第21話 蒼穹の空

 王都への帰り道。俺はロキシーに向かい合ったまま、暴食スキルが魂を求める疼きを必死に押さえ込んでいた。


 一歩間違えれば、意識を喰われてしまうのではないかと、冷や汗をかいたものだ。あながち、グリードが予想したことは嘘ではなかった。


 日暮れと共に王都へ到着。

 ロキシーはお城からの使者に呼ばれて、すぐに出かけてしまう。五大名家の聖騎士にもなると、休む暇も与えてもらえないようだ。


 俺の方は庭師の師匠たちに、ハート家の領地にある屋敷の庭について、根掘り葉掘り聞かれる羽目となった。


 なんでも、王都側と領地側でライバル関係にあるらしい。


 俺はここに引けをとらないくらい手入れがされていたこと、特にアイシャの部屋から見える庭は良かったと伝えた。

 すると、庭師の師匠たちは「あいつらも粋なことするじゃないか」と言って、ライバルたちを讃えだす。


 そして、今日はもう日が暮れたので、明日から庭師見習いの仕事を再開することになった。そのまま、庭師の師匠たちと一緒に夕食を摂って、風呂へとなだれ込む。


 風呂に浸かっていると、師匠の一人が、


「そろそろ庭木の剪定を教えてもいい頃合いだ。どうだ、やってみるか?」

「いいんですか!」

「おうよ、フェイトは真面目によく働くからな。こちらとしても、教えがいがある。他の皆も同じ考えだぞ」

「ありがとうございます」


 なんでも、俺がハート家の領地に行っている間に師匠たちは、いろいろと俺のことを考えてくれていたらしい。


 師匠たちも歳を重ねており、本格的に後継者を指導したいという。それが俺というわけだ。とても光栄な事だと思う……。


 嬉しくなって、師匠の背中をゴシゴシ洗っていると、力を入れすぎたようで怒られてしまう。


「イタタっ、もっと年寄りを労らんかっ!」

「すみません」


 ステータスはかなり上がっているので、気をつけたつもりだったが、師匠に褒められてつい力の一端を発揮してしまったようだ。


 今後はこういったことを気をつけなければならない。ステータスは自分の意志でどれだけ体へ反映させるか調整できる。


 でなければ、ステータスが飛び抜けて強い聖騎士なんかは、うっかり人を殺しかねない。


 俺のステータスは冠コボルトを倒したことによって、新米聖騎士を超えてしまっている。


 だから、ステータスをコントロールする訓練を考える時期だろう。まあ、いくら強くなってもグリード強化にステータスを使ってしまったら、振り出しに戻るのだが。


 どちらにしても、暴食スキルがある以上、戦いによって急激なステータス上昇は避けられない。

 今日は、庭師の師匠たちの背中を洗いながら、ステータスのコントロール修行をさせてもらおう。


「イタタっ、またか!」

「あっ、申し訳ないです」

「儂は幼気な老人なのじゃ。もっと丁寧に扱ってくれ」


 これは気を抜くとコントロールが疎かになる。無意識にできるようになるまで、時間がかかりそうだ。



 ★ ☆ ★ ☆



 深夜となり、俺はいつものように骸骨マスクをつけて、ゴブリンたちが跋扈する場所にやってきた。


 今日は、ホブゴブリン森で狩りだ。


 領地では2日間の絶食をしていたので、暴食スキルが相当腹を空かせている。


 踏み入った薄暗い森の中でも、《暗視》スキルによってホブゴブリンたちの居場所が手に取るようにわかる。

 木の根元で寝ている奴らを容赦なく、狩っていく。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに体力+440、筋力+220、魔力+110、精神+110、敏捷+110が加算されます》


