第27話 静止した村
まあ……いつものことさ。期待を裏切られることなんて慣れっこだ。
セトは村人との架け橋になると豪語したが、村長は俺を激しく拒絶した。
そして、ただいま村人総出で、俺を取り囲んでいる最中だ。ああ、あの目は俺を魔物とでも思っているかのような殺意すら感じられる。
セトは俺と村人たちのと間に入って、必死に仲裁をしている。
「皆、頼むから話を聞いてくれ。フェイトは魔物を倒してくれるんだ! 別に村に何かしようとして戻ってきたわけじゃない!」
それを聞いても、村人たちは俺に鍬や手斧を向けて、威嚇し続ける。
口々に、あいつは村が弱っているのを見計らって、復讐するために帰ってきたんだ。魔物を倒してやるとうまいことを言って、お金だけせしめて逃げる気だ。
第一、腹が減るだけの使えないスキルしか持っていなかったゴミ屑野郎が、魔物を倒せるわけがない。見え透いた嘘を言うな……などなど、数十人の村人から、俺へ尖った言葉を投げつけてくる。
元々、裕福ではない村に魔物騒ぎだ。心は更に荒んでいくばかりか。
状況は、俺が村にいた頃よりも遥かに悪化していた。
村人たちは、セトがたった銀貨10枚で優秀な武人を連れてくると信頼しきっていたらしい。せめて、金貨10枚なら武人たちも喜んでやってきただろう。
待ちに待った村の救世主は5年前に村から追放した穀潰し。村人たちの怒りは計り知れなかった。
セトが予定より遅れていたのも、村人たちの怒りに追い打ちをかけている。
「セト、あれだけ時間をかけておいて、なんていう成果だ。ただ武人を雇ってくればいいのにそんなこともできないのかっ!」
「お前はそれで次の村長になれるのか?」
「いつ魔物が村に襲ってくるかわかないのに、もっと本気になって武人を連れてこい! お前は俺たちがどれだけ魔物に怯えて暮らしているか、全くわかっていない!」
間に立っていたセトへ叱責が村人たちから矢継ぎ早に飛んでくる。父親である村長も同じ意見のようで、今回の失態に対して、村人たちに深く謝罪する。
「皆の者、すまんかった。儂が至らないばかりに……。どうやら、息子には武人を雇い入れるのはまだ早すぎたようだ。情けないことだ。明日の朝になったら、儂が直々にテトラにいって強い武人を探してこよう」
「しかし、その間に魔物が村にやってきたらどうすんですかっ! 昨日は近くの森から鳴き声が聞こえたんですよ。武人たちがやってくるまで村がもたないかもしれない」
「そうなれば……。なら、丁度いい餌をセトが連れてきたじゃないか。そいつを生贄にして、時間を稼げば良い」
村長は俺を指差した。おいおい、俺は時間稼ぎの餌として使われるのか。
両親の墓参りのついでに、魔物を倒して行こう……それだけだった。だが、まさか……そんな扱いを受けるとは思ってもみなかった。
グリードは《読心》スキルを通して、呆れる俺に爆笑する。
『フェイト、お前……餌呼ばわりされているぞ。ハハハッハハハッ、餌、餌、餌!』
「うるせっ」
このままでは言われっぱなしだ。少しは村人たちを威嚇するべきか、俺が黒剣グリードを鞘から引き抜こうとする。
「待ってくれ、フェイト。ここは堪えてくれ、頼む」
セトは俺に頭を下げる。まったく……魔物狩りすらも簡単にさせてもらえないとは、呆れを通り越して、頭痛を覚える。
村長は当人たちを置いて、話を勝手に進めていく。俺は暫くの間、村から出ることを禁止された。そして、俺が村から逃げないように見張り役としてセトを任命する。
「よいな、セトよ。その穀潰しが逃げないようにしっかり見張っていろ。明日テトラから儂が戻ってくる前に、村に魔物が接近してきたら、そいつを生贄として差し出すのだ。絶対に逃がすな、次は儂でも庇いきれんぞ」
それだけ言うと、村長は家の中へと入っていく。村人たちもそれで納得したようで、自分たちの家々に戻り始めた。
どうやら、俺の強さは彼らの中で昔のままのようだ。誰でも簡単に取り押さえられる雑魚というわけだ。そんないてもいなくてもいいゴミ屑は、生贄にしてもいい。
まあ、俺は天涯孤独の身だ。俺が死んだところで、村人たちを恨む肉親はいない。
村人たちにとって、俺は飛んで火に入るなんとやらだ。
また静まり返った夜の村。取り残されたのは、俺とセトの2人だけ。
「おい、セト。話が違うじゃないか? 魔物退治するはずが、餌に降格されるミラクルが起きたぞ」
「すまない……本当にすまない」
そういって、両手で顔を覆うセト。一陣の風が吹き、彼から髪の毛を奪っていく。
心労によって、セトの若ハゲが更に進行中だ。
もう、墓参りだけして見捨てるか……なんて思ってしまうほどだ。だけど……暴食スキルが腹を空かし始めていた。
きっと暴食スキルは墓参りだけで許してくれるとは思えない。
右目に違和感を感じながら、ため息をついていると、
