第26話 過去との邂逅
俺がそう言うと、セトは気まずそうに顔をひきつらせる。
そして意を決したように跪いて、俺に土下座した。
別に俺が強要したわけではない。セトが自主的に土下座をしたのだ。
「フェイト、頼む! お前の力を貸してくれ! 昔のわだかまりをすべて水に流してくれ、なんて都合のいいことは言わない。だけど、今回だけはどうか……」
俺に村から出て行けと、石を数え切れないほど投げつけたセト。彼は村長の息子で俺よりも6つほど年上。村の若者たちの中心的な存在。
だからセトがやることは皆が従う。
あの日、俺の前に降り注いた石の雨。躱しきれない絶望だった。
ちなみに俺の住んでいた家は村長たち大人により火をつけられて、灰にされている。
村八分など生ぬるい、徹底した追放を村全体から受けたのだ。
そんなセトが今までのことをすべて棚に上げて、俺に懇願している。全く……都合のいい話ではないか。
村には不要な穀潰しとして追い出した人間。それが五年経って力をつけていたから、やっぱり必要だという。
きっとセトは俺を見ていない。ただ力があるか、ないかだけを見ている。
今、俺の足元で床に頭を擦り付けているセトは、威勢の良かった五年前と違った。ひたすらに情けないやつだった。
そして、村を救ってくれる武人が見つからないストレスからか、頭の天辺が大きく禿げていた。
「このとおりだ、どうか……頼む。力を貸してくれ。僕にできることなら、なんでもする」
まあ、ここで突っぱねるなら、はじめから助けたりしない。いいさ、故郷に立ち寄っても……ガリアにいく前に両親が眠る墓に報告したいからな。
そのついでに、暴食スキルに魂を喰わせてやるだけだ。……それだけの話だ。
決して若ハゲのお前を助けたいからではない。
「わかった。村に行こう」
「本当か! ありがとう。なら、明日の早朝にでも村へ」
そう言って立ち上がるセトに向けて、首を振る。朝まで待つだって、呑気なやつだな。本当に村が心配なのか。
「今からいくぞ」
「えっ、もう日が沈む。夜は危険すぎる。しかも今日は曇りだ。真っ暗な夜道を明かりをつけて歩いていたら、魔物の標的にされてしまう」
「いいことじゃないか。魔物の方から寄ってきてくれるなんて、探す手間が省けて」
そう言うと、セトは顔を青くさせてブルブルを震えだす。
あれ!? 俺はなにかおかしいことを言ったのか。そのほうが効率よく狩りをできると思うのだが。
すると、柄に手をおいていた黒剣グリードが《読心》スキルを通して言ってくる。
『いかにゴブリンたちを大量に狩るか、そんなことばかりしているから、偏った思考になるのだ。コボルトとの戦いを思い出せ』
「わかっているって」
たしかに俺はゴブリン以外の魔物との戦いの経験が少なすぎる。ゴブリンなんか、欠伸をしながらでも狩れてしまうほど極めてしまった。
ゴブリンスレイヤーと豪語してもいいくらいだ。
うん、あの最弱魔物基準に考えるのはグリードの言うとおり、問題ありだな。
昨日、第二位階を得て、その性能を確認するために大量のゴブリンたちを狩ったばかりだったのも影響しているのかもしれない。
乗りに乗って、数百匹ほど狩った感覚が思考まで汚染してしまったようだ。まあ、そのおかげで王都のゴブリンの数はしばらく激減しているだろうけど。
俺がブツブツと独り言を言っていたので、セトが不安そうな目でこちらを見ている。
「あの……本当に今から行くのか?」
「ああ、そのかわり灯りはつけずにいく。俺は夜目が利くから後ろついてこい」
「……わかった。フェイトに従おう。もう、お前しか頼れる武人はいないんだ」
武人か……セトには俺がそう見えるようだ。やっと、使用人から武人らしくなってきたのかもしれない。ガラの悪い武人たちをいさめたのだから、そう思って当たり前か。
夕日が沈みゆく、商人都テトラを俺たちは出ていく。目指すはここから西の山奥にある故郷の村だ。
俺が追い出される前は、村には60人ほどが暮らしていたはずだ。
主な農産物は、清流でしか育たない薬草の栽培。それで各家々は生計を立てていた。
