第18話 強欲なる一撃
この冠コボルトだけは、やはり他と違う。俺から格上の気配を感じ取っても、なお闘志を失わない。
鋭い半月の目からは、たとえ刺し違えてでも俺を殺してやるという強い憎悪(ヘイト)が湧き上がっている。
冠コボルトは慎重な性格だった。だが、いざ追い詰められると豹変するみたいだ。
しばらく睨み合いが続く。俺は《鑑定》で冠コボルトの所持スキルを調べる。
格闘:素手を用いた超接近戦の攻撃力が上昇する。内部破壊できるアーツ《寸勁》を使用できる。
なるほど……。これが奥の手のようだ。ステータス上で俺が上回っていたとしても、ゼロ距離から《寸勁》の連打をくらってしまえば、ひとたまりもない。骨や内臓が潰されて、あの世行きだ。
まあ、その間合いに入られなければいいだけ。俺が黒剣を構えて、冠コボルトとの間合いをみはかっていると、
『フェイト、一気に片付けるぞ。今のステータスなら俺様の第一位階の奥義が引き出せる』
「奥義!?」
『そうだ、奥義だ。それを使えば、こんなつまらん駆け引きなんて、すべて吹き飛ばしてやる』
俺は冠コボルトを牽制しながら、どうすればいいか聞くと、
『簡単だ。お前の全ステータスの10%を俺様に捧げろ』
奥義とやらを使うためには全ステータスの10%をグリードに吸われるのか……。
第一位階を引き出すときは、全ステータスの殆どを奪われた。
そして奥義を使うときに、また全ステータスの一部を奪われるという。お前というやつは、強欲な武器なんだ。
「5%にまけろよ」
『無理だな。最低ラインで10%なんだよ。威力を上げたければ、もっと寄越せ』
「ケチっ」
『俺様は強欲だからな、ガハッハハハッ』
この黒剣グリードはどれだけ俺からステータスを奪い取れば気が済むんだろうか。こいつの貪欲さは底なし沼だ。
それでも、冠コボルトとの戦闘で接近戦はできれば避けたい。戦闘経験ではあいつが上っぽい。もし捨て身の攻撃を仕掛けてきたら、躱しきれずに寸勁で体内を破壊される可能性を捨てきれない。
だからといって、距離を取りながら黒弓を面と向かって放てば、撃ち落とされそうだ。弓は基本的に相手に気づかれないように物陰から攻撃するのがセオリー。
試しに、黒剣から黒弓に形状を変える。そして、冠コボルトに魔矢を放ってみた。
ああ、やっぱりな。
冠コボルトは近くにいたコボルト・ジュニアの首根っこを捕まえて、魔矢の盾に使ったのだ。肉壁となったコボルト・ジュニアは白い泡を吹きながら、息絶える。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに体力+880、筋力+890、魔力+350、精神+400、敏捷+780が加算されます》
俺は無機質な声を聞きながら、第一位階の奥義とやらを使うことに決めた。
「わかったやってくれ、グリード!」
『よく言った、フェイト! お前の10%をいただくぞ!』
黒弓を持っている左手から、力が吸い取られていくのをひしひしと感じる。
それとともに、黒弓の形に劇的な変化が訪れる。
より大きく、より禍々しく、変容をしていく。
俺の力を吸い取って、一時的に拡張された黒弓は、持っている俺でさえ得体の知れない威圧を感じずにはいられない。
これはもう武器ではない、禍々しい姿した兵器だ。そう思わるほどの圧倒的な存在感。
『なんて間抜けな顔をしているんだ。さっさと決めるぞ。冠は待ってはくれないぞ』
「ああ、やってやるさ」
『使い方の要領はいつも通り、ただ引いて、ただ放て! あとはすべて自動補正される』
見るからに強力そうな兵器だ。補正がなければ、到底扱えるとは思えない。
グリードの指摘どおり、冠コボルトに動きがあった。黒弓の大変貌を見るやいなや攻撃させまいと、太い両腕を前に出してガードしながら突っ込んでくる。
