第23話 第二位階

 俺はゆっくり黒剣グリードの剣先をハドに向けるように構える。

 そして、《鑑定》スキルを発動。


・ハド・ブレリック Lv30

 体力:165600

 腕力:197600

 魔力:138400

 精神:150900

 敏捷:167800

 スキル:聖剣技、腕力強化(大)


 さすがは聖騎士様だ。偉そうな態度をとるだけあって、まあまあ強い。

 だけど、ハート家の領地に侵入しようとしてきた冠コボルトよりは劣る。


 さて、俺はハドよりも強い冠コボルトを倒して、魂を喰らっている。

 つまり、自身のステータスを見て比較するまでもなく、俺はハドの倍以上は強いってことだ。


 ハドが持っているスキルはどうだろうか。

 腕力強化(大)は身体強化スキルだと調べるまでもなくわかる。


 気になるのは聖剣技。《鑑定》をしてみよう。


聖剣技:特殊武器である聖剣を用いた攻撃力が上昇する。高出力の範囲攻撃できるアーツ《グランドクロス》を使用できる。


 これを持っているから、聖騎士と名乗れる代表的な聖属性スキルだ。

 扱うには聖剣という特殊な武器が必要になる。


 聖剣は王都の軍事区で作成されているという。門外不出の技法を用いて一品ずつの完全オーダーメイドらしい。なんでも、オリハルコンという希少な金属を混ぜ込んだ合金を使うとか。


