてやれば、そのうち幸せがやってくる、そう俺に教えていくれた。その日から俺も頑張って笑うようにしていた。


 だけど、よく笑っていた父親が病気で死んでしまい。俺はそれをきっかけに無理に笑わなくなった。

 5年経った今ならわかる。あの笑顔は俺の幸せを願って笑ってくれていたのだ。


 だから、笑顔で父親の墓に応えよう。


「父さん、俺はもう大丈夫だよ。自分の力で歩いていけるから」


 同じ武人として……まだまだ未熟だけどさ。

 父親の墓石も綺麗にして、立ち上がる。

 また次はいつ来れるだろうか。もう来れないかもしれない。


 もし、ガリアから生きて帰って来れたら、またここで今までのことをすべて両親に報告しよう。だから今日はこれ以上、何も言わずに行く。


 俺は来た道を戻っていると、セトが大きな樹の下に立っていた。どうやら、俺を待っていたようだ。


「墓参りが終わったみたいだな」

「ああ、さっき済ませてきた」

「そうか……」


 何か言いたそうなセト。しばらく待っていると、彼は深々と頭を下げる。


「改めて、謝らせてくれ。昔のこと……昨日のこと、本当にすまなかった」

「ああ、お前の謝罪はよくわかったよ。だけど……」


 俺は黒剣グリードを素早く手に取り、形状を黒弓に変える。

 そして黒弓を引くと、俺の魔力によって黒い魔矢が生成されていく。


 突然の行動にセトは顔を青くして、硬直してしまう。そのままじっとしていろよ。


「フェイト……お前……まさか」


 酷く動揺しているセト。俺は構わず、魔矢を放つ。

 歯を食いしばって目を瞑っているセトを顔を掠めて、魔矢は背後にある大木の茂った枝葉の中へと消えていく。


 ギャアアーーーッ。

 魔物の断末魔が聞こえて、大木の上からガーゴイル・ノアが落ちてくる。


「うああああぁぁぁ、魔物がっ!?」


 セトはすぐ後ろに落ちてきた魔物に腰を抜かして、地面に尻餅をついてしまう。


 木の上でガーゴイル・ノアがセトを狙っていたが、襲われる前になんとか倒せた。あと少しでも遅かったら、セトは死んでいたかもしれない。


「まだ、生き残りがいたみたいだな」


 俺は無機質な声からステータス上昇のお知らせを聞きながら、セトに近づいて手を取って立たせてやる。

 まだ放心状態のようだ。話しかけても反応がない。


「おい、しっかりしろ!」


 そう言って、頬を軽く叩く。

 セトは目をパチクリさせて、またしても地面にへたり込む。


「びっくりした。まさか後ろの木にガーゴイルが潜んでいたなんて……僕はてっきりフェイトが……」


 セトはその先を言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。

 きっとセトは俺に殺されると思ってしまったのだ。


 まあ、あの状況ではそう思われても仕方ない。俺にはセトを攻撃する動機がある。そして、セトにもそうされる負い目がある。


 なんとなく、気まずい空気が流れていく。

 それに一石を投じたのはセトだった。立ち上がり、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


「フェイト、僕を一発殴ってくれ。これですべてご破算とはいかないけど、踏ん切りをつけたいんだ」


 どうするかな……と思っていると、グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。


『殴ってやれ。お前のステータス全開でな、フフフッ』

「セトの頭が吹き飛ぶだろっ……こんな時に冗談を言うなよ」


 でも、たしかにそうだろう。俺もセトと同じように踏ん切りをつけたい。

 ここは、セトの意向に乗らせてもらおう。


「わかったよ。歯を食いしばれ、セト」

「おう」


 俺は右拳でセトの頬に殴りつける。

 かなり手加減したつもりだったが衝撃は大きく、セトは後ろの大木まで吹っ飛んでいった。


 やり過ぎたかな……なんて思っていると、地面に寝転がっているセトは笑っていた。当たりどころが悪くて気でも触れてしまったのか。

 

 駆け寄ると、そうではなかった。この顔を知っている。

 俺の父親がよく見せていた笑顔だ。

 すべて笑い飛ばして、先に進もう。少なくとも俺には、セトの笑い声がそう聞こえた。


 ★ ☆ ★ ☆


「よかったのか?」

「ああ、もうあの村には住めないから、これでいいんだ」


 俺とセト親子は、商人都テトラに来ている。


 セトはあの村から出ることを選んだ。あのまま残っても数人では村を維持できない。それに生き残った村人から、セトの家が無事だったことで謂れなき非難を浴びたからだ。


 セトにとって、もう限界だったのだろう。父親である村長も死んだことで、後を継がなければならないという責任も無くなった。


 俺から見てもセトは、開放されたような清々しい顔をしている。


「これからどうするんだ?」

「この都で仕事を探してみようと思う。あっ、そうだ。これを受け取ってくれ」


 セトが渡そうとしたのは、魔物討伐の報酬である銀貨10枚。

 俺は首を振って、それを拒否した。


「いらない。お前にやるよ」

「いや、そういうわけには……」

「なら、娘のために使ってやればいいさ。こう見えて、今の俺はお金に困っていないんだ」

「そういってくれるなら……正直、助かる」


 これから、テトラで一からやり直すんだ。先立つものは必要だろう。

 何も持たずに王都へ乗り込んだ俺は相当苦しんだからわかる。こういう時、それなりのお金が必要だ。


 しばらくセトと話していたが、お別れの時間が来た。そろそろ南への馬車を手配に向かうべきだろう。乗り遅れて、もう一日テトラで過ごすわけにはいかない。


「じゃあな、セト」

「ああ、また会おう」

「バイバイ、お兄ちゃん」


 そうだな。会いたいと思えば、きっと会える。手を振るセト親子に少しばかり後ろ髪を引かれながら、俺はテトラを後にした。

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