腕を失ってでも、あの鋭い牙で俺の喉元に食らいつく気かもしれない。それとも、蹴りで寸勁を繰り出してくるか。どちらにしても捨て身の攻撃には変わりない。
なら、冠コボルトがこの兵器と化した黒弓に耐えきれるか、試してやろう。
『放て! フェイト!』
グリードの声に合わせて、黒き魔矢を放つ。
反動が半端ない。後ろに大きく押されてしまうほどだ。
雷鳴のような音と共に、放たれた魔矢は黒き濁流へと変わり、冠コボルトを飲み込む。さらに後ろで慌てふためくコボルト・ジュニアたちまで押し流していく。
まさに渓谷に黒い巨大な川が現れたように見えた。
残ったのは、深く抉られた大地の傷だけ。コボルトのコの字すら、見つからない。毛の一本すら残さず消失したらしい。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに総計で体力+228160、筋力+228480、魔力+136200、精神+147800、敏捷+149960が加算されます》
《スキルに格闘が追加されます》
無機質な声からも、コボルトたちは冠もろとも全滅したのがわかる。
兵器と化していた黒弓は力を使い果たて、ゆっくりと元の形へと戻っていく。そして、使い慣れたいつもの黒弓となった。
終わった……ほっとした時、先程得た魂によって、とんでもない高揚感が押し寄せてきた。気持ちよさの度を超えてしまうと、それは苦しみに変わってしまう。
ぐああああああああぁぁぁ……なんで……。
喉をかきむしり、地面をのたうち回るほどの満たされたという歓喜。いや、狂喜とも言えるものが、身の内から湧き上がってくるのだ。
《暴食》スキルが、冠をなす魔物の魂を喰らったことで、俺を苦しめるほどの喜びに狂っている。
朦朧とする意識の中でグリードの心の声が響く。
『フェイト、押さえ込め! できなければ、飢餓状態と似たようになる。いや、もっとひどいことになる。堪えろ、飲み込め!』
「そんなことを言ったって、これは……」
俺を近くにあった岩に頭を何度か打ち付けながら意識をどうにか保って、暴食の大波が治まるのをひたすら待ち続けた。
『落ち着いたようだな』
「ああ、全くひどい話だな。冠を喰うといつもあんな感じなるのかな」
俺はうんざりしながら、口元から垂れ流れたよだれを袖で拭い、額の傷を確認する。
自動回復スキルによって、きれいに治っている。
持っていると安心の自動回復スキルである。
『まあ、初めて良質の魂を喰らった反動だろう。これで慣れたろうから、次からは暴食スキルもあそこまで狂喜して、暴走をしないだろう。正直、天竜クラスを喰らったら、どうなるかわからんがな』
「生きた天災なんか、喰えるわけ無いだろ!」
『ハハッハッ、そうかもな』
その場に座り込み、夜空を眺める。雲で隠れていた月は顔を出して、辺り一面を照らし始めていく。
コボルトたちの進撃は完全に止めた。しかし、月の光で全貌が露わになった渓谷に、俺は絶句した。
「やり過ぎだ! あんなに美しかった渓谷が……」
『それくらい気にするな、勝つなら圧倒的な勝利だ。これに限る。なあ、フェイト』
「どうするんだよ……これ。朝になったら、きっと大騒ぎになるぞ」
『問題ない。地形すらも1000年も経てば、変わってしまうのだ。渓谷の緑を丸裸にしたくらいで大袈裟な。100年くらいで戻るだろう』
無機物なグリードは、俺と同じ時間の流れの中で生きていないようだ。たかが100年って……。
本当にどうするんだよ、この惨状を。
木々は根こそぎ倒れて、自然豊かだった渓谷は見るも無残な有様になっていた。
さて、ロキシーが治める領地の危機は退けた。しかし、これを一体……どうおさめるか。俺には全くいい考えが浮かばなかった。
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