第24話 それぞれの旅立ち
ハドの魂を喰らったことで、差し迫っていた飢餓状態は落ち着きをみせる。
赤く染まっていた右目は、潮が引くようにスッと元の黒目に戻っていった。
これで、右目の眼帯を付ける必要がなくなり、ホッと一息だ。いちいち知り合いに会うたびに、怪我をしたと嘘の説明をせずにすむ。
ブレリック家の3兄妹の1人――ハドを倒したことで、俺の中で一つの区切りがついた。まだ2人残っているが、王都にいないのでは今のところ手の出しようがない。
それよりも、問題はロキシーだ。彼女は明日、ガリアに向けて出立する。
おそらく、そのことを知らされているのは屋敷の使用人の中でもごく僅かだろう。
屋敷の使用人たちを取り仕切る上長さんくらいは知っていると思う。
俺は教えてもらえなかった。それが、わだかまりとなって俺の深い部分に積もっていくような気がした。
まあ、力のない人間だと思われているので、俺に話したところで意味はないか。それよりも、変に不安を煽って動揺させないというロキシーなりの配慮だろう。
俺はしばらくホブゴブリンを狩って、初期化されたステータスをある程度底上げした。そして、王都へ戻って屋敷への夜道を歩く俺に、グリードは言う。
『自分の正体を隠しているくせに、頼られたいとは……傲慢な奴だな』
「うるせっ」
『もう、諦めろ。こういった縁だったのだ』
「だから、うるせっ!」
結構な大声を出してしまったので、ほろ酔い気分で歩く人たちがギョッとした顔をする。そんな視線に晒されるが、俺は気にせずに屋敷へ急いだ。
明かりの消えた屋敷は静まり返っており、俺は1階にある自室の窓からそっと中へ入る。
そのままベッドへ飛び込み、黒剣グリードを枕元に置いて目を瞑る。
おかしいな……。
あれほど、ハドとの戦いで暴れたはずなのに全く眠たくならない。
ぐるぐると渦巻く思考が寝かせてはくれない。結局、夜通しロキシーのことを考えていると、一睡もできずに朝を迎えてしまった。
『フェイト、いいことを教えてやる。いかなる時も休息を取れるのが、一流の武人だ。こんなことで心を乱されおって、お前は三流以下だ』
「……」
『なんだ、拗ねたのか。情けねぇな、それでも俺様の使い手かっ!』
「うるせっ」
『ハハハッ、まだ元気があるじゃないか。なら、部屋の外が慌ただしくなっているぞ』
意識を内にばかり向けていたので、部屋の外がどうなっているか気が付かなかった。確かに廊下で慌ただしく足音が複数聞こえる。
普段はそのようなことをしないように、指導されている使用人たち。それがこんなにも走り回るなんて、考えられることは一つだ。
朝になって、他の使用人たちにも知らされたのだ。
俺は急いでベッドを飛び出して、部屋を出る。
ドアを開けると、悲しそうな顔をした使用人たちが通り過ぎていく。
俺もその人波に乗って、屋敷の玄関へ向かう。
ロキシーはたくさんの使用人たちに囲まれていた。
みんながロキシーの顔を見て、シクシクと泣いている。
近づいていくとロキシーが俺に気づいて、声をかけてくる。
「フェイト、おはようございます」
「これは……一体、何があったんですか?」
答えはガリア出立。わかっているが建前上、聞かなくてはいけない。
「今日の朝、お城から伝令が来て、すぐにガリアに赴くことになりました。大変な名誉を賜りました」
違う。それはすでに決まっていた。
朝まで……直前まで隠したのは、使用人たちや、ハート家を慕う民衆が変な気を起こして暴徒化しないためだ。それほどまでにハート家は王都の人たちに愛されている。
それはハート家の当主となったロキシーが一番感じているところだろう。
俺は言いたい本音を飲み込んで、
「今のガリアは危険すぎます。あなたの父親だって……」
「承知の上です。父上が果たせなかったお役目を、私が引き継ぐだけです」
「どれくらいの期間、ガリアに行かれるのですか?」
「魔物の大群が収束するまでなので、通例なら3年くらいでしょうか」
無理だ。そんなに長い期間いたら、ほぼ必ず天竜に襲われる。死んでしまう。
相手は生きた天災なんだ。人間なんか虫けらのように殺される。聖騎士とて同じだ。
「そんな顔をしないで、私は大丈夫です。それよりもフェイトは私がいない間、領地の屋敷で働くといいですよ。そこにいれば、ブレリック家も手出しできないでしょうから」
「俺も……」
「フェイト、どうしたのですか?」
言えなかった。俺も連れていってくれなんて、言えなかった。
暴食スキルを持つ化物。殺した相手の魂を喰らい、力を得る……神様が決めたレベルというルールから外れた存在。
俺はこの世界にとって、罪深き異端者だ。
もし知られたら、拒絶されてしまうのではないか。そう思ったら、口が動かなくなった。