 無機質な声が頭の中で何度も聞こえる。しかし、飢えは大して収まらない。

 現状維持がいいところだ。

 この前までなら、ゴブリン狩りで満たされていたのに……。


 その答えはなんとなく、わかる。そんな俺にグリードが《読心》スキルを通して言う。


『暴食スキルが冠コボルトの味を覚えてしまったからな。もう、最下位魔物では、満足できないってことだ』

「でも、狩っているとこれ以上は腹が空かないから……」

『フェイト、お前が一番わかっているはずだ。そのうちジリ貧になるってな』


 暴食スキルに良い物(冠)を喰わすんじゃなかった。こんなことなら、ゴブリンのフルコースだけを喰わしておけばよかった。

 でも、冠コボルトに関しては避けられない事情があった。野放しにしておけば、ハート家の領地が蹂躙されていたからだ。

 あのときは倒せてよかったと喜んだが、後になって面倒な置き土産をもらってしまう羽目になるとは……。


「くっ……右目が熱い」


 10匹目のホブゴブリンを狩り終わった時、右目に違和感を覚える。黒剣グリードでそっと自分の顔を映してみる。骸骨マスクの奥に見えたのは、


「グリード、お前の言うとおりだ。……ジリ貧だ」

『だろ、目に出やすいからな』


 黒い剣身に一つだけ、真っ赤な瞳が俺を見据えている。

 左目は黒。右目は忌避するほどの赤。この状態は言うならば、


『半飢餓状態だな。そのうち来るぞ』


 俺もそう感じる。もうすぐ、王都周辺にいる魔物--ゴブリンでは暴食スキルの飢えを維持すらできなくなる。身のうちに蠢く暴食スキルは待ってはくれない。


『今日はこの辺にしておけ。お前に残された時間は少ないぞ。来るべき時が来たんだよ』

「何がさ」


 わかっていても、反抗的にグリードに聞き返してしまう。


『今後の身の振り方だ』

「……」


 俺は何も答えずに、王都へ戻る。途中で幾人かの武人たちに遭遇したが、気にも止めなかった。逃げ惑う彼らは、俺の変装を見て口々にこう叫んだ。


「リッチーが戻ってきた! ムクロがまた戻ってきた! みんな逃げろっ!」


 誰もいなくなったゴブリン草原で骸骨マスクを外して懐にしまう。


「静かになったな」

『そして、寂しくもあるか』

「うるせっ」


 俺は草原を吹き抜ける風に逆らいながら、王都へ戻る。


 翌日、赤眼を隠すために右目に眼帯をした。そして、周りの使用人たちには寝ぼけて目を怪我をしてしまったと誤魔化す。


 庭師の師匠たちからは、「気が弛んでいるぞ、庭木の剪定はできそうか」なんて、叱っているのか、心配しているか、分からない声をかけられてしまった。


 だけど、きっと俺のことを心配してくれているのだろう。


 「片目でもできます」と返事をしたら、「なら無理せずにやってみるか」と言われて、昨日の約束通りに俺は庭木の剪定をすることになった。


 まずは一本の木を師匠につきっきりで教わりながら、なんとか仕上げていく。


「どうですか」

「まずまずじゃな。それじゃ、今度は一人で向こうの木も同じ要領でやってみるか。儂は他のことをしないといかん」

「1人で、ですか……」

「なに、わからなくなったら、儂に声をかけろ」

「はい」


 この師匠は口でいうよりも、実践を重んじる人だ。もう、やるだけやってみるしかない。


 剪定バサミを片手に持って、指示された木を目指していると、白い軽甲冑を着たロキシーがどこかへ歩いていくのが見えた。


 どうやら、お城からの呼び出しから帰ってきたみたいだ。普通なら、すぐに屋敷に入る。それなのにどこへ行こうとしているのか、気になる。


 俺は後を追って声をかけようとしたが……できなかった。


 ロキシーは父親の墓の前で膝をついて、今まで見たこともないほどの険しい顔をしていたからだ。まるであれは、これから何かと戦うような顔に見える。


 そして墓に何かを語りかけた後、立ち上がって屋敷の方へ振り向く。

 俺はその時、ロキシーに見入っていたため、隠れることができずに見つかってしまう。


「フェイ、どうしてここへ……あら、右目を怪我したの?」


 俺は平然を装って、剪定バサミをロキシーに見せる。


「右目は寝ぼけて怪我をしてしまいました。あと、今日から庭木もできることになったんです。えっと、この木を剪定しようと」


 そう言って、俺は横にあった木に手を置いてみせる。実際はこれとは全く違う庭木を剪定するように言われている。


「あの……ロキシー様。なにかあったんですか? いつもとご様子が違うような」


 もしかしたら、お城で何かあったのだろうか。俺は恐る恐る聞いてみる。

 しかし先程、父親の墓で見せていた表情は消え去り、いつものロキシーに戻ってしまう。


「なんでもありません。それよりも、剪定をしないと怒られてしまいますよ」


 ロキシーが指差した先には、庭師の師匠が腕を組んで俺を睨んでいる。おそらく、それは指示した木じゃない、向こうじゃとでも言いたそうだ。


 慌てる俺から逃げるように、ロキシーは屋敷へと歩いていく。なんだか、その背中を見ていると嫌な予感しかしない。


 その反対に、見上げた空は雲一つなく、澄み切っていた。


 使用人としての仕事が終わり、魔物狩りをする深夜まで手持ち無沙汰になった俺は、行きつけの酒場を訪れる。そのとき、もっとも欲している情報の糸口を聞いてしまった。


 注文した料理を俺の座るカウンターに置きながら店主は言う。

 また現れ出したリッチー(ムクロ)を倒すために、ブレリック家の次男ハドがとうとう重い腰を上げて、今日の夜にホブゴブリン森に行くと。


 ちょうどロキシーと同じ聖騎士様が俺の狩場にやってくるのか。


 ハドは事情を知っているはずだ。もしかしたらブレリック家が何かしたのかもしれない、聞き出してやる。

 さらに俺自身、ハドには大きな借りがある。


 飲みかけのワインを一気に飲み干して、俺は席を立つ。

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