第20話 分かれ道

 アイシャから言われたことを、1人になって反芻しているうちに、時間は瞬く間に過ぎていく。


 気がつけば、夕方だ。アイシャは体を休めるために眠ってしまった。そのため俺はまたやることを失っていた。


 そして、自室に戻って悶々としていると、急に屋敷内が慌ただしくなる。

 なんだろうと思って部屋から出てみると、ロキシーが予定より早く帰ってきたからだった。


 明日の朝に帰っている予定で動いていたメイドたちは大慌て。急な帰還に、食事から風呂の用意などやることがいっぱいできてしまう。


 俺はそれを横目で見ながら、ロキシーの下へ急ぐ。

 彼女がコボルト狩りをするはずだった渓谷を見て、どう思ったのかをいち早く知りたかったからだ。


 いた! 玄関で白い軽甲冑を外している。


「ロキシー様! おかえりなさい」

「これはフェイト。只今戻りました」


 やはり、彼女は浮かない顔をしている。あの渓谷の惨状を見れば、そうなるだろう。


 まあ、引き上げてきたのだから、コボルトたちはもうやって来ないと判断したみたいだ。

 俺は内心でドキドキしながら、ロキシーに聞く。


「どうされたのですか? お早いお帰りで」

「それがですね……」


 軽甲冑を外し終わったロキシーは不思議そうに渓谷で見たことを教えてくれる。


 今日の朝、腕に覚えがある男たちを引き連れて、渓谷を目指した。


 そして、辿り着いた彼女たちの目の前に広がっていたのは、強力な攻撃によって荒れ果てた渓谷だった。美しかった自然は失われており、木々は倒れて地面までえぐれている。


 毎年見ている渓谷とは思えないほどの変わりようだったという。うん……それを引き起こした俺から見ても「やり過ぎだ」と思ったくらいだから、ロキシーたちの驚きは相当なものだったはず。


 ロキシーは直ちに連れてきていた男たちに、周辺の調査をするように指示。

 すべてが消し飛んだかのような渓谷には、何が起こったのかがわかるものは残ってはいなかった。


 しかし、そこから離れた大岩にコボルト・ジュニア10匹とコボルト・アサルト2匹の死体を発見する。


 見つけた男の案内で現場に行くと、剣と矢で殺されたと思われるコボルトたちが地面に倒れていた。それらすべてが一方的に倒されている。


 特にコボルト・アサルトはなかなか強い魔物で、聖騎士が相手をしないと倒せないほどだ。


 それをいともたやすく両断している死体が1匹。もう一匹は、何かに怯えて逃げようとして、後ろから矢で頭部を射抜かれている。


 気になるのは射たれた傷のみで、矢自体がどこにも見つからないことだ。さらに矢を引き抜いた形跡もない。


 このような外傷を与える心当たりとして、魔弓が脳裏をよぎる。魔力を矢に変換して放つ、強力な武器だ。ただの武人が持てる品物でない。


 魔弓ってそんなにすごい武器だったんだ……とロキシーの話を聞いていると、


「そして、私はある結論に達しました」

「えっ、それはどのような……」


 たったこれだけの物的証拠から、ロキシーが何を導き出したのか。まさか、俺ってことはないだろう。


「私は昨日見た、あのガリア人の少女がやったのではないかと思っています」


 おっと、意外な人物が犯人特定されたぞ。だけど、これはちょっと……強引ではないか。

 俺が不服そうな顔していたのだろう。それを見たロキシーが頬を膨らませて、言う。


「確証がないのはわかっています! ですが、あの場で領民たちを納得させるために、ああ言うしかなかったんです……」


 渓谷を破壊して、コボルトたちを蹂躙した存在だ。領民たちに不安を抱かせないために、ハート家の領主として安心させる何かが必要だった。


 しかし、これを引き起こした者の正体は現場の情報からは全くわからなかった。そしてひねり出したのが、昨日見たガリア人の少女だ。


 ガリア人は大昔に強大な軍事力でガリア大陸を支配していた。文献によれば、その戦闘能力は聖騎士すらも大きく上回るという。もし、あのガリア人の少女が、今もその力を有していたのなら、渓谷で起こった惨状は説明がつくという結論だ。


 予想を積み重ねたこじつけであるが、領民たちの不安を払拭するため、ロキシーはこの案で押し切った。


 一番納得していないのは当の本人だと、顔を見ればわかる。


「そうだったんですか……すみませんでした」

「どうして、フェイトが謝るのですか?」

「えっ、ああ、なんとなく。ハハハッハハハッ……」


 いかんいかん。ロキシーの顔を見ていると、危うく白状しそうになってしまった。


 それにしても、ガリア人ってそんなに強かったんだ。あの褐色の肌をした少女はたしか、俺にコボルトを譲ると言っていたっけ。


 もしかしたら、俺と会わなければ、彼女がコボルトたちを倒していたのかもしれない。


 なら、このままガリア人の少女が、渓谷を破壊してコボルトたちを倒したことにしておこう。貸し1つとも言っていたから、また会った時にでも、この貸しを返せばいいだろう。


 名前も知らないガリア人の少女よ、ありがとう!!


 すべてが丸く収まったわけではないが、ハート家の領地にいる皆がいつもの生活を送れるのなら、いいとしよう。

 そんなことを思っていると、ロキシーが少し困った顔で言う。


「当のガリア人の少女ですが、今日の早朝に領地から出ていくのを数人が目撃しています。なので、彼女からなぜここへやって来て、何をやったのかはもう聞くことができません。だから、今回の件で彼女を利用してしまって、悪いことをしてしまいました」

「ロキシー様……」


 俺が一番悪い。だけど、暴食スキルの力を使って戦ったとは言えない。相手を殺して、その力を奪えるなんて、知られたくなかった。


 その後ろめたさに、アイシャのあの言葉が突き刺さる。彼女ときちんと向き合えない俺にはきっと……そうありたいと思っても……。


「フェイト、どうされたのですか? 怖い顔をしていますよ」

「えっ、そうですか」

「たまにそういう顔をしますね。何か悩みがあるのならいつでも言ってくださいね」

「……ありがとうございます、ロキシー様」


 俺はただ心にもない言葉を返すしかなかった。


 ☆ ★ ☆ ★


 あれから2日間、ロキシーは念のために渓谷の様子を窺って、コボルトたちはもうやって来ないと判断した。そして、こうも言った。


 あれほどの攻撃を受けたコボルトたちはすでに全滅したかもしれない、それとも生き残りがいたとしても、もう二度とハート家の領地にはやって来ないかもしれない。


 そして領地での仕事を終えたロキシーは俺を連れて、王都へ帰ることになった。

 馬車に乗るロキシーと俺を、アイシャは玄関まで出て見送ってくれる。他のメイドたちも一緒だ。


「では行ってまいります、母上」

「いってらっしゃい。職務の合間を見て、いつでも戻ってきなさい」

「はい。母上もお元気で」

「そうね。もう少し頑張らないとね」


 そう言いながら、アイシャは俺を見る。おそらく、まだ期待してくれているのだろう。

 彼女はニッコリと笑い、


「フェイトもその時は一緒にね。またお話をしましょう。その時は答えを聞かせてね」

「……はい」


 あの時、返事は口に出せず、保留してしまっていた。

 心の中での思いと、俺が置かれている現実は今も乖離していく。


 気持ちだけをここへ置き去りにして、俺たちを乗せた馬車は王都へ向けて動き出す。

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