そんな俺を置いて、ロキシーは進んでいく。
俺には彼女を止める資格すらない。この屋敷の使用人として、他の者と同じように主様を見送るだけしかできない。
「フェイト、また会いましょう」
「……はい、どうか……ご武運を」
ロキシーは最後に使用人すべてに向かって、別れの言葉を述べて屋敷を出て行く。俺は使用人たちと一緒になって、小さくなっていく彼女の背中を見えなくなるまで見送っていた。
この後ロキシーは軍事区へ赴き、待機している軍隊を率いてガリアへ出立するという。
☆ ★ ☆ ★
俺は未だにざわめく使用人たちをかき分けて、自室へ戻る。
ベッドの上には黒剣グリードが寝転んでいた。
すぐに準備を始める。といっても、俺が持っているのは複数枚の服と黒剣グリード、髑髏マスクだけ。あっという間に支度は整ってしまう。
そして、黒剣グリードを握ると、
『決めたようなだな』
「ああ、俺も行くよ、ガリアに。使用人ではなく……ただの武人として」
『そうか』
俺が部屋を出ようとすると、上長さんがやってきた。
手にはなにやら証書を持っている。
「フェイト、これを。ロキシー様からです。領地で働くための推薦状です」
さっきロキシーが言っていた件だ。だけど、もう必要ない。
「すみません。それは受け取れません。これからは武人として生きていきます」
そう言って、腰に下げている黒剣グリードをみせる。
「ですが……あなたは弱いのでしょ? 武人なんて無理よ。そんなことを言わずにこれを受け取りなさい」
俺が頑なに拒否をすると、観念した上長さんは懐から金貨を5枚取り出して、渡してくる。
「強要はできませんし、仕方ありませんね。これは今日まで働いた給料と退職金です。大事に使うのですよ」
「今までお世話になりました。大事に使わせてもらいます」
実はあんまりお金を持っていなかったので、この金貨は非常に助かる。これで徒歩ではなく、馬車に乗れる。
俺は上長さんにお礼を言って、部屋を出る。
そして、庭師の師匠たちを見つけて、事情を話した。すると、「このバカ弟子がっ」といって、怒られてしまった。
師匠たちは本気で俺を後任者として、育てようと思っていたのだ。
別れ際、そんな師匠たちが「気が向いたら、戻って来い」といってくれたことを、俺は忘れない。
ハート家の屋敷前で深くお辞儀をして、俺は歩き出す。
途中、商業区に寄って保存食を買い、カバンに詰め込む。大飯食らいの俺には、たくさんの食料が必要だ。
そうだ。あそこにも顔を出しておこう。そうしておかないと、俺が死んでしまったと勘違いして、店主にまた花を指定席に置かれてしまうからな。
行きつけの酒場に立ち寄る。まだ時間が早いこともあって店は準備中となっている。タイミングが悪かったか……なんて思っていると、中から店主が顔を出した。
「なんだ、こんな朝早くから。店はまだ開いていないぞ」
「いいえ。今日は別れの挨拶に来ました」
すると、店主はなんとも言えない顔をして、店の中に引っ込んだ。どうしたんだろうか……しばらく待っていると、店主がワインの瓶を片手に戻ってくる。
「ほら、餞別だ。君がよく飲んでいた安ワイン、好きだろ」
思わず、笑ってしまう。別に好きで飲んでいたわけではないさ。それを店主もわかっていて、冗談っぽく俺にくれたのだ。
「また、飲みに来い。これとは違った上等なワインをな」
「はい、ありがとうございます」
俺はそれを受け取って、カバンの隙間に無理やり入れ込む。もうパンパンでカバンは張り裂けそうだ。
行きつけの酒場の店主との別れを惜しみながらも、先に進む。
そして商業区の外門。ここから、馬車に乗って南方にあるガリア大陸を目指す。
なんだか、ここに立って見ていると懐かしい気分だ。絶えず行き交う荷馬車たち、外門の側にはゴブリン狩りのパーティーを募集する武人たち。
ここから黒剣グリードを握り、外に出て初めて魔物――ゴブリンを狩ったのが随分昔のように感じられる。
馬車に乗る手続きを済ませて、俺は王都の中心にあるお城を眺める。あそこで門番をして、盗賊を殺したときにすべては始まったんだ。
そして今、俺はこの王都から魔物が跋扈するガリアに向けて旅に出る。
腹を空かせて門番をしていた俺が見たら、どう思うだろうか。そんなバカなといって驚くかもしれない。
「お客さん! そろそろ出発時間です!」
俺の乗った馬車は、王都セイファートを離れていく。
辛い思いをたくさんしたけど、大事にしたい思い出もできてしまった。そんな俺の居場所。
また、いつか戻って来たいと思う。
それまでは、さようなら……。
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