第16話 慟哭を呼ぶ狂犬
次の日、早朝からハート家の領民たちとぶどうの収穫だ。
ロキシーは手早く朝食を済ませると、自室に戻っていく。俺の方は特に服を着替えたりと改めて準備することはないので、玄関先で彼女を待つ。
しばらくして、金色の髪を後ろに束ねたロキシーがやってきた。服装も屋敷内で着ているものと違って、丈夫さを重視した感じだ。装いはとても綺麗な村娘といったところか。
「お待たせしました。さあ、行きましょう。皆が待っています」
「はい」
俺はやる気満々なロキシーにお供する。
黒剣グリードは部屋にお留守番。あいつは魔物狩り専用で、今回のぶどう狩りには邪魔になるからだ。
それにハート家の領内は治安がとても良く、盗賊などに襲われる心配は全くない。
今日もよく晴れたいい天気。ぶどう畑を歩いていると、既に領民たちが総出で収穫を始めていた。
ロキシーはその中で一番年配の老人に声をかける。
「いつもご苦労様です。今年もよいぶどうが取れそうですね」
「ああ、ロキシー様。これはこれは……」
老人は敬うように深々と頭を下げる。すると、領主様のご登場に周りで作業をしていた者たちが、一斉に集まってくる。
手には摘んだばかり、大粒のぶどうを手にしている。
皆が丹精込めて作った自慢のぶどうを見てもらいたいのだ。
「まあ、今年も良い出来ですね。この前に王都の屋敷に送ってくれたぶどうからも、しっかりとわかりましたよ」
「お褒めいただき、ありがたいことですじゃ」
まとめ役である老人が、嬉しそうに採れたてぶどうをロキシーに差し出す。
「では、一粒……とても甘くて美味しいですよ」
それを聞いた領民たちは大喜び。飛び跳ねるものまでいる始末だ。この人達がどれほどロキシーを慕っているかがよく分かる。
ロキシーの歓迎が終わったところで、老人は集まってきたものたちに仕事に戻るようにいう。
そして、ロキシーの横に控えていた俺を見て、ニッコリと笑った。
「君がフェイト君じゃな。話は聞いておるぞ。なんでも、既に昨日のうちにぶどうの収穫を一生懸命になって手伝ってくれたそうじゃないか。さすがは、ロキシー様の使用人じゃ」
「それほどでも……ないですよ」
あまり褒められ慣れしていない俺として、照れるばかりだ。
打って変わって、ロキシーはご満悦そうな顔をしていた。
「私が選んだ使用人ですから、フェイトは」
「さすがはロキシー様じゃ。それでは、始めましょうかのう」
「そうですね。フェイトも頑張りましょう!」
「はい、ロキシー様」
俺はもりもり働いた。別にロキシーの前だから、良いところを見せたいというわけではない……まあ、本音を言えばそれもあった。
ロキシーは聖騎士だけあって、ステータスに物を言わせて、ぶどうが入った大きな籠を1人で何個も運んでいた。そのたびに、領民たちから歓声が上がるほどだ。
こんな温かな場所にいると、俺は不意に不安になる。いつまでここに居ていいのか……居られるのかと怖くなる。
暴食スキルによって、俺はこの先ずっと戦い続けなければいけない。
平和なこの場所にそんな人間が居て良いのだろうか。戦いを呼び込んでしまうかもしれない人間が必要とされるのだろうか。
そう思ってしまうと、いつかはロキシーの側(庇護)から旅立たないといけない時が来る、予感がしたんだ。
★ ☆ ★ ☆
今宵も、俺は真っ暗になった屋敷をそっと抜け出す。罪悪感がないと言ったら、嘘になる。しかし、俺が俺でいるためにどうしても必要なことだ。
魔物を倒して魂の摂取するのを怠れば、俺は一週間も経たないうちに飢餓状態に陥ってしまうだろう。そうなれば最悪の場合、誰かれ構わず人を襲い出すかもしれない。
化物にならないためにも、どんな時でも魔物狩りは避けられない。
月には雲がかかり、薄暗いが暗視スキルによって視界は良好だ。
先を急ぐ俺に、グリードが話しかける。