この薬草はミールというのだがよく病気にかかってしまい、思ったような収穫が見込めない年がよくある。その度に、俺の父親は村長へ頭を下げて、食料を分けてもらっていた。
それが許されていたのも、父親が《槍技》スキルを持っていたことが大きかった。村はなぜか魔物がほとんどやって来ない場所にある。
だが稀に魔物が村に迷い込んだ時、俺の父親が追い返していたからだ。
父親には利用価値がある。
だから、大飯食らいの無能な息子も、村人から大目に見てもらっていたのだ。
それもずっとは続かなかった。父親が病気で死に、俺という無能なゴミ屑だけが残された。
俺は薬草を必死に栽培して、村になんとか貢献しようとしたが、うまくはいかなかった。
父親という後ろ盾を失い、薬草栽培も下手くそ。救いようのない無能に村からの追放が待っていたのだ。
まあ、元々見たことも聞いたこともない《暴食》と言う得体の知れないスキル持ち。それも村人から嫌われる原因だったのかもしれない。
このままこいつを置いておけば、村に不幸を呼び込むと言う変な噂まで流されもした。
まったく……故郷の村人との関係は、一方的に最悪だった。
昔を思い出しながら、俺は手入れがあまりされず、草の生えた山道を進む。
「おい、セト。遅れているぞ、しっかりと付いてこい」
「すまない」
セトには俺のように《暗視》スキルがないので、こんなものだろう。
俺は男と手を繋ぐ趣味はないので、ちゃんと後を付いてきてもらいたいものだ。
先を急ぐ俺の背中に声がかかる。
「なあ、フェイト。さっきの酒場で見せつけられたけど、とても強くなったんだな。昔はあんなに弱かったのに……」
「そうか? 今はそれほど喰っていないから、とても強いなんて思わないけどな。普通じゃないか」
「喰う?」
俺の言葉に不思議そうな声を上げるセト。そんな顔をしても、お前に教える気はない。
「そんなことはどうでもいい。先を急ぐぞ」
「おう。でも、一つ聞いていいか。ここまで来て聞くのはどうかと思うが……でもやっぱり聞いておきたい」
「なんだよ」
「フェイトは僕たち、村の連中を今でもずっと恨んでいるのか?」
俺が村へやってきて、変な気を起こして復讐するのではないかと思っているようだ。本当に……ここまで来て、今更の話だ。
でも、村を救ってくれる武人を見つけて、やっと他のことにも頭が回るようになったのだろう。さすが、頭が禿げるまで苦労を重ねてきただけはある。
かなりの時間、お互い無言で夜道を進んだ。そして、俺はため息を一つして、
「恨んでいないと言えば、嘘になる。だが、あそこは俺の両親が眠る場所でもあるんだ。それだけは大切にしたい」
俺はお前たちが嫌いだ。だが両親のために救ってやる。そういうことだ。
徳の高い聖人様なら、人を許す心を持ちなさいなんて教えを説くだろう。
だけど、自分だけがいくら許したところで、相手が変わらなければ意味がない。
そうじゃないと、永遠にやられっぱなしだ。ブレリック家で嫌というほど味わった。
だからかな……俺は故郷の村の連中がこの5年で変わったのか、知りたくもあったのだ。
セトが酒場で必死に村のために懇願する姿を見て、もしかしたら村はあれから良い方向へ変わったのかもしれないと期待してしまったんだろう。
なんだかんだ言って結局、俺はあんなことをされたのに……故郷の未練を捨てきれずにいるのかもしれない。
あそこには父親と暮らした大切な時間がある。少しでも、良い思い出へと変えたい気持ちがあったんだと思う。
真っ暗な夜道、山をさらに4つほど越えた先に、小さな村が見えてきた。
家々に僅かな光が漏れている。どうやら、まだ魔物が本格的に襲撃をしていないようだ。
「着いたな、お前の父親――村長に会わせてくれ」
「ああ、ぜひ会ってくれ。お前をここへ連れてきたのは僕だ。フェイトのことを悪くは絶対に言わせない。すべてうまくやってみせる。だから、魔物の方はどうか、お願いします」
深々と頭を下げるセト。やっぱり、こいつは5年前のセトではない。
他の村人も、彼と同じように変わっていることを祈るばかりだ。
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