 まあ、行きつけの酒場で聞いた噂だから、本当のところはわからない。


 わかっているのは、俺のような平民が逆立ちしても手に入れることができないほど高価な武器。それが聖剣ってことだ。


 俺が銀貨2枚で買った黒剣グリードと、どれくらいの性能差があるか気になるところだ。


「なあ、グリード。あの聖剣は厄介そうか?」

『あんな人工聖剣に、俺様が劣るわけがない。俺様に構わず、好きなように振るえ!』


 なんだか、グリードのプライドを傷つけてしまったようだ。ハドが持つ聖剣より自分の方が、全てにおいて秀でていると言いたそうだ。


 そこまで言うなら、試してみるか。

 しばらく互いに剣を構えたまま、場に漂っていた緊張感を崩しにいく。


 俺は黒剣グリードを中段に構え直しながら、ハドへ仕掛ける。


 それを見たハドは待ってましたとばかりに、ニヤリと笑う。


「バカがっ、一直線にバカのように突っ込んでくるとは。お前は戦術というものを全く知らないのか。これだから、知性の欠片もない下民は困るのだ」


 どうやら、俺がしびれを切らして向かってくるのをバカのように待っていたみたいだ。


 ハドが持っている聖剣が青白く光を放つ。続いて、俺が走っている地面一帯も呼応するように輝き出した。


「見よ、これか聖剣技の奥義――グランドクロスだ。すべてを浄化する光によって、塵も残さず消滅するがいい。フッハハハッ」


 確かにすごい力を感じる。まともに当たれば、大ダメージだろう。

 しかし、発動までの時間は、今の俺にとってあくびが出るほど遅い……遅すぎる。


 わざわざ当たってやる義理もないので、俺は力一杯に地面を蹴る。

 一蹴りで、グランドクロスの攻撃範囲内を抜けて、ハドの目の前に着地。


「お前のそのアーツ、発動まで時間がかかり過ぎ。もっと熟練度を上げるべきだろ」

「なにっ!」


 大した実戦経験もせずに王都でぬくぬくとしていた聖騎士だ。戦いの経験値は俺と対して変わらない。


 いや、隠し玉とすべき最強のアーツでいきなり仕掛けたくらいだ。もしかしたら、俺よりも劣るかもしれない。


 目論見が外れてしまったハドは、取り乱しながらグランドクロスの発動を中断。そして、俺を間合いから遠ざけるため、聖剣を振り下ろす。


 今だ。物は試し、黒剣グリードの方が強いか、ぶつけてやる。


 俺はハドの剣撃を振り払うように、横一閃。

 キィィーンという甲高い金属音が森に鳴り響く。


「バカな……僕の聖剣が……」


 ハドの聖剣――剣身の半分が折れ飛んで、宙を舞う。自慢の聖剣を失い、動揺するハド。

 俺は左手で落ちてきた剣先を掴み取って、ハドの右肩――重甲冑の隙間に返してやる。


「お前の大事な聖剣だ。受け取れ」


 ギャアアーーーッ。寝ているホブゴブリンたちが起きてしまうのではないか、そう思えるほどの叫び声が俺の耳を通り過ぎていく。


 あまりの痛みに耐えかねたハドは地面に膝をついて、右肩に刺さった折れ剣を抜こうと必死だ。


 まだまだ、始まったばかりだ。膝をつくには早すぎる。

 俺は黒剣グリードを左手に持ち替える。


「ハド、聖騎士としてみっともない。立てっ!」


 俺はすでに戦意を失いかけているハドの首を右手で掴み、持ち上げる。

 ハドは俺から逃れようと抵抗をみせるが、全ては無駄だ。


「お前らが大好きな教育的指導を始める。反抗的な犬には、厳しい散歩が必要だな」

「ヒッ……」


 俺には5年間、ブレリック家から受けた教育的指導が身にしみている。どうすれば、相手が屈するか……この身をもって教え込まれているのだ。今、それを返してやる。


「行くぞ、ハド!」

「まさか、お前……や、やめろっ、うああああぁぁぁ」


 俺は首を掴んだハドを盾にして、森を全力で駆けていく。目の前に大木があってもお構いなし。俺には聖騎士様という頑丈な盾がある。


 数え切れない大木をハドを使って、なぎ倒しながら進んでいく。


 大木にぶち当たるたびにハドはボロボロになっていく。あの整った顔も、艶のある青い髪も、削られていく。


 元いた花園へ戻ってきたときには、ハドの顔はパンパンに膨れ上がっており、これならゴブリンのほうが何百倍も男前だろう。


「もう……やめてくれ……頼む」


 はっ、その言葉をお前が言うのか。今までお前らに虫けらのように扱われてきた人たちがそう言って、助けを求めたのに……お前らは決してやめなかった。


 俺だって、死ぬ一歩手前まで追い込まれたときがある。なのに、いざ自分が逆の立場になると、それを……そんなに簡単に言うのかっ!


 俺は怒りに身を任せて、ハドを夜空に力の限り投擲する。

 呻き声が遠のくのを待ちながら、黒剣を黒弓に変える。


「グリード、3発射つ。俺のステータスの30%を持っていけ」

『ハハハッ、椀飯振舞だな。しかし、殺してはまずいのだろう』

「ああ、だから掠めるように当ててくれ。できるのか?」

『他愛のない。では、いただくぞ。お前の30%を!』


 俺のステータスを存分に吸った黒弓はより大きく、より禍々しく形を変えていく。この強欲な兵器で、ハドを断罪する。


 自由落下を始めているハドへ向けて3発。轟音と共に黒き稲妻たちが天をめがけて駆ける。


 ハドを掠めるように突き抜け、夜空に突き刺さる。


 少し経ってドシャッ……という音が花園の中心から聞こえた。


 俺がその場へ行くと、右足と両腕を失ったハドはいた。まだちゃんと生きている。聖騎士の高い生命力によって、切断面からの出血はもう止まりつつあった。


 もうこれで十分だろう。これ以上痛めつけると、ハドから情報を聞き出す前に死んでしまいそうだ。


 俺は先程と打って変わって、優しくハドに聞いていく。

 ハドは恐怖心や生かしてもらいたい一心で素直に答え出す。


 まず、ラーファルとメミルはここからかなり東にいった山岳都市に出かけており、3ヶ月はもどってこない。残念だ。


 さて、最も重要なこと。ロキシーの件についてだ。

 彼女が今日お城から帰ってきたら、様子がおかしかった。その理由を同じ聖騎士様から教えていただこう。


 返ってきた言葉に俺は絶句し、ハドの口を叩き潰そうかと思った。間違いないか、もう一度言わす。


「間違いありません。……彼女は明日ガリアへ出向します」

「なぜ、こんなにも急にロキシーなんだ?」

「今のガリアは天竜が……国境線の中までやってきては暴れています。ですから、勝てない相手がいるガリアに行って魔物の大群を……くい止めようと思う聖騎士はいません。誰だって死にたくない……ですが……誰かが行って、大量の魔物が王国へ侵入しないようにくい止めないといけない」