『どうした、フェイト。今日は心が乱れているぞ』
「なんで分かるんだよ、グリードには読心スキルもないくせに」
『俺様を握る手の脈拍からわかるのさ。で、どうした?』
言いたくなかった。口に出してしまえば、それが本当になってしまうような気がしたからだ。
『言いたくないなら、いいさ。それより、明日からあの聖騎士がコボルトを追い払うために動き出すそうじゃないか。なら、今日はたらふく喰っておかないとな』
「もとからそのつもりだ」
昨日は2匹だけだった。今日しっかりと喰らっておかないと、ロキシーが追い払ってしまった後では喰う魂がないのだ。
そして、コボルトを追い払っても、2日は様子見で領地に引き続き滞在するらしいので、その間は絶食状態になってしまう。
まあ、なんとか凌いでも、王都に帰ったら速攻でゴブリン狩りで空腹を満たさないといけないという……かなりの綱渡りでもある。
『俺様は、フェイトが飢えに耐えかねて、王都への帰り道で発狂する方に賭けるぞ』
「縁起でもない事を言うな!」
口の悪い黒剣グリードを文句をいいながら、昨日と同じ場所にたどり着いた。
ここなら、北側の渓谷がよく見渡せて、かつ風下なのでコボルトに匂いで気配を察知されることはない。
長い時間が過ぎていく。思わず、欠伸が出そうになっていると、
『来たな』
グリードの声で谷間に目を凝らす。すると、2匹の青い毛並みをしたコボルトがあたりを警戒しながら下ってくる。
おそらく斥候だ。昨日のようにこの2匹を殺してしまっては、後続がやってこない。
俺は息を潜めて待った。
2匹のコボルトは安全を確認し終わったようで、渓谷を登っていく。
「本隊が来るかな?」
『ああ、間違いなくな』
グリードの予想どおり、コボルトたちが渓谷に流れる川のように青い毛並みを揺らして下ってくる。
数は50匹ほどか。
ほとんどがコボルト・ジュニアだが、5匹ほど体格が明らかに大きいのがいる。
その中でも、特に一匹だけがさらに大きい。毛並みは青でなく銀色だ。
それにいち早く、危機を察したのはグリードだった。
『やばいのが、来たな。あれは冠だ』
「冠?」
『固有識別名を持った魔物だ。あのようなものが生まれてくるとは、長い年月をかけて相当なヘイトが溜め込まれていたんだろう。鑑定スキルで見たほうが早い』
グリードに促されるまま、《鑑定》スキルを使う。
えええっ!? このステータスは……6桁。
【慟哭を呼ぶ者】
・コボルト・アサルト Lv50
体力:200000
腕力:200000
魔力:125000
精神:135000
敏捷:125000
スキル:格闘
特出して高いステータスを持つコボルト・アサルトには、他のものとは違って【慟哭を呼ぶ者】という名が付けられていた。これがグリードがいう冠みたいだ。
『フェイト、こいつを領内に入れるのはまずい。さらに、コボルト・アサルトを4匹も引き連れている。これでは、若い聖騎士1人では荷が重い』
「それって、つまり」
『ここでお前が、抑えなければ領内が蹂躙されるってことだ。下手をすれば、あの聖騎士すらもな』
俺は現状のステータスを確認しながら、息を呑んだ。
・フェイト・グラファイト Lv1
体力:50201
筋力:50051
魔力:21501
精神:21501
敏捷:30901
スキル:暴食、鑑定、読心、隠蔽、暗視、片手剣技、両手剣技、腕力強化(小)、腕力強化(中)、体力強化(小)、体力強化(中)、自動回復
そして、黒剣グリードを強く握り締める……覚悟を決める。
ハート家の領地は、守られるべき人たちばかりなんだ。ぶどう狩りをしているロキシー様の笑顔が頭を過ぎった。
「やるぞ、グリード!」
すべて残さず、喰らってやる。
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