「とりあえず、今日は僕の家に泊まってくれ。見張り役のこともあるし。それにフェイトの家はもう……」
そう、俺の家はすでに追い出された時に燃やされている。もしかしたら、まだ骨組みくらいは残っているかもしれない。
人が寝られる場所ではないの確かだ。
「そうさせてもらう。そういえば、お前は独り身なのか?」
「娘が1人いる。妻は森で例の魔物に食われて死んだよ……」
セトがあれほど必死だったのは、娘を守りたいからなのかもしれない。なんとなく、彼の姿が死んだ父親に重なったような気がした。
「ここから、少し離れたところに家があるんだ。付いてきてくれ」
「ああ」
案内されて家は、村長の家の半分くらいの他の家と同じ大きさだった。一世帯がどうにか住めるくらいの広さだ。
引き戸を開けて中に入ると、4歳くらいの少女がセトに飛びついてきた。
「パパ、おかえりなさい。私、ずっといい子にしていたよ」
「そうか……いい子だ」
可愛らしい娘は、父親の異変を敏感に察知する。
「頭のここが禿げているよ、パパ……大丈夫?」
「ああ、これはすぐに生えてくるさ……きっとな」
「そっかー」
失ってもう戻ってこないだろう髪の話が終わると、セトの娘が俺を物珍しそうに見つめてくる。
「パパ、この人は誰?」
「えっとな……」
この村での俺の共通認識は、ただいま魔物の餌となっている。
セトは娘にどう教えるのだろうか。
「彼は、フェイトといって、魔物を退治してくれるんだ。すごく強いんだよ」
「本当に!?」
娘は俺を羨望の眼差して見上げる。しかし次第に泣いてしまった。おそらく、魔物に食い殺された母親を思い出してしまったからだろう。
娘が落ち着いたところで、夕食となった。
セトがいない間は、村長の家で食事を分けてもらっていたという。
この子にとって、祖父や祖母はとても怖い存在らしく、いつもビクビクしながら食べていたと父親に訴える。
「それは悪いことをしたね。今日からまた一緒だ」
「わ〜い、パパ大好き!」
そんなやり取りを見て、俺は率直に思ったことをセトに伝える。
「お前……変わったな」
昔は俺に石を投げつけていたクソ野郎だったのに。今はちゃんと父親をしている。
俺の言葉にセトはすまなそうな顔をする。
「あの時の僕は、子供だった。父親……村長の言葉を鵜呑みにして、それが正しいと思っていた。娘が生まれたのをきっかけに、自分の考え方を持つようになって少しは……変わったのかもしれない」
しかし、セト1人が良い方向へ歩き出しても、周りの村人たちが足を引っ張っては元も子もない。この村は一度綺麗さっぱりして、やり直したほうがいいかもしれない。
食事はあまり上等なものでなかった。アク抜きした野草の汁に穀物を入れて、煮込んだ雑炊。お世辞にもうまいとはいえない。
でも、懐かしい味がする。これはよく俺の父親が作ってくれたものだからだ。
「まだ、こんなのを食っているのか」
「ああ、この村はお前がいなくなってからも貧しいままだ。身も心もな」
豊かにもなれず、貧しいまま、心だけは荒んでいく。結果的に見れば俺はここから出ていけて、よかったのかもしれない。
マズい雑炊を啜りながら、セトたちの話を聞く。主に、村を襲おうとしている魔物についてだ。
聞いたところ魔物には翼が生えており、空を自在に飛べるという。厄介な。
大きさはゴブリンくらい。鋭い爪を持ち、頭には角を生やしているという。
空から滑空して攻撃してくるので、狙われると逃げられない。
「その魔物は何匹いそうなんだ?」
「わからない。ただ目撃情報から1匹とは思えないんだ」
大体のこと聞いて、俺は黒剣グリードを握る。
「どう思う」
『おそらく、ガーゴイルだろう。あれはなかなか賢い魔物だ。初めは少しだけ襲いながら、人間たちの様子を見計らう。そして、時期が来れば群れで一気に襲ってくる』
「嫌な魔物だな……その時期っていつなんだ」
『夜だ。それも曇って月の光すらない、真っ暗で静かな夜を好む』
「…………ちょっと待て」
今日って曇ってなかったか。だから月も出ていなかったはずだ。
そして、村人は言っていた。昨日、近くの森で魔物の鳴き声を聞いたと。
まさかな。
俺とグリードの会話は、他からは俺の独り言と見えてしまう。そのため、セトと娘が何とも言えない顔を向けていた。そんな目で見ないでくれ、今大事な事を考えているんだ。
しばらくして、嫌な予感は的中してしまう。
家の外から、次々と人間の悲鳴が聞こえだしたのだ。
面倒なことになったと思っていると、グリードは面白おかしく言ってくる。
『フェイト、どうする。ガーゴイルたちを鎮めるために生贄になるのか、餌、餌!』
「バカを言うな。外へ出るぞ」
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