第22話 やるべき事
その日の深夜、俺はホブゴブリン森でブレリック家の次男ハドがやってくるのを静かに待ち続けた。
俺がいる場所は、あのゴブリン・キングが根城にしていた花畑。ここだけ、なぜか木が生えることなく、森を円形上にくり抜いたようだ。
中心にはゴブリン・キングとの戦いによって、枯れた大木の残骸が倒れている。
俺はそこへ腰掛けて、全神経を研ぎ澄ます。
ハドは必ず、ここへやってくる。
そのために、わざとゴブリンの死体を道しるべのように、残していったのだ。そこまでして、ここへ辿り着けないのなら、ハドは救いようのない無能ということになる。
あとは噂で広まっているムクロの習性をハドがそのまま鵜呑みにするかどうかだ。
ムクロが襲うのはゴブリンのみで今のところ、人間を襲わない。
この情報をハドが考慮すれば、きっとここへ導くゴブリンの死体を見ても、自分を引き込む罠だとは思うまい。
耳を澄ませば、風で木の葉が擦れる音だけが、ざわざわと聞こえ続ける。
まだ、来ないのか。行きつけの酒場の店主が教えてくれた話は嘘だったのか。
そう思っていると、今までと異なる音が聞こえてくる。地面に落ちた小枝を踏む音だ。
それも複数。
段々と俺がいる場所へと近づいてくる。そして、聞こえていた音は花園を前にして止まった。
俺は大木に座ったまま動くことなく、髑髏マスクの下から視線だけを周りに送り続ける。
また、あちら側に動きがあった。俺のいる場所を取り囲むようにバラバラになって、移動を始めたのだ。
配置が終われば、仕掛けてくるだろう。
それでも俺は動くつもりはない。先制攻撃はくれてやる。俺が今最も、重要視しているのはハドに逃げられないことだ。
ムクロは僕たちの存在に気が付いていない、今が好機だ……なんてハドに思わせる必要がある。
本来ならハドくらいの聖騎士は、ガリア大陸から溢れ出す強力な魔物たちを討伐して武功を重ねていくはずだ。それが未だにガリア大陸にも行かずに、兄のラーファルの金魚のフンをしている。
つまり、ハドはでかい図体をしているのに、かなりの小心者なのだ。自分が勝てると思った敵としか戦わない、そういうやつだ。ハドに5年間、いたぶられていた俺にはよくわかる。
楽にこなせそうなムクロ討伐で、王都への貢献ポイントを少しでも稼いで、危険なガリア大陸へ行かなくてすむようにしたいのだろう。
ハドは聖騎士として、強くなりたいという向上心などはもっていない。あるのは、聖騎士の立場を利用して、地位と権力を得ることだけだ。ブレリック家自体がそういう奴らの塊みたいなものだ。
『フェイト、来るぞ!』
「ああ、そうみたいだな」
グリードの指摘通り、敵から動きがあった。背後、右側から、弓を引く音が聞こえる。半飢餓状態になっている俺は身体的なブーストがかかっているので、手に取るように聞き分けられる。
弓が放たれると同時にその場から飛び上がり、難なく2本の矢を躱す。
予期しなかった俺の回避行動に、周りに隠れていた者たちが息を飲む――動揺が伝わってくる。
俺は地面に着地しながら、黒剣グリードを構えてみせる。
『いくか?』
「もう少しだけ、待つ」
俺が何もしないなら、ハドたちから動いてくるだろう。弓という遠距離攻撃が駄目でも、1対複数の優位性という安心感から、きっと奴らは森から花畑に姿を現す。
ハドは複数人で1人をいたぶるのが好きなのだ。この性に抗えるわけがない。
ほら、やっぱりハドが出てきた。
銀色の重甲冑を着たハドを入れて、人数は全部で15人。結構な大所帯だ。
おそらく、彼らはブレリック家が雇っている選りすぐりの武人たちなのだろう。
全員が醜悪な笑みを浮かべながら、帯剣を引き抜く。
俺はそれに合わせて、わざと少しだけ動揺してみせる。
すると、ハドたちは途端に自分たちが優位だと確信していく。
「ハド様、こいつがどうやら噂のリッチー……ムクロのようです。情報通りの格好をしています。それにこいつ、俺たちに囲まれてビビってますぜ」
「それはそうだろう。僕たちはゴブリンを狩って小金を稼ぐ卑しい武人とは違う。選ばれし者なのだからな。それに僕は神に選ばれた聖騎士。この中で誰よりも強い! この姿を見て、怯えない魔物はいない。見ろ、ムクロが足を震わせているぞ!」
「本当だ。さすがのムクロも聖騎士様に睨まれては、ひとたまりもないですな」
「ハハッハッ、当たり前だ」
言いたい放題である。
まあ、俺の迫真の演技が功を奏したようだ。俺を舐めきって、ハドたちは完全に調子に乗っている。