 それで、白羽の矢が立ったのがロキシーというわけか。以前、深夜に商業区で見かけた集会について聞いたら、その件でハート家以外の聖騎士が集まり、事前に口裏を合わせていたという。


 ラーファルがロキシーに目をつけたきっかけは、俺を庇ったのが原因。

 しかし、ロキシーの父親が死んだことが、大きかったようだ。


 聖騎士内でかなりの力を持っていたロキシーの父親。そして、いつも民のためと言って、他の聖騎士たちの行いに難癖をつける。


 そのきれい事に対して、溜まりに溜まった恨みがロキシーの父親が死んだことで、一気に溢れ出してしまった。


 このチャンスを逃さずに、ロキシーを非常に危険なガリアへ送り、ハート家自体を根絶やしにしてしまおう。それが、ラーファルたち――王都の聖騎士たちが思い描いた企みだった。


「ロキシーはそのことを了承したのか?」

「逆らえるわけがない……これは王都の聖騎士全員の総意です」


 あの日、ロキシーがお城からの使いに呼ばれて行ったときには、何もかもすべては決まっていたのか。周りの聖騎士たちがすべて敵で、「ガリアで死んでこい」と言われる。


 屋敷に戻ってきた時のロキシー……父親の墓の前で見せていた表情を思い出すと、胸が苦しくなった。

 そんな俺に、ハドはその時の彼女が口にした返事を言う。


「彼女は言いました……私の命で王国の民が一人でも救えるのなら、喜んでまいりましょうと……」


 ロキシーなら、そんな状況に追い込まれたとしても、そう言うだろう。使用人として、僅かな時間をともにしてきただけの俺でもわかってしまう。


 聖騎士の総意で決定したことか……これはもう俺がどうこうできる問題ではない。


 天を仰ぐ俺に、ハドは息も絶え絶えにいう。


「聞かれたことはすべて教えました。どうか……僕のことを見逃してください。これからは心を入れ替えて……民のために……なんでもします……ですから、命だけは……」


 白々しい。本当に白々しい。

 それは心からの謝罪ではない、ただの命乞いだ。


 俺は黒剣グリードを振り下ろす。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに総計で体力+165600、筋力+197600、魔力+138400、精神+150900、敏捷+167800が加算されます》

《スキルに聖剣技、腕力強化(大)が追加されます》


 ハドの魂は思いのほか、美味かった。冠コボルトに近いものがある。慣れたと思っていたが、危うく暴食スキルを狂喜させてしまうほどだ。


 口から垂れ流れてしまった涎を服の袖で拭う。そして冷たくなったハドの死体を眺めていると、俺もまた冷たくなっていくような感覚を覚えた。


 そんな冷え切った空気を変えるように、グリードが《読心》スキルを通して呼びかけてくる。


『どうする。今なら第二位階への道が開ける。やるか?』

「ああ、やってくれ」

『気前がいいじゃないか、どうした?』

「ハドのステータスが俺の身の内に流れていると思うと、寒気がする」


 そう言うと、グリードが高らかに笑い出す。

 まあ、スキルの方はどうしようもないけど、せめてステータスは体から抜き取りたい。


『では、行くぞ!』


 黒剣が光り始めると同時に、俺の力が失われていく。

 そして光が収まると、


「これは……大鎌か」


 俺が手にしていたのは黒き大鎌。刃がとても長く俺の身長を超えている。


『これが俺様の第二位階の姿、タイプ:大鎌だ。刃に込められた呪詛により、いかなる物であっても事象ごと断ち切る』

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