ブレリック家には5年間も痛めつけられたのだ。こういった演技はお手の物だ。……ああ、こんなことを誇っても自分が虚しくなってしまうだけだな。
これで表にハドが出てきた。もう逃さない。
とりあえず、邪魔な他の奴らには退場していただこう。
演技をやめて黒剣グリードを握りしめた時、ハドの部下が偉そうに言い出す。
「ハド様、俺たちがムクロを仕留めてみせましょう。この程度の魔物、ハド様が直々に手を下す必要はありせん」
「そうだな、よかろう。好きにしろ!」
「御意」
だったら、できるかどうか試してやろう。
俺はステータスをフルに発揮して、まず御意と言った男の武人に一気に接近。そして、左拳で弱めに顔面を殴りつける。
男は声すら出せずに吹き飛ばされて、森の奥底へと退場していく。
驚愕するハドを無視して、残りの13人へ次々と攻撃を仕掛ける。
使うのはすべて左拳。右手に握った黒剣グリードは使わない。用があるのはハドだけ、この武人たちには恨みも何もないので、生きたまま返してやることにしたのだ。
しかし、ただ死なない程度に殴ったのでは、回復して反撃をしてくる可能性がある。だから、俺は格闘スキルのアーツ《寸勁》を使って内部破壊――骨を砕くことにした。
ある者の右腕を砕き、またある者の左足を砕く。
こいつは顎でも砕くか……皆が熟練の武人なのだろうが、圧倒的なステータスの差によって動きが止まったように見える。これなら、格闘技術のない俺でもいともたやすく制圧できる。
一通り寸勁を打ち込みが完了。地面に横たわり、もがき苦しむハドの部下たち。せっかく、手に握っていた高そうな剣は、いらない物のように転がっている。
さて、今この場に立っているのは俺とハドだけ。
そのハドといったら、開いた口が塞がらないようで、酸欠状態の魚みたいパクパクと息をしている。
俺がゆっくりとハドに近づいていくと、我に返ったハドが地面に転がっている部下たちを叱責し始める。
「何をやっている。早く、あれを止めんかっ! 聖騎士である僕を戦わせる気かっ!」
怒鳴り散らすハドに、部下たちはなんとか地面から立ち上がる。
しかし、俺が黒剣グリードを振るって、今度はその首を刈り取るぞと脅してみせたら、顔を青くして逃げ出した。
どうやら、こいつらにはブレリック家への忠誠心はないようだ。主であるハドを置き去りにして、森の中へと必死に逃げ込んでいく。
「お前らっ! 逃げるな! わかっているのか、僕はブレリック家のハドだぞ!」
し~~ん。あれほど血気盛んだった部下たちからの返事ない。
ハドがどんなに叫んでも、もう部下たちは声の届かない場所へと逃げてしまったようだ。
部下に見放されるとは哀れだな、ハド。日頃の人望の無さが裏目に出たか。
「おのれ……よくも僕をコケにしてくれたな。魔物の分際で、絶対に許さんぞ!」
黄金の剣を引き抜いて、俺に向けて構えるハド。その威勢だけは褒めてやる。
しかし、膝が僅かに震えているぞ。
もしかしたら本能的に恐れているのか、それともただのヤケクソなのか、それは戦ってみればわかるだろう。
この場には俺たち2人だけ、もう他には誰もいない。なら、もうこれは邪魔だ。
俺はゆっくりと外套のフードを取る。そして認識阻害を引き起こしている髑髏マスクを外した。
すると俺の素顔を見た途端、ハドの顔が激しく歪む。
「バカな……お前のようなゴミ屑が、なぜこのような力を……答えろっ!」
予期せぬ人物にハドは驚き、一歩後退する。
だから、俺はその分の距離を詰めてやる。
「教えてやる理由はない。それよりも、俺の質問に答えてもらおうか」
「はっ……何をだ、偉そうに。はっ、答えなければ、僕をどうすると?」
「答えれば、楽に死ねる。答えなければ、答えるまで苦しむことになる。ただそれだけだ」
「ふざけるなっ! 僕を誰だと思っているブレリック家の次男――聖騎士のハドだぞ。お前のようなゴミ屑にできるわけがないっ!」
「なら、やってみよう。俺に見せてくれよ、ご自慢の聖騎士様の力を」
俺は黒剣グリードをくるくると回しながら、意気揚々とハドににじり寄っていく。
こいつを生かしておけば、どうせ遅かれ早かれロキシーの弊害になる。なら、知りたいことを聞き出した後、ここで仕留める。
きっとロキシーはこれからやることを知れば、悲しむだろう。
だが、俺はもう決めたんだ。自分が蒔いた種は責任を持って、喰らってやる。
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